[沈黙]



 「、戻ってたんだね!!」
 「うん…。ただいま、ルシィ。」

 彼女と話し終え、外もだいぶ暗くなってきたなと考えていると、ルシファー達が戻ってきた。少年は、彼女の姿を見た途端、飛びついて喜ぶ。

 「…おかえりなさい。」
 「うん…。、ただいま。」

 扉の前でホッとした様子のは、彼女に飛びつく少年の姿を見て静かに微笑む。

 「あ、! 僕、報告しなくちゃいけないことが…!」
 「ルシィ。それなら、もう僕が話しておいたよ。」

 番人の事も、ジャンベリー平原で起こった戦いのことも。
 そう付け加えると、少年は、それで何か思い出したように彼女を見上げた。

 「でも……でもさ。僕、おかしいと思ったことがあるんだ。」
 「おかしいと思ったこと…?」

 少年の頭を撫でながら、彼女が問う。

 「だって真なる紋章は、とっても強い力を与えてくれるんでしょ? フレマリアの王様も、それを持ってるんでしょ? それなのに簡単に死んじゃうなんて……何だかおかしいよ。」

 ・・・あぁ、マズいかもしれない。
 少年にその話をした事は、まだ彼女に話していなかった。案の定というか、彼女は僅かに眉を寄せながら、また少年に問う。

 「……誰に聞いたの?」
 「え? ササライだよ。この国の皇帝もフレマリアの王様も、真なる紋章を持ってるって…」

 そう聞いた途端、彼女が少年を胸に抱き(見られない為なのだろう)、ジロリと睨みつけてくる。
 ・・・うん、ごめん。まだその話はしてなかったね、謝るよ。
 そう視線で謝罪すると、彼女は諦めたような溜息。しかし、少年の問いにはっきり答えておかなくてはならない。だからこう言った。

 「あのね、ルシィ。真なる紋章っていうのは、力や不老は与えてくれても、”不死”は与えてくれないんだよ。」
 「でも…」
 「真なる紋章を所持していても、不死ではないから………っ……死んでしまう事もあるんだよ…。」

 そう言っている途中、『弟』の事を思い出してしまい、僅かに言葉が詰まる。それを見たのか、彼女が、自分の表情を見せないように、もう一度少年の頭を胸にすっぽりと収めた。
 ・・・うん、そうだよね。僕だけじゃないんだ。きみだって・・・・・。
 ふと顔を上げれば、彼女は、少年を胸に収めながら口元に手を当て何か思案する様子。それにどうしたのかと声をかけようとした所で、の後ろから声が上がった。

 「ちょっと、ちょっとォ〜! ボクのこと、お忘れですかァ〜?」
 「あ…」

 その声に、が「…ごめん。」と言いながら部屋に入ってくる。どうやら彼の後ろに誰かいたようだ。でも、いったい誰だろう?
 そう考えていると、彼をグイグイ押しのけて部屋に入ってきたのは・・・・少女?
 首を傾げながら、ルシファーに説明を求めようと振り返る。

 だが・・・・・・

 自分の目に焼き付いたのは、その少女を見て、目をいっぱいに開いている彼女だった。







 「始めまして〜。ボク、ジェンリと言います〜!」

 のほほんと、実に間延びした声でそう言った人物は、どうやら一応男性らしい。ボクと言うのだからそうなのだろう。何より、忍びを彷彿とさせる服が、男性用だからだ。
 しかし、その顔を見れば、美少年と言うよりも美少女と言って良い。その肢体は、服を女物に変えれば、女性としても通用し過ぎるほど華奢であるし、その容姿や所作の雅やかさは、さながら『生きる宝石』とでも言うべきか。
 美に関しては全く関心のなかった自分をして『美し過ぎる』と思わせるのだから、一般人からすれば、きっと歩いているだけで目を引く容姿と言えるだろう。

 そんな事を考えながら、ササライは、そっとを盗み見た。彼女は、先程から黙ったまま不躾にならない程度に、じっとジェンリと名乗った少年を見つめている。そっと問いかけることも出来たが、きっと彼女は答えないだろう。そんな表情をしている。
 自分の中で自問自答しながらも、探る事を止めない瞳。その姿がそう物語っていた。

 「それで、早速なんですけど〜。ボク、人探しをしてて〜。早くこの街を抜け出したいので〜、ルシファーくんと協力することになりました〜!」

 彼女の伺うような視線に気付いているのか、いないのか。臆することがない肝っ玉の持ち主なのか、それとも、全く気付かないような天然なのか。
 ルシファーが説明を始める前に、彼は、ニッコリと微笑みながら「宜しくお願いします〜!」と、丁寧にお辞儀をした。

 「協力?」

 そう問うと、ルシファーが頷く。

 「うん。さっき、と一緒に買い物から帰ろうとしてたら、ジェンリさんと会ったんだ。それで……その、僕らも早く街を出たいって話をしたら、良い考えがあるって言うから…」
 「そうなんです〜! ボクには、と〜っても良い考えがあるので〜。でも、一人じゃ上手くいくか分からないから、ルシファーくん達と協力しようって事になったんです〜。」

 チラリと視線を送るも、彼女は、静かに視線を伏せて沈黙を保っている。あくまでも『決定権は、ルシファーに任せる』のだろう。
 しかし、先程のあの反応、やはり気になる。

 「あ〜! あなたが、ササライさんですね〜? 本当にルシファーくんとそっくりだ〜!」
 「よ、宜しく…。」

 道中、ルシファーから自分の話を聞いたのか、ジェンリが右手を差し出してくる。その見た目と違う、非常に癖の強い口調や行動力に若干引きながら握手を返そうとしていると、それを遮って彼女が前に出た。そして彼の手を取ると、強い瞳で握手を交わす。

 「…だ。」
 「わ〜! 素敵な人ですね〜。是非是非、仲良くして下さいね〜!」
 「……あぁ、こちらこそ、宜しく。」

 ・・・・・違和感。ジェンリではなく、彼女に。
 まるで彼を牽制するような強い瞳や、わざわざ間に割り込むという、珍しい態度。
 だが次に、そんな考えを吹き飛ばすような一言を、ジェンリが放った。

 「あれ〜? でも、何か変だなぁ〜? 確か、さっきの兵士さん達が言ってた、『皇帝サマ直々に捕まえろ〜ってお達しがあった女性』の名前と同じじゃないですかァ〜?」
 「……どういうこと?」

 自分もその言葉を聞いてそう口にしようと思ったのだが、真っ先に彼に問うたのは、他でもない彼女だ。

 「なんでも〜、って言う”変装上手な女性”を捕まえる為に、国境が封鎖されちゃったんですよ〜。更には、この街の城門もさっき閉じられちゃったしィ〜。本当、迷惑な話ですよね〜!」
 「…………。」

 彼女が閉口する。だが、自分も同じだ。
 彼女を捕らえる為だけに、国境も城下の門も閉められた? ということは、すぐにでもここから抜け出さなくては、袋の鼠ではないか。早急にここを出るべきだが、まずはジェンリをどうにかしなくてはならない。
 そう考えていると、ルシファーが慌てたように彼に言った。

 「あ、あのねジェンリさん! っていう名前だけど、兵士さんの探してるじゃないよ!!」
 「え〜、そうなの〜? ってことは〜、同名の別人ってやつ〜?」
 「そ、そうだよ! じゃないよ! だって、だもん!!」
 「へェ〜、そうなんだ〜? ウン。それじゃあ、襲われることはないよね〜!」
 「う、うん! は、人を襲ったりしないよ! 人を襲ったのは、じゃないんだもん!」

 ・・・・・・・・。
 ルシファーの言いたい事は、分からなくもない。要は『目の前にいるは、追われていると同名だが、全くの別人だ』と、そう言いたいのだろう。
 しかし、言葉が滅茶苦茶だ。そうは思ったが、どうやらジェンリは、少年の言葉をはっきりと理解出来るようだ。この少年の混乱している状態で放たれる言葉の意味を、はっきりと理解できるとは・・・・・どうやら、彼も相当な・・・・。

 「そっかそっか〜、そうだよね〜! こんな優しそうな人に、人が襲えるはずないよね〜!」
 「うん、そうだよ! 絶対そうだよ! だってじゃないもん!」
 「ウン、分かったよ〜、ルシファーく〜ん。さんも、疑っちゃってごめんね〜?」
 「………いや、いいよ。」

 謝罪した彼に、そっと目を伏せながらそう答えた彼女。先程の違和感は、更に大きくなっているが、ここで、それまで沈黙を保っていたが口を開いた。

 「それで……脱出方法なんですが…。」
 「あ〜、そうだった〜! 脱出の方法だったね〜! 任せて任せて〜!」
 「そうだ、ここから早く脱出しなきゃ! それでジェンリさん、どんな方法なんですか?」

 その違和感を拭いたいところではあるが、これから『狩り』がこの城下で行われるというのなら、脱出を優先するべきだろう。
 そう考えて、ササライは、彼らの話に耳を傾けた。

 「あ〜。でも、先に言っておくべきだったけど〜…。」
 「なんですか?」
 「城門は、今日閉じられちゃったけど〜…一応、住民の混乱を防ぐ為に、本格的な捜索は明日からみたいだよ〜。」
 「へっ!? これから、すぐにってわけじゃ…?」
 「もうこんな時間なのに〜!? 良い子は、とっくに寝てる時間じゃないか〜!」
 「え、えっと……。」
 「ルシファーく〜ん、常識的に考えてごらんよ〜! これから皆が寝る時間なのに〜! 明日の朝イチからに決まってるじゃないか〜。」
 「そ、そうだったんですか。良かった…。」

 ホッとしている少年を横目に、考える。
 明日の朝イチから狩りが始まるとなれば、今夜中に脱出しておかなくてはならない。だが、まだ城下には人がいるだろう。・・・・・行動に移すとすれば、深夜か。
 結論して目配せすると、彼女は、静かに頷いた。

 「それじゃあ〜。出発は、人のいなくなった夜中ってことにして〜。ボク、ちょっと疲れてるんで〜、暫くゆっくり休ませて下さい〜。」
 「ちょ、ちょっと待ってくれるかい? 良い方法って言うのは…」
 「大丈夫ですよ〜! ボクに任せて〜、あなた達は、ベッドで胡座でもかいてて下さい〜!」
 「…………。」

 絶世とも言って良いだろう、見る者の心を簡単に陥落させるような、その微笑み。それとは裏腹に、非常に癖のある間延びした声に思わず脱力したのは、自分だけではない。見れば、あのルシファーが顔を引き攣らせているし、も諦めたような溜息をついている。
 だが、隣に佇む彼女だけは、その微笑みに何ら気を取られることもなく、口元に手を当てたまま何やら考え込んでいるようだった。

 ・・・突っ込みどころはある。
 先程ジェンリは、『とても良い考えがあるが、一人では上手くいくか分からないので協力しよう』と言っていた。それなのに・・・・

 「…。」
 「…………。」

 彼女は、沈黙する。未だ沈黙を続けている。
 やはり、先程の違和感を問い正しておいた方が、良いのだろうか?

 「?」
 「………………ごめん、少し出てくる。」
 「え? でも…」
 「…大丈夫。すぐに戻ってくるから、心配しないで…。」

 そう言うと、彼女は、ルシファーに「風呂に行ってくるね…。」と告げて、足早に部屋を後にした。

 「あ〜! もう我慢できな〜い! 漏れちゃいそうなので〜、ボク、ちょっとトイレに行ってきますね〜!」
 「は〜い、行ってらっしゃい〜!」

 ・・・・・・ルシィ、ジェンリの口調が移っているよ。
 そうは思ったが、それよりも、彼女の不可解な行動が気になって仕方なかった。