[脱出]
ジェンリとその場で別れ、一度グレッグミンスターの家に戻って簡単に風呂を済ませてから、宿に戻った。
時間はとうに深夜を回っており、出発するまで仮眠を取っていたのか、目を覚ました途端飛びついてきたルシファーの頭を撫でながら、に「話があるんだけど…。」と、彼だけを連れて部屋から出る。
「…どうしたんですか……?」
そう問うてきた彼の表情には、少し戸惑いが見られる。自分がこうして彼だけを呼び出すということが、珍しいからだろう。
「………あんただけでも、やっぱりこの国から出た方が良い。」
「どうしてですか…?」
単刀直入に言った。『ミルドは、ソウルイーターも狙っている可能性がある』と。
すると彼は一瞬戸惑いを見せたが、すぐに「何故…?」と問うてきた。
「これは、私の想像でしかないけど…。」
「…言って下さい。」
「ミルドは、たぶん……私の紋章の魔力と、あんたのそれを使って、イルシオを…」
「っ…そんな事が可能なんですか…?」
その問いには、首を振るという動作で答えた。何故なら『分からない』からだ。
『生と死』と名のつく彼の紋章は、”死”の色が強い。”生”に関する力は、見たことも聞いたこともないのだ。
しかし、自分やの予想が正しいのなら、ミルドは、確実に自分だけでなくも狙っている。
自分は、例え捕まったとしても死ぬことはないだろう。だが、はそうもいかない。心臓を一突きにされてしまえば、いくら彼とて”死”は免れないのだから・・・・。
だからこそ、国外へ逃げてくれと言った。ルシファー達が城下から脱出すれば、どこにでも逃げ場はある。彼に転移を使い、ミルドにそれがバレてしまったとしても、この国から出してしまえさえすれば絶対に彼を捕らえる事は出来ない。
だからこそ、そう言った。
彼は、暫く思案しているようだったが、やがて顔を上げるとはっきりと答えた。
「僕は……あなたの代わりに、ルシファーを影から支えます。」
「それは駄目だよ……いくらなんでも…」
「…これは、僕自身で決めたことです。だから……いくらあなたの頼みと言えど、それだけは聞けません。」
「…。」
「だから、あなたは………成すべき事を成して下さい。」
トランの英雄と謳われた強い眼差しをもって、彼はそう言った。
「でも、私は…」
「いいんです。これは、僕が望んだ事ですから。だからあなたは、あなたの”道”を…。」
「…………ありがとう、。」
「いえ…」
そっと礼を告げると、彼は静かに微笑む。
しかし、それならば、一つだけ言っておかなくてはならない。
「でも、約束して。絶対に表立った行動はしないと…。」
「………。」
「万が一、あんたが捕らえられるような事があれば、あいつは、私をおびき出す為にあんたを……」
「…分かりました。絶対に、この”力”は使いません。そして、表立つような行動は控えます。」
「……うん。お願いね…。」
その約束だけで充分だった。あとは、自分が上手くミルドから逃げ続ければ良い。
しかし、ふと『現実』が垣間見える。
自分にとって、自分と言う存在が成している『現実』が。
『幻想水滸伝』という、百万世界の内の、一つの世界。
自分が生まれた世界では、『ゲーム』として知られていた、この世界。
天秤にかけられ、どちらかの選択を迫られて、私が選んだこの世界。
例えば・・・・・例えば・・・・
もしこの国で、予定通りに『宿星』が集まったら?
もし自分が想像している通り、それが『ストーリー』として織りなされるのだとしたら?
もし『最後の戦い』と呼ばれるだろう”未来”に、無事辿り着くことができたとしたら?
・・・・・・・・・『最後の敵』は?
自分がいた世界で『ラスボス』と呼ばれていた、その存在は?
・・・・・・・・・・・『真なる紋章』?
・・・そうだ。
自分の知る限りの『内容』は、どの戦争でも、それが『最後の敵』だった。
ということは・・・・・・・『夢幻の紋章』が?
夢幻の紋章がそうなのだとしたら、つまり、それは・・・・・・・
それなら私は、ミルドを・・・・・友人を殺さなくてはならないということなの?
「っ……。」
「、どうしました…?」
いや・・・・その”懸念”は、一人でじっくり考えれば良い。
彼らには、知られてはならない。知ってほしくない。決して知られてはいけない。
決して・・・・。
「いや……なんでもないよ…。」
だから、首を振って彼の肩を叩くと、静かに部屋に戻った。
街が完全に寝静まり、城下に誰もいなくなった深夜。
それまで仮眠を取っていた一行は、代金を部屋のテーブルに置くと、そっと宿を後にした。
と二人で部屋に戻った後に聞かされた、ジェンリが立てた陳腐な作戦(民家に被害が及ばぬように、大通りのど真ん中でこれ見よがしな火付け)を使って兵士達を誘導し、その隙をついて城壁までやってきた。
だが、見たまま人通りもなく何の変哲もない城壁を「ここですよ〜。」と見せられただけでは、眉を顰めるなという方が無理だろう。
「それで……ここに来てどうするの…?」
「じ、つ、は〜! ここには、からくりがあるんですよ〜!」
そう言って彼は、薄汚れた城壁の一部分を、力一杯押した。
するとガコンと音を立てて、人一人分の隙間が開く。
「ジェンリさん、すごーもがっ…!?」
「ルシファーく〜ん、ビックリした〜? 凄いでしょ〜?」
すごーい! と歓喜の声を上げようとしたルシファーの口を咄嗟に右手で押さえていると、彼が得意気にニッコリと笑う。
「へぇ…。こんな所にこんな仕掛けがあるなんて、確かにビックリだね。でも、どうしてきみが、そんな事を知っているんだい?」
「実はァ〜! 僕の友達に、この国に詳しい友達がいて〜。この国に来る前に『困った時のためにー』って言って、ヒッソリコッソリ教えてくれたんですよ〜!」
これでもかと核心を突いたササライの問いかけに彼は、自慢げに胸を張ってそう答える。
「へぇ…。…きみの友達は、随分とこの国の裏側に詳しいんだね。」
「どうですかね〜? でもでも、友達になって良かったなァ〜って思ってますよ〜。」
「…それじゃあ、その友達とやらに、僕らの分も礼を言っておいてくれるかい?」
「良いですよ〜! 今度会ったら、ちゃ〜んと伝えておきますね〜!」
その『友達』とやらが誰かは分からないが、ササライは、きっと彼の事を訝しんでいる。
こんな『非常用出口』とも言える場所を知る友人を持ち、それを隠すことなく、楽しむように「それじゃあ脱出しましょう〜!」と笑っている彼のことを。
それが普通の反応なのだと分かっていたが、は、何か問いたげなササライと目を合わせることが出来ず、そっと視線を伏せた。