[提案]



 「さ〜てと〜。街から出られたことだし、ここでお別れだね〜!」
 「え、でも…………あ、いえ…そうですよね…。」

 からくり扉を閉めて歩き出そうとすると、ジェンリがの〜んびり伸びをしながらそう言ったのを引き止めようとして、ルシファーはふと我に返る。
 今日出会ったばかりで、すぐにお別れというのは正直寂しいものだが、彼は人探しをしていると言っていたし、それに逃亡者である自分たちの事を考えると『もうちょっと一緒に…』とは言えない。
 すると彼は、嬉しそうな顔をした。

 「あれェ〜? もしかしてルシファーくんは〜、ちょっと寂しいな〜とか思っちゃってる〜?」
 「はい…。」
 「もう、嬉しいなァ〜! ボク、きみみたいな子は大好きだよ〜!」
 「あ、ありがとうございます…。」

 本当に嬉しそうに、かつサワリと肩を撫でられたために思わず身震いする。彼はそんな事は気にしないのか「ボクもちょっとだけ寂しいと思ってるよ〜!」と笑っていたが、ふと何か思い出したような顔で言った。

 「そういえば〜。ルシファーくんが、さっき言ってたことだけど〜。」
 「え? 僕、なにか言いましたっけ…?」
 「さんがお風呂に入りに行ってる時に、言ってたじゃないか〜! 独り言だったんだろうけど〜、ボクにはちゃ〜んと聞こえてたよ〜!」
 「え? えっ?」
 「もっと強くなりたいなぁ、って言ってたじゃないか〜!」
 「あ、そ…それは…!」

 途端、保護者達の視線が一斉に自分へ向けられ、思わず慌てる。
 彼女が風呂へ行き、ジェンリがトイレから戻ってきた後、脱出の時間まで寝ようと床についたのだが、その時口にしていたのだ。「もっと強くなりたいなぁ…」と。
 それは本当に寝る前に呟いた一言だったのだが、まさかそれを聞かれているなんて。

 「ルシファーく〜ん。キミは〜、強くなりたいんだよね〜?」
 「あ、その…はい。強くなりたいです。」
 「フ〜ン、なるほどね〜! そっかァ〜、強くなりたいのか〜。」
 「あのっ…」

 確認するように何度も聞いてくる彼。だが、こんな所で喋っていたらあっという間に夜が明けてしまう。そう思ったのだが、彼はそれに気付くことなくウンウン頷いていたかと思えば、急に顔を上げニッコリ笑った。

 「強くなりたいなら〜、良いこと教えて上げようか〜?」
 「え…?」
 「強くなりたいんでしょ〜? ボク、良い方法知ってるよ〜!」
 「ほ、本当ですか!?」

 すぐにでも強くなれるよ〜。そう言った彼の言葉に目を輝かす。
 すぐにでも”力”が手に入るなら、そんな美味しい話はない。幼さの強い考えではあるが、彼の言葉はルシファーが『聞きたい!』と思うような魅力を秘めていた。
 しかし、それを遮った人物がいた。

 「……ジェンリ。」

 見れば、が僅かに眉を寄せて彼を見つめている。強い眼差しで、じっと。
 それはまるで『言うな』と言っているような僅かな怒気を含んだものだったが、ルシファーはそれに気付くことなく彼の腕を取った。

 「ジェンリさん、教えて下さい!」
 「えェ〜ダメだよォ〜…。だってさんが恐い顔してるし〜! あんな顔されちゃったら、気の弱いボクは縮み上がっちゃうよ〜!」
 「っ…!」

 強くなれるのなら、すぐにでも強くなりたい。それが、今一番の願いだったのだから。
 請うように名を呼ぶと、彼女は暫く唇を噛んでいたが、やがて諦めたような溜息をついた。

 「……分かった。あんたの好きにしなさい…。」
 「ありがとう!」

 くるりと背を向けながらもそう言ってくれた彼女。それに礼を言っていると、彼女を宥めるためなのか、ササライがその肩を優しく叩きながら一言二言交わしている。
 それを聞き取ることは出来なかったが、早く強くなれる方法を聞きたいと思いジェンリに向き直ると、彼は何故か関心したような顔をしている。

 「…すごいね〜、キミ。さんを陥落させちゃったんだ〜?」
 「えっと、その……それでジェンリさん、どうしたら良いんですか?」
 「さん、また怒らないかな〜? それが心配だよ〜…。」
 「っ、大丈夫ですから! どうしたら強くなれるんですか? 方法を教えて下さい!!」
 「ウン、いいよ〜。分かった〜。教えてあげる〜!」

 チラリと見れば、ササライがまだ彼女と言葉を交わしているようだが、それは自分たちの耳には入らない。内容が気にならないでもなかったが、それより何より自分が望む強さを手に入れることが先決だ。
 そうすれば、彼女に『教えて』もらえる。あの時なぜ嘘をついたのかも、どうしてあんな風に笑うのかも、今ああやってササライと何を話しているのかも、全て・・・・。

 「じゃあ、教えて上げるね〜。ここから国境沿いに東へ行くと〜、『封じの森』っていう山に囲まれた森林地帯に入ることが出来るんだけど〜。」
 「封じの森?」
 「ウン。ラミの北側にあるんだよ〜。」

 ラミは以前行った事がある。しかし、その先にある森には入った事がなかった。

 「ラミは、前に行った事があります。でも…」
 「それじゃあ〜、封じの森にある『シンダル遺跡』のことは知らないんだね〜?」
 「シンダル遺跡…?」

 シンダル遺跡の話は、前に勉強の時間に聞いたことがあった。
 シンダル族と呼ばれる者たちは、定住を許されぬ呪いがかかっているらしく、世界各地に遺跡を残しながらやがて消えていったという話。

 「ウン。そのシンダル遺跡内には〜、とっても強いモンスターがいるらしいんだけど〜。ソイツを倒すと”力”が手に入るんだってさ〜! ま〜眉唾モノかもだけど〜、良かったらルシファーくんの運試しにでも行ってみたらどうかな〜?」
 「シンダル遺跡…。」

 どうするべきだろう?
 シンダル遺跡と呼ばれる場所には、様々な罠が張り巡らされていると聞いた記憶がある。
 そう考えていると、その不安を更に煽るようにジェンリが言った。

 「しかもね〜。なんでか分からないけど、アソコは紋章が一切使えないんだよ〜。ここら辺にはいないような敵も出るらしいし〜。それでも行く覚悟はあるの〜?」
 「紋章が…?」

 自分は何の紋章も宿してはいないが、ササライは『流水の紋章』を宿している。正直この国に来るまでにモンスターに引っ掻かれたり転んだりして、ササライの流水紋章の世話になったのは数知れない。おくすりや特効薬を買い込んでいると言っても、罠やそれまで出会ったことのない見知らぬ敵がいるとなると不安が灯る。
 何より、自分とササライとの三人だけで攻略が出来るだろうか?

 すると、まるでその不安を知り尽くしているかのように、ジェンリが笑った。

 「ルシファーく〜ん。もしかして、ちょっと不安だったりして〜?」
 「え、あの…。」
 「じゃあ〜、こうする〜? キミさえ良ければ、ボクも一緒にお手伝いして上げても良いよ〜?」
 「え!?」

 しかし、人探しをしなくてはならないのでは?
 そう問えば、彼は「別にすぐじゃなくても良いし〜。この国にいる事だけは分かってるから、大丈夫だよ〜。」と言ってまた笑う。

 「本当に…、本当に手伝ってくれるんですか?」
 「ウン、いいよ〜。観光がてら、ボクもシンダル遺跡に行ってみたいなァ〜って思ってたから〜。」
 「わぁ! ありがとうございます、ジェンリさん!」
 「いいっていいって〜! それにボク、キミのこと気に入っちゃったから〜。ちょっとの間だけど宜しくね〜!」
 「はい!!」

 両手を上げて喜んだが、しかし・・・・。
 ふと保護者が気になって視線を向ければ、ササライが困ったような顔をしてを見つめている。で、同じく困ったような顔で未だ背を向けている彼女を見つめている。
 お前の好きにしろとは言われたが、一応了解を取った方が良いかな?
 そう考えていると、ササライが彼女の肩をポンポンと叩いた。それを受けてか、彼女は長い長い溜息を一つ落として、言った。

 「………私は、あんたの好きにしなさいと言ったよ。」
 「…ありがとうッ!!」

 嬉しくなって思わず飛びつくが、彼女はしっかりと抱きとめてくれた。
 だが何を思ったか、抱きしめるその力が強くなった事に違和感を覚え、顔を上げる。

 「…?」
 「……なんでもないよ。」

 顔を上げさせる事を封じるように彼女は、自分を閉じ込めるようギュッと抱きしめてくる。強く、強く。
 それが少しだけ痛くて「痛いよ」と言おうとして止めた。こんなに強く抱きしめられたことなどなかったし、何だか違和感ばかりが募っていったからだ。

 「、どうしたの…?」
 「……なんでもない。それじゃあ、そろそろ出発しようか…。」

 でもやっぱり気になって、もう一度だけ問うてみる。
 しかし、彼女から返って来たのは、先と同じ答えだった。

 たが、その行動を見ていたササライとには、分かってしまった。
 彼女が、心の奥底で葛藤し、迷いを抱き続けていることを・・・・・



 「……大丈夫かい?」
 「……何が?」
 「ルシィがジェンリを連れて来てから、随分苛々しているみたいだから…。」
 「…………。」
 「きみは…………やっぱりジェンリの事を…」
 「……ササライ、少し黙って。」
 「?」
 「……お願い、少し苛ついてるから……黙って。」
 「あ…ごめん。」
 「いや…………私の方こそ、ごめん…。」