[首都にて・L2]
老婆の店を去ったあと、ルシファーは、そのまま脇道に入った。
ややこしい作りの角を曲がりに曲がっていると、人々の声が段々と遠ざかって行く。
ある程度歩いた所で、ちょうど良い木箱を見つけた。そこへ両手に持った荷物を降ろす。旅に出る時「色々、物を入れられるから…。」と、彼女が買ってくれた大きな布袋。そこへ色々な露店で購入した沢山の菓子を詰め込んでいく。
先の老婆に貰った『アシュガ』と『ヒペリカム』の飴細工も同様に、はち切れんばかりの布袋の紐口に、恐る恐る、壊れてしまわぬ様に入れた。
と・・・・・
ふと微かに耳に入ってきたのは、誰かの”声”。少し低く、痛みをこらえるようなくぐもった苦しげな声は、角を曲がった先から聞こえてくる。
菓子を詰め終えた布袋を肩にかけて、ルシファーはそちらへ足を向けた。
「こんな所に……誰だろう…?」
そう呟きながら慎重に歩を進めた。荒い息づかいが聞こえてくる。それだけで、角の先にいるだろう人物が苦しんでいるのが分かった。
「なんだか、苦しそうだけど……大丈夫かな…?」
角に立つと、すぐ間近で聞こえるズズッという何か引きずる音。
眉を潜めつつ、そっと覗き込んだ。
そこには・・・・・
「…?」
「っ……!?」
苦しげに息をしてその場で座り込んでいたのは『彼女』だった。
彼女は、壁にもたれて地面に尻をつき、息もするのもやっとなのか、その額に脂汗を浮かべている。意識が朦朧としているのか、ふらつく頭を右手で押さえながらも、自分が声をかけた途端に緊張を張り巡らせた。
だが、”声”で自分だと判断出来たのか、その張りつめるような緊張も瞬時に消える。
「…っ……ルシィ…?」
「うん、僕だよ! どうしたの? 具合が悪いの?」
ようやく焦点が定まったのか、彼女はゆっくり顔をあげると、じっと自分を見つめてきた。その表情がどこか安堵したように見えたのは、気のせいだろうか? つい先ほどまで苦しんでいたとは思えないほど穏やかだったのだ。
「…大丈夫……なんでもないよ…。ちょっと目眩がしたから……座ってただけ…。」
「でも…具合が悪そうだよ…?」
「大丈夫だから……。祭りは、楽しめた…?」
「う、うん…。」
彼女に駆け寄りしゃがみ込み、じっとその黒い瞳を見つめる。彼女は、どこか嬉しそうに自分の頭を撫でると、そのまま右手を頬に滑らせてくる。
よほど苦しかったのか、その手が汗ばんでいる。
「…。具合が悪いんだから、一緒に宿に戻ろうよ。」
「ルシィ……。」
彼女は、静かに微笑むと、ゆっくり立ち上がった。
「…私は……用事があるから、あんたは先に戻っていなさい。」
「え、でも…!」
「…ササライが、心配してるはずだよ。私は、大丈夫だから…。」
浮かべている儚そうな笑みとは真逆の、有無を言わさぬ強い瞳。
けれど、少年は、その中に時おり垣間見える『闇』の正体を、まだ知らない。
納得は、出来なかった。でもそれを言葉にしても、彼女は引かないだろう。あの漆黒の目で見つめられ、言い切られてしまったら、自分もササライも反論する事が出来ないのだから。
それが分かっていたから、ルシファーは「分かった…。」と頷いた。しかし彼女を心配する気持ちは変わらない。
だから去り際、伝えた。
「無理は、しちゃダメだよ…?」
その言葉に、自分を愛し育んでくれた彼女が答える事はなかった。
優しくて寂しそうな『笑顔』という返答だけが、胸にいつまでも残っていた。