［トレジャーハンター］
次の日の朝早くに一行は出発した。
森を少し進むとその先は分かれ道だったが、ルシファーは迷った末に左の道を選んだ。しかし、そこから暫く進んで行くと驚くほどの落とし穴や様々な仕掛けに合い、結局は元の道へ戻って右の道を進んだ。
そうこうして、ようやくシンダル遺跡と見られる入り口に到着したのは、それから半日森を歩いた頃だった。
「これが、シンダル遺跡？」
「うん、そうみたいだね。」
遺跡の入り口で一度立ち止まる。
松明がないと内部は見えないが、勉強の時間に習った通りだ。遺跡は世界各地にあるというが、各地によって身に受ける印象は異なると。
この森にある遺跡は、酷く鬱蒼としている。陽が真上にあっても暖かいと感じないので、内部はきっと肌寒く、攻略するのも大変に違いない。
「ルシィ、準備は良いかい？」
「うん！」
「ルシファーく〜ん。ここで”力”が手に入ると良いね〜！」
「はい！ それじゃあ行きましょう！」
そう言って、内部に一歩踏み出したその時だった。
ガコン、ザザザザッ！！！
「ぅわッ！？ げほッ、げほっ…！」
踏み出した足が思ったより床に深く入ったかと思えば、直後真上から矢が降り注いだ。幸い、後ろにいた誰かが咄嗟に襟首を引いてくれたお陰で助かったが、その勢いが強くて思いきり後ろに尻餅をつき咳き込んでしまう。しかし、それがなければ確実に矢の餌食になっていただろう。
助けてくれた者に礼を言おうと顔を上げると、それより前に、彼女が呆れたような顔でポツリと言った。
「…ルシィ……少しは慎重になりなさい。」
「ご、ごめんなさい…。」
「…幸い、ジェンリが咄嗟に反応してくれたから良かったものの…。」
「ジェンリさんが？ ジェンリさん、ありがとうございます！」
「エッ！？ あ…ウン、いいよいいよ〜！ でも、ごめんね〜？ 咄嗟のことだったから勢い付け過ぎちゃったよ〜。喉、大丈夫〜？」
「はい、本当にありがとうございます！ 助かりました。」
少し彼女とジェンリの様子がおかしかったが、ポンポン尻をはたきながら立ち上がり、今度は慎重に足を中へと踏み出した。
「もう、酷いなァ〜…。」
ルシファー、ササライ、達三人の背を目に、それより少し後ろを歩きながら、小さく口にする。
「……ごめん。」
自分が言わんとする事を即座に理解したのか、隣を歩く彼女が、静かな声で謝罪した。
あの少年が遺跡に足を踏み入れた瞬間、その第一歩目で罠を発動させた時の事だ。
迂闊に足を踏み入れるな。少年が一歩踏み出す前に、彼女はきっとそう忠告しようとしたのだろう。しかし、間に合わなかった。
「ボク、ビックリしちゃいましたよ〜。」
「……ごめんってば。」
始めの一歩で大当たりを引いた少年に呆れたものだが、自分が動くより早く彼女が反応した。その襟首を掴んで後ろに引いたのは無意識だったのだろうが、思いの外力が篭っていたのだろう、少年は後ろにドテッと尻餅をついた。
「でも、咄嗟にボクのせいにするなんて機転利き過ぎ〜。」
「……だから、こうして謝ってるでしょ…。」
しかし、それを少年に知られたくはなかったのだろう。戦えるはずなのに、戦いを知っているはずなのに戦闘の輪に加わらないその姿を見ていれば、自ずと理解できる。まだ彼女は迷っているのだろう。
だから彼女は、少年の危機を救ってくれたのは自分だと嘘をついた。まぁ、それまで彼女の隣を歩いていたのは自分だったし、位置的にそうなるのは仕方ないと思ったが・・・。
「…ま〜いいですけど〜。それでアナタが良いのなら〜。」
「…………ありがとう。」
ホッとしたように胸に手を当て、困った顔で微笑んだ彼女。
・・・・昔から、そうやって軽く困らせてやるのが好きだった。
困らせた後に、その笑顔を見るのが好きだった。
昔から・・・・。
「………あのさ〜、さ〜ん。」
「…なに？」
「言っておくけど〜。ボク、諦めたわけじゃないから〜。」
「…なに？ 何の話？」
「あ〜………そっか〜…。もう忘れちゃったんだ〜…。」
「…？ ジェンリ？」
「ま〜いいや〜。ボクだけ覚えていれば良いからね〜。」
ニッコリ笑いながら、最後列からルシファーのいる最前列へと歩くスピードを上げる。自分の武器は近距離用だし、あの少年がまたおかしな罠に引っかからないとも限らないからだ。
だから、彼女には聞こえていなかっただろう。
・・・・まぁ、聞こえない方が良かったのかもしれない。
聞こえてしまったら、本当の意味で彼女を困らせるだろうし、自分もまたあの哀しい想いをするのだから・・・・。
「オレは……………まだアンタのこと、諦めたわけじゃないから。」
暫く中へ進むと分かれ道に差し掛かった。先程は左に行って嫌な目にあったので、右に行こうとすると、が声をかけてくる。
「…ルシィ………左に行ってみよう…。」
「え、でも…」
戸惑っていると「行き止まりだったら、引き返して右に行けば良いよ…。」と言われたので、それならと左に行けば、案の定行き止まり。しかし、そこにはいくつか宝箱があった。嬉しくなって拝借する。
だが、引き返そうとしたところで、今来た道から声がかかった。
「あーッ！！ 商売敵はっけーん！！」
「え？」
振り返った先には、妖しげな二人組がいた。
ショッキングピンクのド派手な頭に、黒い瞳を持つ15〜16歳の少女と、白髪混じりの黒髪に黒い瞳の、40代後半の男。
呆気に取られる一行をよそに、少女は、つかつかルシファーの所まで歩いてくると、ビシッと指差した。
「ちょっとー！！ あなた、その宝箱開けたのー！？」
「え、はい。」
「どういうことー！？ 私たちの獲物を横取りするなんてー！ 許せないー！！」
「え！？ あ、その…」
「この遺跡に入ったのは、私達が先なんだから、返しなさいよー！」
「ちょ、あのっ…うわッ！？」
グイと肩を掴まれたと思ったら、次にガクガク揺さぶられる。
「ちょっと、やめて下さ…！」
「うるっさーい！ この遺跡は、私達が最初に目をつけたんだからねー！ 早く返しなさいよー！ 返さないって言うなら、酷いことしちゃうんだからー！！」
「うわ、やめっ…！」
少女の言う『酷いこと』が何だか分からなかったが、そこまでして宝箱の中身が欲しかったのだろうか。宝箱に入っていたのは『火炎の矢の札』『優しさの雫札』の二つで、魔法の使えないこの遺跡では、全く使えない代物なのに・・・。
視界がカクカクして目眩を起こしそうになった所でそれを止めてくれたのは、ジェンリだった。
「ちょっとちょっとォ〜！ キミ、ルシファーくんに何するのさ〜！」
「はぁー！？ ちょっと邪魔しないでよ、あなた誰ーッ！？ この遺跡の宝箱は、最初に入った私達の物なんだから返しなさいって言ってるだけでしょー！！」
「なんだよソレ〜！？ そんなの理不尽じゃないか〜！ 『先に開けたもん勝ち』が世界のルールなのに〜！」
「はぁー！？ 意味分からないんですけどー！？ そんなルールは、私達には通用しないのよー！！」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
カックン、カックン、カックン、カックン。
ジェンリは少女と言い合っているだけで、自分を揺さぶっているその手を止めてはくれない。・・・誰か、早く助けて。そう保護者達に視線を送ってみるも、呆れているのか引いているのか分からない顔で、三人とも溜息をついている。
・・・まずい、本当に気持ち悪くなってきた。吐いてしまうかもしれない。
そう内心焦っていると、ここで、溜息をついていたが少女に近づき、そっとその手を止めながら言った。
「……言っておくけど……宝箱にあったのは『札類』だよ。この遺跡では使えな…」
だが、言い終わる前に少女が「はぁー！？」と声を上げた。
「ここで使えないからって、だから何だってのー！？ 私達は、ここにトレジャーハンティングしに来たんだから、この遺跡で使えようが使えまいが関係ないのよー！」
「……そう、分かった。ルシィ、この子にさっきの中身を上げなさい。」
「えっ！？」
確かに札類はこの遺跡では使えないが、遺跡を出れば何かと役に立つ。
だから、ジェンリが『先に開けたもん勝ち！』と言った時に、さりげなく『そうだそうだ！』と思ったのだが、保護者組にとっては『そんなのどうでもいい』らしい。
更には、それを支援するようにササライが放った「ルシィ…きみは魔法が下手なんだから、どうせ持っていても使わないじゃないか。」という一言に傷ついたのは内緒だが、に助けを求めても、苦笑いを返されてしまえばもう何も言えない。
「でも、でも……せっかく見つけたのに…！」
「…確かに決定権はあんたに託したけど……出来る事なら、こんな厄介な場所で面倒事を起こしてほしくはない。でも、それでもあんたがその札に拘るなら、戦うなり何なり好きにすれば良いよ。」
「………うぅ、分かった。」
呆れたように言われてしまえば、素直に札を手放すしかない。
仕方なく・・・本当に仕方なく、宝箱の札を旅荷から取り出すと、それをふんだくるように少女が取り上げる。顔を上げれば、満面の笑み。
「うぅ、僕の札…」
「ありがとー！ あー良かったー！ これであなたに酷いことしなくて済みそうねー！」
「僕の札ぁ…」
「なによー！？ 今さら未練がましい顔しないでよねー！ あなたが自分で渡したんでしょー！？」
「キャッハー！」と言い、自分からふんだくった札を連れの男に見せつける少女の背中が、とても恨めしい。だが、の言ったように、こんな厄介な場所で戦闘するのも嫌だったし、そもそも渡せば無駄な戦いをしなくて済むのだから、これはもう致し方なし。
でも、でも・・・・
「……僕の札…」
「まぁまぁ、いいじゃないか。」
がっくり肩を落としていると、ササライがポンと手を乗せてきた。
ニコリと微笑んでいるが、自分とすれば、初宝箱を他人に取られてしまったのが恨めしくて仕方ない。この気持ちは、誰に言葉をもらおうとどうにもならない。
すると彼は、自分の頭を撫でながら、言った。
「大丈夫だよ。この遺跡から出たら、きみにも紋章を宿してあげるから。」
「え………本当にッ！？」
「うん。実は先日、これを買っておいたんだ。」
「これは…。」
雷の紋章だよ、と、そう言って渡された封印球。
「これを僕に？」
「うん。」
「ほ、本当に良いの！？」
「勿論だよ。」
ササライやが『流水の紋章』やら『闇の紋章』やらを宿していたのは知っていたが、自分は何の紋章もつけていなかった。だから、手渡されたそれを目に歓喜する。
「…まぁ、きみの魔法の扱いに関しては、正直、僕も閉口ものだったけど…………有事の際は、無いよりマシだと思ったからね。」
「あ、ありがとう…。」
普段は温厚で優しいはずの彼の物言いに更に傷ついたものの、これはもう仕方ない。グレッグミンスターで生活していた頃、魔法に関するあのスパルタぶりを思い返せば、諦めざるを得ないのだ。
それに、彼が言った通り、ルシファーは『魔法が下手』だった。スパルタササライに教えてもらって何度も何度も練習したのだが、どうにも上手く扱えない。そんな自分を目にした保護者達は、それぞれに違った反応を見せた。
はその場にしゃがみ込み、額に手を当て、長い長い溜息を落としていた。
ササライは「これ以上もう無理…僕もう限界。」と、米神に青筋を浮かべながら口元を引くつかせ、ブチ切れ寸前状態で彼女に言っていた。
そして、は困ったような顔で「…大丈夫……魔法が駄目でも、棍があるよ…。」と、まるでフォローになっていないフォローを口にしていた。
・・・・・・そんな中。
五行の紋章や真なる紋章の眷属とされているそれらの中で、自分が一番マトモに仕える紋章。彼らに「まだマシだ」と言われたのが、この『雷紋章』だった。
だからこそ嬉しくてたまらなかったのだが、ササライの先ほどの言葉が、喜びをグサグサ突き刺し苦笑いに変えていく。
「でも、大丈夫だよ。紋章がマトモに使えなくても、きみにはその武器があるからね。」
「う、うん……ありがとう…。」
ニッコリ微笑みながら、毒を吐いているのか慰めているのか分からない彼の言葉にそう呟くしかなかったが、ふと視線をずらせば、やが「そろそろ行こう…。」と話をしている。
・・・・それで我に返る。そうだ、こんな所で油を売ってる暇はないのだ。
少女達とは、ここでオサラバってやつだ。札を取られた恨みは、そう簡単には消えない。
そう思って先を急ごうとすると、何を思ったか、少女が彼女に声をかけた。
「そういえばー、あなたたちもハンティングに来たのー？」
「…いや。」
「そうなのー？ ハンティング以外でこの遺跡に用事ー？ あ、それとも遺跡の先にある『深き守りの村』に行くとかー？」
「…いや。」
「はぁー！？ 意味分かんなーい！！ じゃあ、何の為にここに来たのよー！？」
「はいは〜い！ それには、ボクが答えます〜！ ”力”を求めてやってきました〜！」
訝しげな少女と、困ったような顔をした彼女の間に入ったのは、ジェンリ。彼女の前に立ち、通せんぼするよう両手を広げている。そんな彼に、少女が声を上げた。
「ちょっとちょっとー！ 私は、その人に聞いてるんだから、邪魔しないでよー！」
「ダ〜メで〜す！ 彼女と話をするなら、ボクを通してくれないと〜！」
「なにそれ、ウザーイ！ あなた、ボディーガードのつもりー！？ それに、力を求めてとか意味わからないー！！」
「意味分からなくて結構です〜！ いいからキミは、その男の人と一緒にとっとと何処ぞへ失せて下さ〜い！」
「なっ！？ 失せろですってー！？ キーッ！！ ウッザイウッザイ、超ウッザーーーイ！！」
・・・・・僕の札。
そう思いながらも彼らの会話に耳を傾ける。チラと視線を向ければ、保護者達は、まるで子供のように言い合う少年少女に疲れたような顔。
だが、ふと少女が何か思い立ったように「あー！！」と声を上げた。
「それなら、丁度良いかもー！」
「丁度良い〜？ 何が〜？」
「私達は、お宝目当てでここに来たけど、あなた達は、お宝に興味がないんでしょー？」
「そうだよ〜。だから何なの〜？」
「”力”がどうとか言ってたけど、私達には関係ない事だし、ぶっちゃけどうでも良いしー？ でもでもッ、ここを攻略するのは共通してるわーッ！」
「確かにそうだけど〜、それが何なの〜？」
「だ・か・らー！！ 協力して上げるー！」
「…はァ〜！？ 協力ゥ〜！？」
「正直、私と彼の二人じゃ、心許なかったのー！ パーティーが増えればモンスターと戦うのも楽になるしー？ だから、協力してあげるわー！」
「ちょっと〜勝手に決めないでよね〜！ 随分と図々しい子だなァ〜！！」
「なによー！ 言っておくけど、私達けっこう戦力になるんだからねー！ 甘く見てると怪我するわよー！」
「うわァ〜！ キミの方こそ、充分ウザイよ〜！！」
ジェンリがプリプリ怒りながらも、自分に視線を向けてくる。
・・・そうだ。一応、自分がこのパーティーの決定権を持っている。
正直、この少女と行動を共にするのは気が引けた（札の恨み）が、少女の言った通り、戦闘メンバーが増えるのは心強い。罠もそうだが、強敵が現れるなら尚更だ。
見れば、が『お前が決めなさい』という顔をしている。
それなら・・・・・。
札を取られた恨みはあるが、これはもう諦めよう。
そう割り切って、少女と男に「宜しくお願いします。」と、ペコリと頭を下げた。
