[四面楚歌・2]



 「ミルド、村には手を出さないと…!!」
 「…あら? この村に手を出す気はないわ。問題は、貴女の”連れ”よ。」
 「なに…!?」

 拘束されているため身動きは取れないが、視線や口は動かせる。
 掴み掛からんばかりの勢いでミルドへ詰め寄ろうとしたが、後ろ手に縄を持った兵士に引かれて尻餅をつく。しかし痛いとも思わず、咄嗟にに『早く村人を非難させろ』と視線を向ける。
 だが、彼は、何故か俯き動かない。よく目をこらして見れば、全身を小刻みに振るわせている。

 「ねぇ、。確か貴女、ハルモニアの神官将ともう一人……全く同じ顔をした少年と旅をしていたようじゃない? 見たところ、そっちの坊やは違うみたいだし。でも……」
 「…!」

 小さな灯火から、辺り一帯が業火に包まれるまで、そう時間はかからないだろう。あれだけの火矢が放たれたのだ。こうして話をしている内に、火は、森を焼こうと手を広げ始める。
 唯一、風が無いのが救いか。これなら、まだ村人の脱出時間を稼げるかもしれない。
 ・・・・・・・・自分が囮にならなければ。
 そう思い顔を上げると、ミルドが、ふと何か思い当たったような顔をしながら側近のグレイムに声をかけた。

 「グレイム……もしかして、その坊やが?」
 「それは、何とも……”力”を見るまでは。しかし、その背格好を見るに…」
 「そう…………そう!!」

 老人の言葉を聞いた途端、彼女が喜色を示す。
 それを見て、『まさか…』と思った。

 「後回しにしていたけれど、まさか一度に手に入るなんて! ふふ……そうとなれば、話は早いわ! その少年も捕らえなさい!!」
 「はっ!」

 が捕らえられてしまえば、彼女の『望み』が叶うことになる。
 それがどういった『対価』を求められるのかまでは分からないが、きっと自分たちが想像するより大きなものとなるだろう。
 だからこそ、に向かって叫んだ。

 「あんた、何してんの……早く逃げてッ!!」

 そう叫ぶも、は何故かその場から動こうとしない。
 仕方なしにもう一度声を上げようとすると、その顔がゆっくりと上げられた。
 その瞳は、ミルドを真っ直ぐに見据えていた。忌々しき者を憎悪する、強い瞳。

 「僕は…………………お前を許さない……。」

 そう言うと同時に、彼は、捕らえようとする兵士達に棍を振るい始めた。
 幾度となく大きな戦を経験し、長き旅をしてきた彼を捕らえられる者など、ここにはいない。いくら精鋭とて、所詮はただの兵士。どれだけ束になっても、彼を捕らえることはおろか傷をつけることすら出来ないだろう。

 そう分かっていたが、それでも悪寒は止まらない。

 「ミルド、約束は…!」
 「あら? ちゃんと守ったじゃないの。村には手を出していないわ。森に火を放っただけよ?」
 「あんたッ…!!!!」
 「…それに、そこの坊や同様、貴女の”連れ”とやらを放置しておくわけにもいかないわ。だって………後の禍根は断っておかないと、ねぇ? 私はとっても心配性だから、気が気じゃないってワケ。」
 「っ…!!」
 「そして、この村は………そうねぇ。貴女の犠牲になってしまった、って所ね。」
 「ミルドッ!!!!!!」

 あえて過去形でそう言った彼女に、叫びながら突進しようとする。
 しかし、兵士達に後ろから羽交い締めにされて、地面に押し倒される。

 「くそっ……離せ…離せッ!!!!!」
 「あぁ、そうだ。それと、一応教えておいて上げるわ。北側から逃げようとしても無駄よ。」
 「…? …………まさか…!」
 「ご名答! 北側にも、ちゃあんと兵を配置してあるの。さっきの合図で森を焼き始めているでしょうから、結局この森からは抜け出せないってことね。」
 「そんな…!」

 あちらには、ルシファー達がいる。気配を探るも、まだ森から抜けていない。
 ということは・・・・・

 「ふふ。何があったか知らないけれど、連れの姿を見ないと思ったら……やっぱり北側にいるのね。でも安心してちょうだい。私の部下が、責任を持って殺してあげるから。」
 「なっ…!」
 「でも、本当に…貴女達が、この森に入ってくれて助かったわ。真なる紋章の所持者といえど、紋章が使えなければ、ただの人間でしかないんだから!!」
 「……………。」

 ざわざわ、ざわざわと、心が戦慄いている。
 目の前に見え始めたのは、現実ではない。今まで生きてきた中で、自分が守れなかった者達の姿。それが、浮かび上がっては消えていく。

 『私は…………また守れないの……?』

 また守れずに、見殺しにしてしまうだけなの?
 また見殺しにして、涙を流すだけなの?
 また涙を流して、そして・・・・・・

 「さーん!!」

 そう思った時だった。どこからか、声が掛かったのだ。

 「…? ………ミリアン!?」

 声の上がった方を見れば、そこに居たのは、先ほど逃がしたはずのミリアンとジュレーグ。

 「あんた達……どうして…?」
 「やっぱり、自分たちだけ先に逃げるってのもどうかと思ったんでー! それとー…」
 「…あの遺跡には………確か……”装置”があったはず……。」

 そう続けられたジュレーグの言葉。装置・・・・・・・転移装置のことか!?
 あぁ・・・・あれは、まだ生きていたはず。ということは、あれを使えば・・・。
 直ぐさま結論し、口にしようとすると、それを遮ってが声を上げた。

 「それなら、あなた達は、そこへ村の人たちを避難させて下さい!!」
 「えーでも、さんはー…!」
 「彼女は、僕が守ります!! いいから早く!!!!!」
 「……了解した。行くぞ、ミリアン…。」

 ケピタ兵の相手をしながら怒鳴りつけるように叫んだ彼に、ミリアンやジュレーグは退避を開始する。しかし、彼までミルドに捕らえられてはならない。
 と、ここで弓兵が、彼に向けて矢を放とうとしている姿。

 「っ、危ないッ!!!!」
 「!?」

 咄嗟に駆け出して弓兵に体当たりをすると、自分の縄を掴んでいた兵士が前につんのめって倒れた。
 これなら逃げられる!! そう考え、直ぐさま身を翻しての所へ飛び退ると、彼は短刀で自分の縄を切り、安心したような顔。

 「…。」
 「ごめん……手間かけて…。」
 「いえ、良いんです…。」
 「…それじゃあ、ジュレーグ達が村の人を避難させている間に、私がこいつらの相手をする。だから、あんたは……」

 先に彼らと一緒に逃げろ。
 そう言う前に、彼は首を振ってそれを拒否した。

 「…僕も戦います。」
 「なにを…!」
 「…絶対に嫌です。僕は、これだけは……絶対に譲れません。」

 彼はミルドに目を向けながらも、頑として首を縦には振らない。
 その姿を見て、誰かが重なった。懐かしい誰かが・・・・・。
 しかし、時間を稼がないといけない。だから、その錯覚を勘違いだと判断して「無茶はしないでね…。」と言うだけに留める。

 と、それまで黙って静観していたミルドが、呆れたような顔で口を開いた。

 「…まったく。貴女は、本当に手間をかけさせてくれるわねぇ…。」
 「ミルド。なんで…関係ない人まで巻き込むの…?」

 そう問うた途端、彼女は目を丸くした。
 そして、みるみる内に怒気を表し始める。

 「貴女…本当に……分からないの!? 貴女が捕まろうとしないからじゃないっ! 貴女があの時に捕まっていれば、この村の人間もこんな被害を被ることも無かったのよ!?」
 「だからって…!」
 「っ……貴女は、いつもそう! そうやって、いつもいつも話し合いで解決しようと良い子ぶって! 貴女がそうだから、私はあの時話し合いを持ちかけてあげたじゃない!? それに乗らず、今こうしてこの村の住人を窮地に追いやっているのは、他でもない貴女なのよ!! この森もこの村もイッカクの里も、全て焼き払われるのは、全部貴女が招いた事だっていい加減に理解しなさい!!!!」
 「……!」

 その言葉に、いけないと分かっていても心の芯を捕らえられる。
 沸き上がるのは・・・・・・ただただ『自責』。
 彼女の言う事は、一理あるのだ。自分が捕まらなかったから、この村の住人を窮地に晒している。自分が捕まらなかったから、こうして森が焼き払われている。
 自分が・・・・・・・捕まらなかったから・・・。

 「、耳を傾けてはいけません! 戯言だ!!」
 「っ………分かってる…。」

 分かってはいる。しかし、それだけで心が納得出来るわけではない。
 自分は・・・・私は・・・・・・・

 ミルドが怒気を沈めたのか、薄く笑いながら言葉を続ける。

 「ねぇ、……もう分かったでしょ? 貴女が逃げれば逃げるほど、罪のない人間が巻き込まれていくのよ。私と謁見した時に捕まっていれば、ササライやルシファーという少年も巻き込むことはなかった。それに、その坊やの存在も隠しておけた。何と言っても、この村の者を巻き込まずに済んだのよ? それなのに…」
 「……私は…」
 「いい加減に諦めて、さっさとその紋章を渡しなさい。そうじゃなきゃ、さらに人が傷つくわよ?」
 「…………。」

 じわじわ、じわじわ。
 追いつめられていく。

 心が、体が、精神が。
 彼女の言葉一つ一つが、自分をさらに深い闇へと誘っていく。



 どうすれば・・・・・・私は、いったい・・・・どうすればいいの・・・?



 「黙れッ!!!!!」

 何も言わなくなってしまったを横目に、は、棍を手にミルドに躍りかかった。
 しかし、相手は数百年も生きている『所持者』だ。素早く抜き放たれ、振るった己の棍をいとも容易く弾き返す、歴戦ともいえるその太刀さばき。
 ・・・・なるほど、そう簡単に首を取らせてはくれないか。

 だが、それでも攻撃の手を休めることはしなかった。村やに対する所行を許すことが出来なかったからだ。頭にこうまで血が上ったのは、何十年ぶりか。
 しかし、自分は地面で相手は馬上。これでは、どう動こうがこちらの不利となる。そう考えて、攻撃すると見せかけ馬の尻を思いきり叩いてやる。嘶き、前足を高々と上げて驚いた馬から彼女を下ろすのは、簡単だった。

 ト、と軽やかに着地する瞬間を見計らって、思いきり棍を横に払う。それも簡単に受け止めて、彼女はクスリと笑った。

 「中々やるわねぇ………………=マクドール。」
 「…!?」
 「ふふっ。は勿論だけど、貴方のことも探していたのよ? ずっと、ずうっと…ね。」
 「っ!!」

 ガッ、キィンッ!!!

 冷淡で血の通わないように思える瞳を受けて怖気し、武器を払いながら距離を置く。
 彼女は、クスクスと笑っていた。しかし、今は戦い続けている場合ではない事も承知している。今は、何を惜してでもここから逃げなくてはならない。
 故にさっとに目配せするも、彼女は俯いたまま動かない。

 「! しっかりして下さい!!」
 「っ…!」

 ミルドの挙動に気を配りながら、駆け寄り肩を揺する。我に返ったのか、彼女はビクッと肩を震わせた。

 「……」
 「そろそろ、ジュレーグ達も村人を避難させたはずです。僕らも早く逃げましょう!!」
 「っ……分かった。」

 「あらあら? そう簡単に逃がしてあげると思っているの?」

 そう言って、ミルドが面白そうに剣を一振りした。
 だが、そう簡単に捕まってやる気はない。

 「僕は、右に行きます…。」
 「……それじゃあ、私は…」

 小声で簡潔に述べた意図が伝わったのか、彼女は、いい終える前に左側に駆け出した。それを見て、自分は右側に駆け出す。

 「…あら? 二手に分かれて…ということね? 面白いじゃない。」

 後ろから、クスクスと笑うミルドの声が聞こえてきた。








 「グレイム。貴方は、=マクドールを追いなさい。私はを追うわ。」
 「……畏まりました。」
 「それと、絶対に逃がさないように。ここでケリをつけるわよ。」
 「御意…。」

 「ふふ……狩りも、いよいよ大詰めね。ゾクゾクするわ!」

 そう言い、駆け出した皇帝の背を見送りながら、老魔術師は静かに口元を上げた。