[暴走]



 空が白み始める、少し前。
 ルシファー達は、遺跡の中を最短距離で走り罠をかいくぐり、迷うことなく転移台のあるフロアに辿りついた。
 しかし、フロアを見て驚愕する。瓦礫によって分断されていたはずのそこは、まるで何事もなかったかのように元通りになっていたからだ。

 「これは…。」
 「ど、どうなってるの!?」

 転移台を中心に二分されていたはずのフロアは、最初に自分たちが見た時のものだった。変わりがあるとすれば、シールディフェンダーがいない事だろうか。
 一同でそちらを見れば、転移台が、相も変わらず仄かに光を放ちながら静寂を保っている。

 「あ〜! ミリアンちゃん達だ〜!」
 「えっ?」

 ジェンリの声にルシファーが顔を上げる。見れば、反対の道からミリアンを筆頭に、続々と人がフロアに入って来た。最後尾についていたジュレーグが、人々を転移台の上へ誘導している。
 自分たちを見て駆け寄ってきたのは、ミリアンだ。

 「あー! やっぱり、あなた達もこっちに逃げてきたのねー!」
 「ウン、みんな無事でなによりだよ〜。やっぱり、こっちに戻って正解だったね〜!」

 取りあえず、深き守りの村の人々も無事に避難できたようだ。しかし、の姿が見当たらないと思ったのか、ルシファーがミリアンに問う。

 「ミリアンさん、達は…!?」
 「えっとー、それがー…。」

 何故だか分からないが、皇帝直々に兵を率いて森を取り囲んだかと思えば、と何やら揉めていた。自分たちはに言われて一度は逃げようとしたものの、やはり気になって戻ってみれば森に火が放たれており、村の人をこの場所に誘導するよう言われた。
 簡潔にそう語ったミリアンに、ルシファーが泣きそうな顔をする。

 「それじゃあ…それじゃあ、は…!」
 「それなら、きっと大丈夫よー。後を追うからって言ってたものー。」
 「で、でも…!」

 あの二人は、まだ来ていない。まさかミルドまでこちらに来ているとは思わなかった。
 ササライは、悩んだ。二人の所に向かうべきか、それとも先に逃げるべきか。
 しかし、あの二人なら、きっと『先にルシファー達を連れて逃げろ』と言うだろう。

 でも・・・・。

 「ルシィ、ジェンリ、ミリアン、ジュレーグ。きみ達は、先に村の人たちと一緒にそれを使って行ってくれないかい?」
 「ちょっと、ササライ!?」

 自分だけでも二人を待つ。そう述べると、思った通りルシファーが戸惑いを見せた。
 それもそうだろう。今まで自分たちと離れて行動させた事などないし、それほど長い時間共にしたわけでもない者たちと『先に逃げろ』と言ったのだから。
 しかし、ミルドがあちら側で二人を追ってくるとなると、戦闘面で不安が残る。紋章が使えない場所だし、武器だけでの戦いになると分かっているが、が無茶をする可能性がある。
 それに、もし、またあの時のように倒れたりしたら・・・・。

 「…いいから。僕は大丈夫だから、きみ達は先に…」

 そう言いかけた時だった。

 「あは! みぃつけた!」

 声の方へ顔を向ければ、スタナカーフが満面の笑みでフロアに入ってくる姿。
 ・・・もう追いつかれたのか。しかし、それなら尚更、村人達を先に転移させた方が良い。

 「ジェン…」
 「皆!!!!」

 それを口にする前に、がやって来た。思わず安堵する。

 「二人とも、無事だったのかい!?」
 「僕らは大丈夫だ! でも、ミルドがすぐそこまで来てる!」
 「それなら…!」

 一度に全員で転移台を使うことは、可能。台は大きく、一度に30名ほど飛ばせるだろう。
 どこに飛ばされるか分からない以上リスクは大きいが、ここで全員殺されるよりはマシだろう。飛ばされたとしても、皆一緒なら同じ場所にたどり着くだろうから。

 少しずつ近づいてくるスタナカーフを睨みつけながらそう結論していると、が口早に詠唱している姿。何をしているのかと思う前に、バチッと音をさせて『何か』が弾け飛ぶ音がフロアに響き渡った。
 ササライは、その音を聞いてサッと全身から血の気が引いた。

 これは・・・・!

 「きみっ、なんで無茶を…!」
 「……うるさい。」

 他の皆は、その音を耳に不安そうな顔をしているが、自分は違った。
 これは・・・・ミルドの紋章による『転移追尾の結界』を破った音だ。そう思い声をかけるも、彼女は背を向けながら項垂れている。相当な負荷が掛かっているのだろう、息が荒い。
 だが、これで敵に追尾されずに逃げられるなら、早く全員で・・・・。

 そう思うと同時、鈴のような声が辺りに響いた。



 「ふふ…………………見つけたわよ。」



 達と同じ場所から現れたその女性が・・・・・『皇帝』なのだろう。
 冷酷そうな笑みをたたえながら、ゆっくりと近づいてくる。

 「あら? 追尾の結界を破るなんて……大丈夫なの?」
 「………黙れ…。」
 「二人とも、早くこっちに…!」

 すぐに転移台を発動すれば、全員無事にここから逃げられる。
 だが、そう呼びかけた所で、が声を上げた。

 「ササライッ! 今すぐ行って!!」
 「えっ!?」
 「いいから…早くッ…! ルシィや…っ……ジェンリ達と先に行ってッ!!」
 「何を言って…!」

 そう言いかけて、違和感。
 ・・・・おかしい。そう思った直後、その正体を見抜く。
 彼女は、歯を食い縛りながら右手を抑えている。よくよく見れば、全身が小刻みに震えており、その額からは大量の汗。

 これは・・・・・もしかして・・・!!

 「きみっ…!」
 「いいから…早くしてっ!!! 私が『耐えられる』内に……っ…早くッ!!!!!」

 『円の抵抗』。それがすぐそこまで来ているのだろう、必死に震えと戦いながら彼女は叫ぶ。だが、そんな状態の彼女を放って行くことなど出来ない。出来るはずがない。
 それなら先にルシファー達を行かせよう。そう考えて台から下り、転移を発動させる為に魔力を放とうとした。

 しかし・・・・・

 ドンッ!!!!!

 「えっ……?」

 誰かに背中を押されて振り返ると、。彼は自分を転移台に突き飛ばすと、有無を言わさず台に向かって魔力を放った。
 その力を受けた瞬間、転移台が光の壁に覆われる。

 「スタン、早くなさい!!」
 「はい! 逃がさないわよっ!!」

 光の壁を見たミルドがスタナカーフに声をかける。それを受けてロッドを手に壁を破ろうとするも、物理攻撃が効かないのかキンッという音をさせて弾かれる。
 ミルドが舌打ちする間にも、光は徐々に強くなっていった。

 「、どういう事だい!?」
 「…ごめん。彼女は、僕が守るよ…。だから、きみ達は…先に逃げて。」
 「どうしてっ……!!!!」
 「……大丈夫。必ず……………必ず守るから。」

 ・・・・・分からなかった。彼の行動が。
 何故、どうして? 彼女に『円の抵抗』が掛かるというのなら、彼一人でスタナカーフとミルドを相手に守るのは分が悪い。自分がいればもっと楽になるはずなのに・・・どうして?
 隣を見れば、ルシファーが光の壁を叩きながら二人の名を叫んでいる。
 だが、彼は、震えて膝をついた彼女の傍に駆け寄り、そっとその背を擦るのみ。

 「…………っ…ッ!!!!!」

 その叫びも虚しく。
 強く眩い光に包まれたと同時、視界が真っ白になった。








 「あんた……なんで逃げなかったの…?」

 そう彼女に問われた。それに答えるとするなら、ただ一つ。

 「貴女を……死なせるわけにはいきません。」
 「……まったく…………馬鹿だね…。」

 笑ってはいるが相当辛いのだろう、彼女は全身を震わせながらガクリと膝をつく。

 「大丈夫ですか…?」
 「…大丈夫……と言いたい所だけど……」

 「あら? 大丈夫じゃないわよねぇ? だって貴女、今にも倒れそうよ?」

 忌々しいその声。
 これは『皇帝』などではない。己が望みの為にだけ動く、ただの殺戮者だ。
 だからこそ自分だけが残った。手を汚すのは、自分一人で良い。『殺し』は、あの少年にはまだ荷が重過ぎるし、何より彼女を守るためだ。

 「ミルド様……。」
 「あら? グレイム、遅かったわねぇ。」

 音もなく気配もなく姿を現した、気味の悪い気配を纏った老人。ロッドを持っているということは魔術師だろう。
 ロッドを持つスタナカーフと老魔術師は、自分ひとりで何とかなるが、問題はミルドだ。彼女は剣を扱うようだし、注意が必要だろう。

 そう結論して立ち上がり棍を構えると、ミルドが笑った。

 「あら? もしかして、貴方一人で私たちの相手をしようと言うのかしら?」
 「………。」
 「だんまり? まぁいいけれど…………でも、いい加減に腹立たしいわね。」

 余裕の表情を崩さず笑い続ける女に、虫酸が走った。
 を後ろに隠しながら、いつでも戦えるように棍を握る手に力を込める。

 「でも、貴方たちの紋章が手に入るなら、ササライやルシファーとやらの始末は後でいいわ。無駄な抵抗は止めて、さっさと捕まりなさい。そうすれば、貴方もも痛い思いをしないで済むのだか…」
 「黙れ!!」
 「……貴方、本当にお口が悪いのね。でも、まぁいいわ。貴方一人で、どれだけを守れるのか………試してあげる。」

 不気味に笑った皇帝の言葉を合図に、まずスタナカーフが動いた。
 しかし、この場で転移も使えないロッド使用者なら、そこから動くまでもなく弾き返すことが出来る。力負けする事は、まずないだろう。
 その確信と共にカンッという音がフロア内に響く。ロッドを弾かれた少女は、忌々しげな舌打ち。

 と、ここでグレイムという魔術師も加わった。
 二対一とはいえ、相手は魔術中心なのだから、自分が動きやスピードで負けることはない。
 しかし、これでミルドが加わるとなれば、話は別だ。彼女が動き出せば、を守りながら戦えるか分からない。
 いや・・・・・絶対に守ると誓ったから、必ず守る。

 「あらあら? やっぱり、その二人だけじゃあ貴方を捕らえることなんて無理そうねぇ…。」

 面白がるように観戦している女に、の苛立ちは募っていった。しかし、その言葉を発したということは、そろそろ参戦してくるだろう。
 そう思った直後、ミルドが動き出した。

 「ふふ、ほらほら、どうしたのかしら? 防戦一方になっているみたいだけれど?」
 「くっ…!!」

 三対一。内二人は軽くいなす事が出来るが、ミルドが厄介だ。いたぶる為か手は抜いているようだが、本気を出されれば危うい。
 それなら、だけでも先に行かせよう。そう考えて名を呼んだのだが、何故か返答が無い。

 「…?」
 「あら? 貴方、他人の心配をする余裕があるの? それなら…」

 そう言って、ミルドが攻撃の手を早め始めた。すると・・・・

 ズ・・・・・・・

 「…!」
 「ミ、ミルド様!」
 「あら…? これは、いったい…。」

 感じたことのある重圧。それは、彼女に『円の負荷』が掛かり出した証拠。
 それは彼女の周りを取り巻き、フロア全体という広範囲に渡っている。自分だけでなく、ミルドやスタナカーフ達にも例外なく掛けられている、その重み。
 だが、いつもと違う。おかしな事に、それはいつもよりずっとずっと重い重圧となって、広範囲を取り巻いているのだ。フロアの床全体が、その重圧を受けてミシッと音を立てている。

 三人を牽制しながら目を向ければ、彼女の右手が輝き出している。しかし、ここで紋章は使えない。何より、彼女自身が円と戦っている最中なのだ。

 「……っ…先に、逃げて…!!」

 そう言い、先程よりも全身を強く震わせながら、彼女がその場にうずくまる。

 「…!?」
 「私………マズ、イ……かもしれない…。…だから、早、く……!!」

 逃げて。
 彼女がその言葉を終えることは無かった。

 聞こえたのは、ドッという鈍い音。
 そちらに目を向ければ、重圧で危険を察知したのか、一瞬の隙を突いたミルドの剣が彼女を後ろから貫く姿。

 「うっ……」
 「っ…ッ!!!!」

 正確に貫かれたその場所は、心臓。
 だが、躊躇無くそこを突いたミルドは、声を上げて笑っている。

 「あっははははは! さぁ、。お遊びはお終いよ! 今度こそ、その紋章を貰い受けるわ!!」
 「ミルドッ!!!!!!」

 直ぐさま飛びかかって薙ごうとするも、簡単に避けられる。
 他二人を牽制しながら、剣が抜かれてズルリと崩れ落ちそうになった彼女の肩に手をかけ、抱きしめた。

 「ッ! しっかりして下さい!!」
 「………。」

 まだ意識はある。しかし、急所である心臓を貫かれては・・・・

 「………お願…だか……………早く…逃げ……」
 「!!!」

 彼女が言い終える、その瞬間。その右手の光が、強く瞬いた。
 それを見て、直感する。
 円の抵抗、追尾結界の破壊、そして、安定しないその巨大な”力”。

 これは、もしや・・・・・・彼女の紋章の・・・・!!



 「おねが……………早……くっ………逃げ……!」



 その”力”が、『暴走』という名で、辺り一帯を蹂躙する直前。



 カッ!!!!!



 自身の右手も、また大きな光を発した。