[追う影]



 「はぁっ………はあっ………まったく……なんてことっ…!!」

 首都ケピタ・イルシオの城内。
 己が私室に転移で戻ったミルドは、息を切らせながら、苛立ちを隠そうともせず声を荒げた。

 「ミルド様……お怪我は…?」

 そう言ったのは、続けて転移の光から現れたグレイムだ。彼は、あの爆発で相当な手傷を負っているのか、ズル、と膝をつく。

 「お前っ……私のこの姿を見て、分からないとでも言うの!?」
 「…これは、失礼を…」

 ガンッ! と、抜き身の剣を怒りに任せて床に突き刺し、歩き出す。足下がかなりフラついたが、何とか気力を振り絞って椅子に辿り着く。

 「まったく、本当に…っ……なんてことなの!? や村の者達を見失った挙句、お前やスタンは丸で役に立たない! いったい、どういうことッ!!」

 椅子に腰掛けながら老魔術師を睨みつけ、怪我の箇所を確認する。全身、所々火傷している。
 重傷とまでいかないが、傷の痛みに顔を顰めるには充分だった。

 彼女の紋章が暴走した、あの時。すぐさま強固な結界を張った。全ての魔力を集中して。
 しかし、それでも無傷とはいかなかった。それだけ彼女の持つ魔力が巨大だと再確認できたが、まさかあそこで暴走するとは、流石に思わなかった。

 「ミルド様…どうか、落ち着いて下さいませ…。」
 「ッ、黙りなさい!! あと一歩、という所でまた逃げられたのよ!? これじゃあ、また計画が先延ばしになるだけじゃないの! お前は…!!」

 フラつくだけでなく、頭がガンガンと痛みだし、嘔吐感が込み上げてくる。
 それを見た老魔術師が、這いずり傍につき背を擦ろうとしていたが、その手を力任せに払い退け、すぐに水紋章を使わせる。
 火傷が綺麗に消え去ったのを確認していると、続けて光からスタナカーフが現れた。だが、自分とは違い真なる紋章の加護がない少女は、老魔術師よりも酷い傷を負ったのか、ぐったりと倒れ伏している。全身に裂傷や火傷を見る限り、かなり重篤だろう。

 しかし、それを見ているだけで、更に苛立ちは募った。

 「ミ、ミルド……様……。」
 「スタン、お前もよ! 何故、すぐにの連れを始末しなかったの!?」
 「う、許して…くだ、さ…」

 起き上がることも出来ず、ただポロポロと涙を零し、自分に許しを請う少女。
 それを見て、少し怒りが緩んだ。

 「………まぁ、いいわ。グレイム、スタンにも紋章を。」
 「畏まりました…。」

 水紋章の治療によって瞬く間に回復した少女は、申し訳なさそうな顔をして膝を折った。

 「ミルド様……ごめんなさい…。」
 「それで、スタン? 何故、ササライとルシファーを始末できなかったのかしら?」
 「そ、それは……。」
 「早く答えなさい。」

 しどろもどろになる少女を冷たく見据え、答えを待つ。

 「邪魔…されたんです…。」
 「邪魔? …誰に?」
 「そ、それが……名前は分からないけど、もう一人いたんです…。」
 「…もう一人? 話が見えないわね、もっと詳しく話しなさい。」
 「は、はい…。」

 すると、少女は話し出した。ササライとルシファーと共にいた、もう一人の人物のことを。
 銀緑の髪に、ミディアムオーキッドの瞳を持つ少年(少女?)がいたことを。

 その人物は、何を思ったか、ルシファーに負傷しているササライを任せて先に行かせ、森の途中で足を止めたという。そして、一人で、自分を含めた何十人をも相手に戦い出した。その最中、兵士達は半分ほどに減り(皆、一撃で殺された)、立て直している間にまた逃げ出した。
 更には、遺跡内部で殆どの兵士が、罠にかかって絶命したこと。

 だが、それを聞いていく内に、またも怒りが再燃し始めた。

 「銀緑の髪に、オーキッドの瞳…………そんな、まさか…!」
 「ミ、ミルド様…?」
 「そんなはずないわ………だって私は、確かにあの時…!」
 「ミルド様、如何なされましたか…?」

 ワナワナと、怒りが全身に広がっていく。
 二人の声も聞こえぬほど、全身が怒りに染め上げられていく。
 あの時、確かに手応えを感じたのだ。『確実に殺した』と。

 しかし・・・・

 「なんてことなのっ…、まさか生きているなんて!!」
 「ミルド様……落ち着き下さいませ……。」
 「黙りなさいっ!! っ……達は逃がすし、あの男は生きているし……いったい、どういうこと!?」

 ドン! と肘掛けに拳を叩き付ける。
 だが、それを抑えるように手を乗せたのは、自分に怯え震えている少女ではなく、静かに佇む老魔術師だった。

 「ですが、これは………あの女や少年を捕らえ、あの男を殺す絶好の機会なのでは…?」
 「………………。」
 「彼奴らの居場所さえ分かってしまえば、何も焦る必要は御座いません…。」
 「…………グレイム、何か策があるのね?」
 「はい…。まずは、女を捕らえるべきでしょう。そうすれば…」
 「それは分かっているわ! 問題は、どう捕らえるかよ!!」
 「左様で御座います、が……あの女は、十中八九あの少年と行動を共にしているでしょう…。ですから、当初からの計画を変える必要はないかと。それと、我が手の者をこの国全土に差し向けましょう…。そうすれば……居場所が分かるのは、時間の問題で御座います…。」

 淡々と静かに言葉を紡ぐ老魔術師。
 いつもの変わらぬトーンに、少しずつ心の波がおさまっていく。

 「………そう、そうね。それなら、一刻も早くあの二人の居場所を探し出しなさい。そして、見つけ次第、確実に…!!」
 「御意…。」
 「それと……守りの村のことだけれど…」
 「…それに関しましては……臣の者に、こう仰って下されば……」

 彼に耳を近づけようとする。だが、それより早く、誰かが部屋の扉を叩いた。

 「まったく、次から次へと……入りなさい。」

 許しを得て入って来たのは、己が子孫である青年だった。

 「失礼致します、ミルド様。」
 「ティム、どうしたの? そんなに焦っているなんて、珍しいわね。」
 「いえ…。それより、一隊を率いてどちらへ行っておられたのですか…?」
 「…………。」

 じっと目を合わせながらも黙していると、グレイムが口を挟んだ。

 「例の指名手配している女の所です…。」
 「例の…。ということは……見つけたのですか?」
 「いえ、あと一歩という所で、逃げられました…。」
 「…………。」

 今度は青年が沈黙するが、老魔術師の言葉は途切れない。。

 「その女は、封じの森に火を放ち、逃亡致しました…。」
 「えっ…!?」
 「活路を開くためで御座いましょう…。そして、森の内部にあるシンダル遺跡にて、深き守りの村の住人を人質に取って遺跡全体を爆破し、転移台を使って逃亡したのでございます…。」
 「そ、そんな…。それでは、守りの村の住人たちは…?」
 「…恐らく、すでに殺されているかと…。」

 聞いてるこちらがおかしくなるほど淡々と紡がれる老魔術師の言葉に、内心笑みを漏らす。
 しかし、何かがおかしいと感じた。青年が、何か隠しているように見受けられたのだ。
 だが、それは今でなくても構わないだろう。憂いと感じるのなら、目の前の老魔術師が言葉として放つだろうから。

 「彼らの行方は、これから捜索させるわ。……ところで、ティム。あなた、何か用事があったんじゃないの?」
 「あ、それが……ヘルド城塞が…。」
 「ヘルドが、どうしたというの?」
 「……………フレマリア軍によって………陥落しました。」

 青年から放たれた『更なる事態』。だが、それには、冷静に心が対処を始める。

 「ヘルド城塞が、フレマリア軍に…?」
 「…はい。」
 「ニキータ達は………あぁ、そうだったわ。オイタを働いたから、反省の為に牢に入れておいたのよね。」
 「………。」

 この青年も勿論、守備者や軍師が『命令違反』で城塞内に投獄されているのは知っている。
 特例によってそれだけの懲罰で済んだという事で、その件に関して誰からも諫言を食らうことは無かったが、しかし。

 「…報告、ありがとう。あなたは、もう下がって良いわ。」
 「ですが…!」
 「大丈夫よ。貴方は、何も心配しなくて良いの。さぁ、お下がりなさい。」
 「……………はい。」

 納得のいかない顔をしていたが、青年は、自分の命令には決して逆らわない。それが良く分かっていたからこそ、ニコリと笑みを見せた。

 青年が退室した後、出てくるのは長い長い溜息。

 「まったく……本当に、思った通りにいかないのねぇ…。」
 「…して、ヘルド城塞の方は、如何様になさいますか…?」
 「シェルディーに行かせなさい。あそこなら距離も近いし、すぐに出発させれば、ヘルドがゴタゴタしているところに奇襲をかけられるでしょう。………あぁ、それと。」
 「はい…。」
 「お前の手の者を、すぐにヘルドに向かわせなさい。”あの男”は、きっと混乱に乗じてヘルドに行くはずよ。」
 「……畏まりました。すぐに…。」

 そう言い、老魔術師が姿を消す。
 それを目で見送ることもせずに立ち上がると、床に突き刺したままの剣を引き抜き、鞘に戻した。



 誰も居ない部屋で、静かに佇む己の肩をそっと抱いてくれるあの手は、もう何処にも無い。
 でも、それを、追うだけで終わることはしない。絶対に。

 シンと静まり返るその場所で、ポロリと零れたのは『涙』と、そして・・・・・

 「……………………………イルシオ………。」