[掌の中]



 転移台の光に覆われ、目の前が真っ白になった直後、まったく見知らぬ場所に出た。
 光が消えたのは一瞬で、けれど、そこが封じの森ではないことは分かる。辺り一面草原で、視線を凝らせば、ずっとずっと先には、何かのテントがいくつも見えた。
 そして、自分の周りには、深き守りの村の人々。

 「ここ、どこ…?」
 「ルシファーく〜ん!」

 声をかけられた。自分と共に転移台に乗ったジェンリだ。

 「ジェンリさん…ここが、どこか分かりますか?」
 「う〜ん、よく分からないけど、脱出は成功したみたいだね〜。」
 「でも、が…。」

 ポツリと呟くと、彼は「うぅ〜ん。」と考えながら向き直った。

 「あの二人なら、大丈夫だと思うよ〜?」
 「どうして、そう思うんですか…?」
 「あ〜、そっかぁ〜。キミは、知らないんだよね〜。さんってさ〜……」

 「ルシィ、ジェンリ。」

 彼の言葉を遮るように、ササライが人々の中から顔を出した。
 ジェンリの言おうとしたことよりも先に、ササライの無事が確認できたことにホッとする。

 「あ〜! ササライくんも無事だったんだね〜、良かった〜!」
 「…きみも無事で何よりだね。それより…」
 「うんうん、分かってるよ〜。ここは何処かってことだよね〜。見た所によると、ヒギト地方じゃないかな〜?」
 「…どうして分かるんだい?」
 「だってだって〜、アレ見てごらんよ〜。」

 そう言って彼が指差した場所。
 それは、先程自分も気付いた沢山のテントが密集している場所だ。

 「…あれが、どうしたんだい?」
 「アレって、キャラバンだよね〜? それにあの旗、ロク隊のじゃないかな〜って思っただけで〜。」
 「ロク隊?」
 「ウン! 確か、ロク隊は〜…」

 「ロク隊なら、私の知り合いがいるはずだ。」

 横からの声に振り返ると、そこには、30代中盤の男。銀髪に赤目という風貌から、一緒に逃げてきた守りの村の住人なのだろう。
 と、ジェンリが不思議そうな顔をした。

 「キミ、だれ〜?」
 「私は、セイクリッドと言う者だ。深き守りの村の長をしている。」

 いや、長をしていた、と言った方が正しいか・・・。
 あれだけの炎にまかれたのだ。村は壊滅状態と思って良い。それ故の言葉だったのだろうが、ルシファーは、その意味が分からず首を傾げる。
 すると、ササライが前に出た。

 「村のことは……なんて言って良いか、分からないけど…。」
 「…いや、済まない。私も混乱しているんだ。」

 じっと、そのやり取りを見つめる。
 と、ジェンリが、暢気な口調で声を上げた。

 「ト・リ・ア・エ・ズ〜! ここで、立ち話もなんだからさ〜。セイクリッドさん、ロク隊まで案内してよ〜。」
 「……あぁ、分かった。」

 そうして皆は、セイクリッドの案内で、ロク隊のあるキャラバンまで歩き出した。










 「………聞いても良いかい?」

 キャラバンに到着し、セイクリッドやジュレーグ達と共に、隊長であるロクの所へ向かったルシファーを内心心配しながら、ササライは、流水の紋章で己の傷を治していた。
 そんな中、心配して付き添ってくれたジェンリと二人きりになったので、静かにそう問うてみる。

 彼は、一瞬キョトンとしたものの、いつもの間延びした声で答えた。

 「なにかな〜? ところで、腕は大丈夫〜?」
 「うん。腕は、もう大丈夫だよ。それより…」
 「ウンウン、良かった〜! それで、何かな〜?」

 ・・・・やはり似ている。言わずもがな、に、だ。

 「と知り合いなのかい?」

 ミディアムオーキッドの瞳を真っ直ぐに見つめて、問う。
 すると彼は、目を丸くした。と思えば、急に笑い出す。

 「ハハ、知り合い〜? ウン、知り合いだよ〜! だって、キミ達と出会ってから、もう何日も経ってるんだよ〜? だから、ボクも彼女も、もう立派な知り合…」
 「はぐらかすのは、止めないかい?」

 そう言い、キツく睨みつける。すると一瞬・・・・・ほんの一瞬だけ彼は、いつものニコニコ顔を引っ込めた。かと思えば、ゾクリとこちらが底冷えするような目で見据えてくる。

 「っ……。」

 虚を突かれたが、それに臆したことを決して見せようとせずに、その瞳の中で蠢くものを見定めようとする。だが、すぐに彼は、いつもの表情に戻って「どうしてそんなことを聞くのかな〜?」と笑った。

 「もしかして〜、ボク、まだ信用されてないのかな〜?」
 「…信用? 他者の信用っていうのは、きみにとっては、たった数日で得られるものなのかい?」
 「いやいや、そうじゃなくてサ〜。ボク、別にさんの事を『指名手配反だ〜、つっかまえろ〜!』なんて言いふらすつもりは、コレッポッチもないよ〜?」
 「…………。」

 純粋そうな笑みだが、やはり胡散臭い。

 「だってだって〜、ルシファーくんが言ってたじゃないか〜。 指名手配されてるって人とあのは違う、別人だ〜! って〜。」
 「…………。」

 嘘だ! と。今なら声を大にして言える。
 この少年は、分かっている。彼女こそが、追われている張本人であると。
 だからこそ睨みつける事を止めなかったが、睨まれている本人は、それを笑顔で流して次に困ったような顔をした。

 「いい加減に、信用してもらえないかな〜?」
 「…何を持って、きみを信用しろと言うんだい?」
 「う〜ん。それを言われたら、何にも言えなくなっちゃうな〜。」
 「…………。」

 仄めかしながらも、決して「そうだ」とは言わない、この少年。
 まるで、自分たちを手の平で踊らせ、楽しんでいるかのように。

 「でも〜…、一つだけ言っておくね〜。」
 「……なんだい?」
 「ボク、さんやキミ達に、酷いことするつもりはないよ〜。」

 ・・・・・酷いこと?
 そう問うも、彼は、ニコニコ顔でかわすばかり。

 「……やっぱり、知り合いなんだね?」
 「あ〜あ、ササライく〜ん。湾曲して取っちゃ〜ダメだよ〜。ボク、そうは言ってないじゃないか〜!」
 「きみ…、僕とまともに会話する気は、ないのかい?」
 「勿論、あるに決まってるじゃないか〜! ちゃんと聞かれたことに答えてるし〜。でも、前に言ったと思うケド〜、ボク、今は人探しに夢中だから〜。ということは〜、キミ達におかしな真似をすることもないってことで〜。」
 「……話にならないね。」

 きみと話していると、聞いてるこちらが馬鹿馬鹿しくなる。
 言外にそう言うと、彼は、ふっと鼻を鳴らした。らしからぬその行動に目を奪われていると、一言。

 「まぁ、どうしても知りたいなら、さんに直接聞けば良いんじゃないの〜?」
 「……そうだね。」
 「デモデモ〜、………彼女に”見つけてもらえる”のは、もうちょっと先だろうけどね〜!」
 「…っ!? ジェンリ、きみっ…!!」

 『見つけてもらえる』と、彼は確かにそう言った。
 自分たちが彼女を見つけ出すとなると時間はかかるが、彼女にとってみれば、自分たちが今どこにいるかを調べるにさして時間はかからない。彼女は『探せる』のだから・・・。

 その意味を瞬時に理解し、思わず声を荒げるも、彼は、自分の口に人差し指を当ててニッコリ微笑むのみ。

 「ふふ、ササライく〜ん。キミ、よくからかわれるでしょ〜?」
 「なっ…!」
 「『誰』にからかわれるかは、ボクには分からないけど〜。でも、キミって、すっごくからかいやすいよ〜。」
 「やっぱり、きみは…!!」
 「さぁ〜? どうだろうね〜? ボクは、さんと、もう知り合っちゃってるからさ〜。いつ知り合ったかなんて、キミも知ってるだろ〜?」
 「っ……。」

 やはり彼は、自分とまともに話す気などない。会話の主導権を握り、心の底から自分をからかう事だけを楽しんでいる。
 ハッキリそうと取れたので、ササライは、それから口を閉じた。

 「アレレ〜? 怒っちゃった〜? ゴメンゴメ〜ン!」

 そう言い、クスクス笑う彼の笑い声に、僅かに苛立ちを募らせながら。