その時 僕には聞こえた
「大丈夫だよ…」と言う ”声”が
そう・・・・・確かに あの時 聞こえたんだ
とても とても遠い場所から
何処からかは分からないけれど でも はっきりと聞こえたんだ
「彼らなら大丈夫だから……」と
それが 誰の声なのかは分からないけれど・・・・
でも 分かったんだ
それは 彼女を取り巻いている風が いつも優しかったから
その『風』が 僕にそう伝えてくれたんだって・・・・
[露顕]
ルシファーは、ミリアンやジュレーグらと共に、キャラバン隊長であるロクのテントに来ていた。
手短に紹介を受け、セイクリッドが一通りの話を終えると、ロクは難しそうな顔で言葉を放つ。
「…なるほどねん。兵士が、森を焼き討ちした、と…。」
「あぁ。」
ぱっと見、とても厳つい風貌のロクを、内心『恐そう…』と思っていたのだが、想像していたよりずっと高い声に女言葉なのも相まって、思わず目を剥く。
しかし、そんな事を言葉に出そうものなら明らかな無礼と考えて、口を閉じることにした。
「…でも、なんでそんな事をしたのかしらん? そもそも国や民を守るはずの兵士が、住民のいると分かっている森に火を放つなんて……とても考えられないわん。」
「だが、ロク……私は、確かに見たんだ! 入り口にいた兵士達が、森に火を放ち、村人を襲い……っ…、私も襲われかけたが、そこの少女と男性が助けてくれた…。」
その言葉に、ミリアンが得意気に笑い、ジュレーグを肘で突く。
「…で、その後シンダル遺跡にあるおかしな台に乗って、こっちに飛ばされた、と?」
ロクに変わらず難しい顔のままそう言われ、セイクリッドが静かに俯く。
「そうだ…。信じられないのも分かるが…」
「…話が読めないわねん。なんで、兵士が自国民に武器を向けたのか。だって、おかしいじゃないの。そもそも、ただの兵士がそんな事をして…皇帝が許すわけないじゃない。」
「……だから、私も混乱しているんだ…。」
ルシファーは、何も言えなかった。
ケピタの兵が森に火を放ち、深き守りの村を襲撃した『理由』を、分かっていたからだ。
ふと、森の中で出会った、あのスタナカーフという少女の言葉を思い出す。誰も殺していない、何の罪もないを捕まえる為だけに、皇帝の命令が下されたのだ。
でも、それを口にすることは出来なかった。だって、彼女は何もしていない。彼女が、そう言っていたのだから・・・・。
すると、その話に入るように、ミリアンが前に出た。
「そういえばー。その皇帝が、火を放つように命じてましたよー。」
「っ…。」
思わず全身が震えた。
次に『では、何故そう命じたのか?』という議論がされると分かったからだ。
「…どういうことなのん?」
「私もジュレーグも、皇帝が火を放つよう命じたのを見ましたもーん!」
「しかし……村に、ミルド皇帝の姿は…。」
そう言い、怪訝そうな顔をしたセイクリッド。
だが、ミリアンを指示するように、今度はジュレーグが滅多に開かない口を開いた。
「…村の裏手で………指示をしていたのを見た…。」
「裏手で…? しかし、ミルド様が…何故…。」
「分からないわねん…。皇帝様が、来てたってこと?」
どうしよう、どうしよう、どうしよう。それだけが、頭の中を蹂躙する。
けれど、自分が今何をすれば良いか、何を言えば良いか分からない。
そんな中、ミリアンが『決定打』を口にした。
「あー! そういえばー、さんが、ミルド皇帝と何か話してましたー!」
「…?」
「そうですー! 指名手配されてたじゃないですかー!」
「ま、まさか…!!」
彼女の言で、今全土を騒がせている『指名手配犯』のことを思い出したのか、セイクリッドが息を飲んだ。知らなかったとはいえ、その女を村に入れてしまった罪で焼き討ちされたのだ、と。
「と、いうことは……私達は、知らなかったとはいえ、その女を…!」
膝を落とした彼の肩を、落ち着かせるようにロクがそっと叩く。
「気を落とさないで、セイちゃん…。」
「っ……私は、村長失格だ………村の者に会わせる顔がない…。」
そう言って項垂れたセイクリッド。
それを見て、口を出すことも言葉をかけることも出来なかった。
「セイちゃん…。そういえば、お子さん達は、無事なの…?」
「いや…あいつらは、旅に出した。少しでも世界を知ってもらいたかったからな…。だが…」
焼き討ちの際にいなかったことは幸運だが、帰る場所が・・・。
そう言った彼を見て、ふと思い出すことがあった。
深き守りの村。旅に出た子供たち。父親。世界を知ってもらいたかった。
「もしかして……リン達の…?」
「!? きみは、リンの事を知っているのか?」
「あ…は、はい…。」
彼ら三人と、少しの間だけ一緒に旅をしていました。
そう言うと、彼は「何処へ行ったか分かるか?」と聞いてきたので、確かクリフの村から回って行くと言っていた、と答える。
すると、セイクリッドだけでなく、ロクも安堵の表情を見せた。
「…セイちゃん、大丈夫よん! あの子達のことなら、アタシが仲間に言って探させるわん。だから…」
「ロク…、済まない。」
リン三兄弟の父親がセイクリッドという事には驚いたが、しかし・・・・。
事態を理解するため話を戻したロクに、全員の視線が向けられる。
「でも…、弁明の余地もなく焼き討ちするなんて、おかしいわねん…。」
「あー! 確か、皇帝様直々に『捕まえろー』って命令が出てましたよねー? ってことは、それだけの罪を犯したんですかー?」
「話によれば………聖誕祭の最中、城に忍び込んで皇帝の命を狙ったとか…」
「えっ!?」
これには、流石に声を上げてしまった。
詳細は教えてもらえなかったが、罪状は、確か殺人犯ではなかったか?
だが、皇帝の命を狙ったとなると、直々に追われている事も納得できなくはない。しかし、彼女は『何もしていない』と言っていた。罪となるようなことは、何も・・・。
思い起こせば、首都にいた時、彼女は「用事があるから先に宿に戻っていて。」と言っていた。それから宿に戻ってきたかと思えば、急に「この国から出よう。」と言った。
リンや自分たちには「殺人犯と間違われたからだ。」と言ってはいたが、それが嘘だという・・・・こと?
でも、彼女が誰も殺していないことは明らかだ。
けれど・・・・皇帝の命を狙った? だから、追われている?
もし、それが本当だとして・・・どうして彼女は、皇帝の命を狙うようなことを・・・?
「それは…本当なんですか?」
「…だからこそ、追われているんじゃないのん?」
誰にともなくそう問えば、ロクがそう答える。
しかし、やはり納得出来なかった。
「っ…そんな! は、人を傷つけるような事はしません!! 誰かを傷つけるようなこと、絶対に…!!!」
焦る思いが、知らず大きな声となって溢れ出る。
すると、ミリアンが申し訳なさそうな顔をして、言った。
「ルシファー…。あなた達が、どんな事情を抱えてるか分からないけどー…、あの状況じゃあ、そう判断せざるを得ないわー。それに、あの人が追われてるっていうのは、事実なんでしょー?」
「あ、の……その…………っ……でも、本当には…!」
追われているのは本当だが、でもそうじゃない。
そう言葉にしたかったが、それは、彼女が手配されていると認めることだ。
自分は、何も出来ない。この場で上手く言い繕うことも、ただ無言を貫くことも、彼女一人庇うことすら・・・。
「お前は……その女の仲間ということか…?」
そう言ったのは、セイクリッドだ。僅かに拳を震わせている。
・・・・もう、僕には誤摩化せない。
「……はい。」
「っ…、お前は……焼き払われた我らが村に忍び込んだ、『』という女の仲間だというのか!?」
「…………。」
彼女は、何も悪くない。でも・・・・と、思う。
彼女がいたから、確かに、彼らの村が焼き払われたのかもしれない。
しかし、彼女をこの地に連れてきたのは、自分だった。
あの時、”力”を得たいと願い、彼女に無理を言った。でも、そんな無理なことを言わなければ・・・・・森が焼き払われることはなかった。
彼らの・・・・リンやスヴェン、そしてライラの村が、炎に包まれることは無かった。
そう思ったからこそ、言った。
「っ…。は、悪くありません! 悪いのは、僕です! 僕が、遺跡に行きたいって言わなければ…」
「何を言う!! 悪いのは、皇帝の命を狙うような馬鹿な真似をした、お前の仲間だろう!! それを、いったいどの面下げて……!!!!」
「セイちゃん、少し落ち着いて!!」
自分に掴みかかり、拳を振り上げたセイクリッドを宥めたのは、ロク。
だが、殴られても構わなかった。だって彼女は悪くない。悪いのは自分なのだ。
自分が馬鹿な真似をしたから、その結果として彼らの村を奪い、彼女が責められる。
それが嫌だった。辛かった。
知らず、涙が零れた。ボロボロ、ボロボロと。
悪いのは、じゃない・・・・・・・・・僕だ。
僕が、あんなこと言わなければ・・・ちゃんと考えて行動していれば・・・。
「大丈夫よ、セイちゃん! 今から首都に行って弁明すれば、流石に皇帝様だって…!」
そう言い、なんとかセイクリッドを宥めようとするロク。
そんな彼に、のんびりとした声がかかったのは、直後だった。
「あ〜あ! それは、止めた方が良いですよ〜!」
涙でグシャグシャになった顔を上げれば・・・・・・ジェンリとササライが、テントの入り口に立っていた。