[迷いなき言葉]
「…どういう事だ?」
「アナタ達が首都に向かったところで、殺されるだけだと言ったんですよ〜。」
そう言いながらジェンリが、セイクリッドの前に立つ。
ササライは、ルシファーの隣についたが、心も体もまだ幼い少年は、涙を拭くことも忘れて「ごめんなさい…。」と呟く。それに「…大丈夫だよ。」と微笑み、彼らの話に耳を傾けた。
「殺される、ですって…?」
「そうだよ〜。」
目を見開くロクに、ジェンリは、呆れたような顔。
「だってだって〜。皇帝の狙いは、という女性なんですよね〜? で、皇帝は〜、戦神とすら讃えられた程の強者です〜。」
「…?」
「あれ〜? 分かりませんか〜? それだけの強者に追いかけられているんだから〜、紋章の使えない場所で、ただの人間が逃げられるワケないですよね〜?」
「それが、なんなのよん…?」
疑問符を浮かべる男達。
「まだ分かりませんか〜? 森の出入り口を封鎖してしまえば、後は、ジワジワ追いつめて捕らえれば良かっただけじゃないですか〜! それなのに、あえて村を焼いて住民にまで手をかけようとしたんですよ〜? と、いうことは〜…」
「何が言いたいのよん…。」
「アッレレ〜? まだ分からないんだ〜? もう、簡単な話じゃないですかァ〜! 皇帝は、あの森を犠牲にしてでも、『』を捕らえたかったって事ですよ〜!」
こんな時でも変わらず、己の口調を貫き通す彼。それにまた苛立ちが込み上げたが、口にしていることは正論だ。それこそ、こちらが横槍を入れる気が失せるぐらいに。
「…きみは、その女を捕らえたかったという理由のみで、我らの村まで焼き払われたと言いたいのか!?」
「そんなにヒートアップしないで下さいよ〜。これは、あくまでボクの予想なんですから〜。」
反論したセイクリッドの言葉に、一瞬だけ、彼の表情が冷たく変わったことに気付いたのは、どうやら自分だけだったようだ。皆が皆、言葉を聞き逃さないように、彼の言葉一つに耳を傾けている。
「でも、デモ〜! ボク、彼女と数日ご一緒させて頂いただけですケド〜。正直、とても皇帝サマに追われるような極悪人には見えなかったですよ〜。と〜っても優しい人でした〜!」
「そ、そうです! は、誰かを傷つけるようなことは…!」
彼の言葉を支援するよう、続けてルシファーが声を上げた。しかし、この少年を会話に参加させない方が良い。気持ちばかりが焦って、マトモな援護が期待できないからだ。
そっとその肩に手を乗せ落ち着かせていると、ここで、ジェンリが確信を突くような事を言った。
「あ〜! もしかしたら皇帝サマは………彼女の心を追いつめるために、”見せしめ”として村を焼いちゃった、とか〜?」
・・・・・ルシファーは首を傾げているが、恐らく、彼の言う通りだろう。
そう考えながら、ササライは、彼のその言葉ではっきりと先の問答の『答え』を手に入れた。
この男は、彼女を知っている。彼女を知っていて、自分がそれに気付いていることすら楽しんでいる。今の言葉は、自分に「そうだ」と確信を持たせるものなのだろう。
やはり彼女に再開して第一に聞くべきことは、彼が敵か否かだ。彼女の行動を見ていれば、敵ではないとは分かる。しかし、直接確認を取っておきたい。己の認識に確証を持ちたいのだ。
そう考えている最中にも、彼の言葉は続いていく。
「うゥ〜ん。でも、やっぱりボクにも分からないなァ〜!もしかしたら、ただトチ狂ってしまっただけ、とか〜? ……ま、ぶっちゃけ、遺跡にあった転移台が生きてたから、ボクらは、こうして無事逃げ仰せたんですケドね〜。」
「………。」
ふと目を向ければ、セイクリッドが、唇を噛み締めながら握った拳を震わせている。
人一人を捕らえるためだけに、彼らは故郷を失った。それも、たった一晩の内に。
それなのに、のんびりとした口調で話を進めていくジェンリは、いつもと変わらぬ微笑みで・・・。他者の痛みなど気にかける必要もない、と言わんばかりの淡々とした話の進め方。それに苛立ちが更に募っていく。
だが、彼は、皆の心情などお構い無しのようだ。
「それでは〜。なんで、アナタ達が殺されるかもしれないかと言うと〜。最も高い可能性を考えてみましょうよ〜。」
「可能性? 可能性って…」
眉を寄せるロクに、彼は、ニコリと微笑む。
「もし皇帝が……そうですね〜、『という女に守りの村が焼き払われた!』な〜んて事を吹聴していたとしたら、どうですかァ〜?」
「な、何を言い出すのよん!」
「えェ〜? おかしな事じゃないと思うケドな〜。だって、そうすることで国民の怒りを煽れば、彼女を捕らえようという風潮になっていくじゃないですか〜!」
黙ってしまったセイクリッド。一切、口を挟むことのないミリアンとジュレーグ。彼女と直接関わりがある為、彼の演説のような話を聞くことしか出来ない自分。そして、隣を見ればルシファーが、じっと彼の言葉に聞き入っている。
「……うゥ〜ん、でもなァ…。」
「でも…なによん?」
そんな中、まったくの第三者として彼と話しているのは、ロクのみ。
そして、そう問うた彼にジェンリは、これ見よがしな溜息を落とした。
「でも、それって〜……………アナタ達が、ちゃんと『死んでてこその話』でしょ〜?」
「お前っ…!!!」
「セイちゃん、駄目よん!!」
セイクリッドが、顔を上げて彼に掴み掛かろうとするも、ロクによって事なきを得る。
しかし、確かに彼の言うことは当たっているのだろう。あの森にいた者すべてを殺せ、と言う皇帝だ。為損じた時の対処ぐらい考えているはず。
自分とて、本音はジェンリと同じだ。しかし、村を奪われた彼らからすれば、だからこそ受け入れ難いのだ。
それでも彼の言葉は、淡々と紡がれていく。
「アナタ達は〜、今の皇帝サマにとっては、『用済み』で『邪魔者』以外の何者でもないワケでェ〜。単純な話、アナタ達が首都に行ったとしても、弁明する暇もなく裏でコッソリ殺されると思いますケド〜。」
「馬鹿なことを言うな!!!」
「えェ〜!? 充分ありえるから、言ってるんだけどな〜。」
あくまで他人事。口にすることはないが、そう見て取れる言葉の数々。
間違ってはいないのだろうが、肯定も出来かねる。
どこでどう諌めようか迷っていると、彼は、ふと思い出したように言った。
「そういえば〜。セイクリッドさんは、確か妹さんが、ヒギト城塞の守備者をされてましたよね〜?」
「……何故、それを…?」
問われ、眉を顰めるセイクリッド。
だが自分たちは、ヒギト城塞の守備者に以前会っている。シェルディー、だったか。
「そんな事より〜、そちらに行くのもオススメしませんよ〜。もしかしたら、もう早馬で『村人は、という女によって殺された。もし彼らが現れたとしても、それは敵の作り出した幻影だ』な〜んて伝わっちゃってるかもしれないじゃないですか〜!」
「だ、だが…」
「でも、だが、だって、なんてやめましょうよ〜! どう転んでも、首都に行けば、アナタ達は殺される運命なんですから〜。あ〜、デモこれは、あくまでボクの意見であって、アナタ達が『それでも弁明に行きたい!』って言うなら〜………死にたいのなら、止めません〜。」
「くっ…」
自国の皇帝を信じたい。その思いもあるのだろう。しかし、その皇帝自身が『村を焼き払え』と命じた。そして、その様を見ていたミリアンが証言したのだ。
だからこそ、セイクリッドの中で迷いや混乱が生じているのは、仕方の無いことだと思う。
しかし、故郷を無くし焦燥している相手に、あえて現実をはっきりと見せて傷を抉るようなジェンリの言動や態度は・・・・・流石にやり過ぎだとは思った。
それは、自然と言葉になる。
「待ってくれるかい。ジェンリ。きみの言うことは、確かに正論だと思う。でも…」
「サッサラ〜イく〜ん! そう思っているなら、口出ししない方が良いと思うよ〜? だって、キミ達が、今ここで何を言っても『の仲間の言うことなんて信じられるか!』で終わりなんだから〜。」
「…………。」
釘を刺された気がしたが、しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。
「…きみの今の言葉が、僕らを心配してくれたんだとしたら……ありがとう、と言っておくよ。でも、いくらなんでも、少し言い過ぎじゃないかい?」
「ボクは、そうは思わないよ〜。だって、現実を見なきゃ”先”に進めないじゃないか〜!」
「…尤もだね。でも、少しは彼らの気持ちを………っ。」
言いかけて、声を詰まらせた。何故なら、彼が一瞬だけ、あの冷たい瞳を見せたからだ。無感情とも言える、いや、それよりもっと先にいるような、そんな瞳の色。
彼は、セイクリッドに向き直ると、話を再開した。
「それじゃあ、話を進めるよ〜。皇帝サマは、ヒギトの守備者がアナタの妹サンだと、ちゃんと分かっているんですよね〜?」
「あぁ…。」
「ってことは〜。先回りされてしまえば、彼女に会わずして殺されるんじゃないかな〜? その可能性、ちゃ〜んと考えてましたかー?」
「…………。」
「要するに〜、アナタ達も『追われる身』になったって事ですよ〜。いくらアナタ達が声高らかに叫んだとしても、どうすることも出来ない〜。『敵が作り上げた幻影』として始末されるって事で〜す!」
心無い正論、無慈悲な正論。そして、それを彼らに遠慮なく突き付ける彼。ニコニコと無邪気に笑う美しいその顔すら、自分にとっては、苛立ちの対象になっていく。
セイクリッドやロクは、今、これからどうするべきかと考えているのだろう。
「ま、どう転んでも、アナタ達は殺されると思いますよ〜? だから、わざわざ首都に殺されに行ってやるなんてバカなマネは、止めておいた方が良いって思ったんデス〜。ボクがアナタなら、ご免被りますケドね〜。」
「それなら…!」
何か言おうとしたセイクリッド。しかし、それより先にジェンリが首を振った。
「アレレ、気づいちゃいましたか〜? じゃあ、”それ”もハッキリ否定しておいてあげます〜。『ルシファーくん達を捕らえて首都に行っても、アナタ達は殺されます』ってね〜!」
「っ!!」
自分たちを連れて首都に行けば、皇帝とて弁明ぐらいは聞いてくれるはず。
最初、自分もそれを考えていた。そして、いずれは、彼らもそれに気づくだろうと。
しかし、それすら意味のないものだと分かっていた。ジェンリの言った通り、どちらにしても彼らは殺される。首都に行けば、必ず。
心配そうに見つめてくるルシファーの頭を撫でながら、小さく「…大丈夫だよ。」と言う。
「確かに…そうねん。皇帝様にとってみれば、『真実を知る者は邪魔』だろうし…。」
「そうですよ〜! それに、彼らを連れて首都へ行ったとしても〜、『敵の作った幻影だ〜!』で終わっちゃうんですから〜。」
う〜ん、と軽く伸びをしながら言いきった彼に、ロクが不愉快そうな顔をする。
「ところで〜、逆に聞きたいんですけど〜。」
「…なによん?」
「聖誕祭の最中に堂々と皇帝に刃を向けた、って話ですケド〜。本当なんですかね〜?」
「本当だから、追われているんでしょ…?」
彼は、きっとその言葉を待っていた。そう見て取れる。
そして、一つ肩を竦めると、大げさなぐらいに驚いてみせた。
「えェ〜!? 大人数が警備している城の中をかいくぐって、皇帝に剣を向けに行ったって…なんかオカシクないですか〜? どうせ殺すなら、深夜にでもコッソリ忍び込めば成功率も上がるのに〜? それを、わざわざ、白昼堂々真っ昼間にやっちゃうんですかァ〜?」
「た、確かに、そうだけど…。」
「そもそも、その時点で、話がヘンだと思うなァ〜!」
まるで、彼女を擁護するような物言い。それには、素直に有り難いと思った。自分がそう言ったところで、彼らは信じないだろうから。関わりはあったが、当事者ではない彼がそう言ってくれただけで、正直助かる。
しかし、直接の原因となっている『彼女の紋章が狙われている』話は出来ない。この秘め事を知るのは、自分とだけだ。
何より、早く彼女達と合流したい。
だが、とりあえず、この場で話が終わるのを待たなくてはならないだろう。
「……………。」
「ササライ、どうしたの…?」
考え込んでいると、隣にいるルシファーが、心配そうな顔。
涙の乾いた頬。それをそっと撫でて「きみは、何も心配しなくて良いから…。」と呟くと、少年は、不安そうな顔のまま、「…うん。」と俯いた。