[迷いなき言葉・2]



 「しかし、それが事実なら、その女が追われる理由にはなる…。」

 セイクリッドがそう言うと、ジェンリは、驚いたような顔をする。

 「へェ〜!? それが、アナタ達の村を焼き払うに充分な理由になる、ってことですか〜? な〜るほど〜!」
 「っ……。」

 ジェンリの言葉は、迷いが無い。声を詰まらせるセイクリッドに、彼は、慰めすら与えようとしない。ただ、淡々と『現実』のみを突き付けていく。

 「そんな下らない理由でアナタ達が納得出来るなら、ボクはそれでもぜ〜んぜん構いませんよ〜? でも、殺される理由にはならないと思うんだけどなァ〜。」
 「…………。」
 「ま、もしアナタ達が、それだけの為に殺されても構わないって思えるなら、ボクは一向に構いませんし、止めませんよ〜。どうぞ、今からでも堂々と首都に行って、釈明でも何でもして下さ〜い!」
 「ちょっと、きみ……そんな言い方しなくてもいいじゃないのん!」

 僅かに声を荒げたのは、ロクだ。
 先程から、彼の言葉に苛立っていたのは、どうやら自分だけではないらしい。
 しかし彼は、ロクに向けてニッコリ微笑むと、こう言った。

 「そうですかァ〜? それじゃあ、こう言って欲しいんですか〜? 『大丈夫! ササライ君たちを連れて首都に行けば、殺されてしまう可能性が断然高いけれど、死ぬ前に愚痴くらいなら少しは聞いてくれるハズ!』って〜。」
 「なっ…!」

 何故、彼は、そうケンカ腰な言い方しか出来ないのだろう?
 傷ついているセイクリッドを更に傷つけ、ロクには笑顔のままけしかける。もっと他に言い方はあるだろうに・・・。
 そう思ったが、彼は、そんな事は気にもならないのか、笑みをたたえたまま次にこう言った。

 「…慰めを求めるの、止めませんか〜? それに、こんな言い方でもしなくちゃ〜、アナタ達は首都へ行っちゃうじゃないですか〜! 無駄死にしないように止めてあげてるのが、どうして分からないのカナ〜?」
 「でも、言い方ってものがあるじゃないのん!」
 「イ・イ・カ・タ〜? もう、仕方ないなァ〜。それじゃあ、聞いても良いですか〜?」
 「な、なによん…。」

 変わらぬ笑みのまま、彼は、ロクに向き直る。
 美に全く関心のない自分ですら『美しい』と感じるそれを真っ正面に向けられて、ロクが怯んだのが見て取れた。

 「ロクさ〜ん。セイクリッドさん達に、『誰』が『何をした』のか、よ〜く考えて下さいよ〜。」
 「………。」
 「深き守りの村を焼き払い、村の人たちを殺そうとしたのは、誰ですかァ〜? そんな大ピンチの中、彼らやボクらを助けてくれたのは、誰だと思ってるんですかァ〜?」
 「そ、それは…」

 『それ』を見ていないロクが、静かに項垂れるのを見届けると、彼は、次にセイクリッドに声をかける。

 「はいハイ、セイクリッドさ〜ん! あの時のこと、思い出してみましょうよ〜?」
 「あの時のこと…?」
 「そうです〜。シンダル遺跡でのことですよ〜。」
 「…………。」

 混乱に次ぐ混乱。だが、もうそろそろ冷静になっても良い頃だ。
 その意味合いも兼ねてか、彼は、セイクリッドの『見たもの』を掘り起こそうとしているのだろう。その手並みは実に見事なものだと、素直に感心してしまった。
 そして、やはりに似ていると思った。親近感は・・・・微塵も無いが。

 「あの時、ボク達は、あの遺跡で合流しましたよね〜?」
 「…あぁ。」
 「で、ミリアンちゃんやジュレーグさん達に連れられて、アナタ達は、あの転移台に乗った〜。」
 「…そうだ。」
 「その後、少年と女性が遅れてやって来たのは、思い出せますか〜?」
 「……あ、あぁ。」

 あの時の状況を、少しずつ思い出してきたのだろう。誘導するようにジェンリが問えば、セイクリッドが一つ頷く。

 「じゃあ、教えてあげますね〜! その女性の方が、『』さんだったんですよ〜?」
 「え…?」

 ・・・・・なるほど。
 どうやらセイクリッドは、彼女が『』であったことを、初めて知ったようだ。
 だが、それもそうか。村に滞在していたとはいえ、変装上手と銘打たれている手配犯が、自分たちと同じあの場にいたとは、思いもしなかったのだろう。見れば、驚愕し目を見開いている。

 「じゃあ、聞きま〜す! ケピタ兵から逃げる為に、先にボク達を逃がしたのは〜、誰でしたっけ〜?」
 「……っ…。」
 「ア〜レレ〜? 見てなかったとは、言わせませんよ〜? だってボク達も、ちゃ〜んと見てたんですから〜!」
 「セイちゃん……本当なのん?」

 困ったような顔で問うたロクに、セイクリッドは暫し躊躇していたようだが頷いた。それを見たジェンリは、満足そうな顔。

 「ちょ〜っと考えれば、分かることなんですよ〜。ボクらやアナタ達を先に逃がしてくれたのは、他でもない、彼女とその少年なんですよ〜? それに、さっきも言いましたケド〜。さんは、無闇矢鱈に人を傷つけるような事は、絶対にしませ〜ん!」
 「あの女が……」
 「フフッ、やっぱり気付いてなかったんですね〜! ま、知らなかったなら仕方ないですケド〜。でも………村を奪われたことは、『仕方がなかった』な〜んて言葉で、片付けられないですよね〜?」
 「…………。」

 現実に起こったものの中で、見出せるはずもない『希望』や『慰め』。
 彼は、それを決して口にしない。
 しかし、実際に起こったものの中で見出せる『真実』は、必ず口にする。

 それは、と似ているようで、全く違う。もしなら、きっと言葉に棘を含むことなく、ただの現実として言い退けるだろう。
 しかし、目の前にいる彼は、実に非情な突き付け方をする人間だ。それは、まるで鋭利な刃を持って、敵をジワジワ嬲るように・・・・。

 「あ〜、それと〜。仮にもし、彼女が皇帝サマに武器を向けたことが真実だったとしたら〜……そうせざるを得ない”理由”があったって考えられませんか〜?」
 「…例えば?」

 ロクが問うと、彼は「うぅ〜ん…」と少しだけ唸り、続ける。

 「例えば〜……『復讐』とか〜? あァ〜、でも彼女は、そんな下らない事はしないだろうね〜。なんたって心が優し過ぎて、いつも自分ばかりを責める人だからサ〜!」

 彼の言葉は、きっと正しい。いや、自分もそうと知っている。
 だからこそ、彼女の心情を理解しているだろう彼の言葉が、苦々しく思えた。

 「…復讐でないとすれば、いったい何だ?」

 そう問うたのは、セイクリッドだ。

 「さぁ〜? 生憎、そこまでは〜。」
 「…そうか。」
 「あの人は〜、自分のこと聞かれるの好きじゃないみたいだし〜。それに…あまりお喋りしない人になっちゃったからね〜。」
 「…?」

 皆が皆、彼のその言い回しに疑問符を浮かべているようだったが、自分は違った。
 お喋りしない人になってしまった。と、彼はそう言った。
 そしてそれは、彼が、『過去の彼女』を知っているという、自分へ向けた言葉だ。

 本当に、チクチクと真実を小出しにする人物だ。棘を多く含みながらも、それを美しい笑みで上手くかき消そうとする、非常に狡猾な人間だ。
 はっきり言って、嫌いな部類だった。苦手、ではない。

 誰かが『嫌い』だと、初めて思った。

 「でも〜、これだけは言っておきますケド〜。」
 「…なんだ?」

 でも・・・・・・

 それが『彼女』となると、どうか?
 に関しては、今さら言うことでもない。だが、ジェンリも彼女の話をしている間は、いくらか棘が消えている気がする。それこそが、彼と彼女の関係を見出す糸・・・・なのかもしれない。
 やはり、対彼女に関して彼は、敵というわけでは・・・ない?

 「………は、理由もなく人を傷つける真似は、絶対にしない。この命に誓っても良い。」

 はっきりと耳に残ったのは、彼のその言葉。
 それは、いつもの間延びしたフザケた口調ではなく・・・・・凛と、この場にいる者すべての心をとらえるような、実に澄んだ声だった。

 「…なぜ、そこまで言える?」

 問うたセイクリッドに、彼は途端、表情をいつものものに戻して答える。

 「ボク、人を見る目には自信があるんだ〜! 絶対の自信が、ね〜。」
 「………。」
 「あぁ、それと〜、もう一つだけ言っておくケド〜。」
 「…なんだ?」

 そして次の言葉で、なぜ彼が、ここまでセイクリッドやロクに刺々しい言葉を吐いていたのか理解する。

 「ボク〜、彼女を害そうとするヤツには、容赦しないからね〜!」

 極上の微笑み。それを向けられたのは、自分とルシファー以外の者達。そして、その微笑みの中に言い知れぬ恐怖心を灯すような歪みや澱みが見えたのは、自分だけだろうか?
 それは、きっと『宣戦布告』と言って良い。彼から、彼女を傷つけようとする者達への。

 「…………。」

 彼と彼女が、いったいどういう知り合いなのかは、分からない。それがどれほど昔のことなのか、どういう経緯で知り合ったのか、どれだけ深い仲なのか。
 でも・・・・・それだけで、彼は、彼女の『敵』にはならないだろうと思った。
 彼女の為に、あれだけの目をするのだから。あれだけの言葉を放ったのだから。

 心の何処かで・・・・・・・・・そうであって欲しいと、微かな不安を抱きながらも。