[迷いなき言葉・3]



 「お前も……あの女の仲間なのか?」
 「え〜、ボクが〜? 違いま〜す! 仲間じゃないですよ〜。」

 大げさな程に手をブンブン振りながら、彼はそう答えたが、それだけではセイクリッド達は納得しないだろう。あれだけ大々的に『彼女を傷つけたら許さない』と公言したのだから。

 「それなら、何故、あの女を庇うようなことを…」
 「庇う〜? 何言ってるんですか〜? 庇ってるワケじゃないですよ〜? 本当の事しか言ってません〜。それに、ボク〜……実を言うと、彼女のことを好きになっちゃったんで〜す!」

 「え、ちょ…ちょっと待って下さい!」

 フフ、と口元に手を当て微笑む彼に声を上げたのは、隣にいたルシファーだ。
 いや、実を言えば、自分も声を上げたい気持ちはあったが、それより先に、話の飛び様に頭がついていかなかった。なにをどう持ってすれば、彼女が好きなんだウフフ、という話になるのだろうか?

 「ん〜? どしたの〜、ルシファーく〜ん?」
 「あ、あの……今、の事を好きになっちゃったって…」
 「ウン、大丈夫〜! キミの耳は、正常だよ〜。ボクは、彼女が大好きだ〜!」
 「いや、あの…。だって、たった数日、一緒に過ごしただけじゃないですか!」

 ・・・・表面だけで彼を信用しそうになってたきみも、人のことは言えないよね。
 そうは思ったが、自分が参加すれば、更に話が混乱するだろう。何も言えない。
 しかし、そうしている間にも、ルシファーとジェンリによって論点がどんどんズレていく。この二人、話は通じるようだが、大事の時に混ぜ合わせてはいけない。

 ササライは、この状況の中、一人そう学習した。

 「数日だけど、それがナニ〜? 人を好きになるのに、時間は関係ないんじゃないカナ〜?」
 「そ、それは……そうかもしれないですけど…」
 「あ〜、でも大丈夫だよ〜! ボクの勝手な一方通行で、振り向いてもらえる気配なんて微塵もないから〜。」
 「ち、違います! 僕は、そういうことを言ってるんじゃなくて…!」
 「アレ〜? もしかして〜、ヤキモチ焼いちゃってるのカナ〜? 彼女に? それともボクに〜? フフ、可愛いなァ〜!」
 「な、ちょっ……へ、変な撫で方しないで下さいっ!」

 スルリ。肩を撫でられたルシファーが、ゾゾッとした顔で身を引く。それで味をしめたのか、ジェンリが一歩近づく。ルシファー、一歩後退する。
 それは、何歩分か繰り返された。

 「違いますってば! 別に、僕は……。で、でも、は…!」
 「ルシファーく〜ん。キミ、けっこうシツコイね〜! ナニ〜? キミ、そんなにボクのことが好きなの〜?」
 「違いま…あぅっ! や、やめて下さいっ…!」
 「ウッフフ〜! 可愛いなァ〜!!」

 ・・・・・・・。

 実際、数日とはいえ共に旅をしている間、ジェンリとルシファーの間でこういった『撫でる、逃げる』がなかったわけではない。
 もし・・・・・もし、ここに彼女がいたならば、きっとあの時のように呆れたような、諦めたような溜息を落とすだろう、額に手を当てながら。そして、その隣にがいたなら、きっと困ったような顔で笑っていたかもしれない。

 でも、今・・・・あの二人はいない。
 ジェンリとルシファーを止めるのは、自分しかいない。
 緊迫しているこの状況で、こうしてふざけ合っている二人(ルシファーは本気なのだろうが)を、早く止めなくてはならない。

 では、まず第一声を・・・と口を開きかけると、それより早く声を発したのはロクだった。

 「ルシファーくん……だったわよねん?」
 「え…あ、はい…。」
 「申し訳ないけれど、あなた達まで匿うわけにはいかないわん。だから……」
 「………はい。」

 何も言わずに、ここから出て行ってくれ。
 発されなかったその言葉を察したのか、少年は、途端肩を落とす。その肩を軽く撫でながら、『とりあえず急場は凌げたか…』と内心安堵していると、ロクがセイクリッドに「疲れたでしょう? 少し休んで来なさいな…。」と言葉をかけた。
 仲間に彼を頼み、別のテントへ行ったのを見届けると、彼は、話を再開した。

 「それと、今なら……ヘルド城塞から国境を越えられるはずよ。フレマリアまで逃げられれば、なんとかなるでしょ?」
 「…どういうことだい?」

 これには、するりと疑問を述べられた。
 ロクは、少し難しい顔をしながら、「実は、今朝がた入ってきた情報なのだけど…」と前置きする。

 「ヘルド城塞が、フレマリア軍によって陥落したらしいのよん。だから…」

 言わずとも、その先に続く言葉は分かる。街が混乱している間に逃げろ、と言っているのだ。だが、そうなると、奪還の為に送られるのは、恐らくヒギト城塞の守備者であるシェルディーだろう。その可能性は非常に高い。
 しかし・・・・・

 「ロク、だったね。礼を言わせてくれるかい?」
 「いいのよん…。セイちゃんには悪いけれど、その子の言う事も、尤もだと思うから…。」

 チラ、とジェンリに視線を向ける。
 友人に対し、あそこまで刺々しい言葉を吐かれて腹は立つのだろうが、商売をしている人間だからこそ、ジェンリと似た現実的な視点を持っているのだろう。

 「でも………本当に、良いのかい?」

 僕らを首都に連れていかなくて、とは、あえて口にしなかった。彼らは、もうそんな気力すら削がれていると分かっていたからだ。
 本人にその気がなかったかは別として、ジェンリが、セイクリッド達にああ言ってくれなければ、きっとこの場で戦闘することになっていただろう。捕らえられようとすれば、自分たちは戦った。彼女とと合流するために。

 「いいのよん…。あなた達を捕まえて首都に行くにも、リスクが高過ぎるし、それに…」

 そう言い、一呼吸分おいた彼。
 どうしたのかと思う間もなく、ポツリと呟かれた言葉。
 それを聞いて、彼が、何故セイクリッドをこのテントから出したのか理解した。

 「この国とは、商売をさせてもらっているから…。出来れば、下手な事に首を突っ込みたくないっていうのが、本音なのん…。勿論、セイちゃんの気持ちは、分からないでもないわん。だけど、ジェンリくんの言ったように、私には、あなた達が悪い人には見えないのん…。」
 「……ありがとう。」
 「こう見えて、人を見る目には自信があるのよん。なんたって商売人だし。だから………首都やヒギトが動き出す前に、早くこの国から出なさい。」

 そう言い、彼が、ルシファーの頭をゆっくりと撫でた。
 だが、気になっていたのか、そっと問うてくる。

 「そういえば……そのという女性、どこにいるのか分かっているのん?」

 自分たちを心配するような、瞳。それが分かったからこそ、あえてこう答えた。

 「…聞かない方が良いよ。聞いたら、それこそ首を突っ込むことになってしまうからね。」
 「そう…、分かったわん。道中、気をつけてねん…。」
 「うん、ありがとう。」
 「あぁ、それと、ルシファーくん…。」

 声をかけられて少年が振り返れば、彼は、一言。

 「彼女に……会えると良いわねん。」
 「っ………はいっ!!!」

 その言葉に、ありがとう、と。

 心の中で、再度呟いた。










 「…あれ?」

 ジェンリやミリアン、ジュレーグと別れの挨拶を交わし、テントを出た後。
 さて、これからどうするか、と考えていた矢先、ふと感じたのは違和感だった。
 振り返れば、ジェンリがテントから顔を覗かせ「気をつけてね〜!」と手を振っている。

 「ササライ、どうしたの…?」
 「……いや、なんでもないよ。」

 ルシファーにはそう言ったが、ザワザワとは違った、何やらおかしな感覚が胸に生じた。
 それは『嫌な予感』といった類のものではなかったが、一瞬で消えてくれるわけでもなかった為、気持ち悪さを覚える。

 「ササライ?」
 「…ルシィ、ちょっとここで待っててくれるかい?」
 「う、うん。分かった…。」

 そう言い含めて、テントから身を出したジェンリのもとへ足を向ける。
 彼は、先程とはまた違った微笑みを浮かべながら、首を傾げていた。

 「あれ〜? ササライく〜ん、まだ何かあるの〜?」
 「…これといった用はないよ。でも、少し気になることがあってね。」
 「ボクに〜? 何かな、ナニカナ〜?」

 微笑んでいながらも、実は、セイクリッドらに対するものとは違い、自分たちを見つめるその瞳に違う色が灯っていること。そして、拭い切れない感覚。
 それは・・・・

 「きみ、もしかして……僕らを守ってくれたのかい? それとも…」

 彼は、自分たちの為に、あえてセイクリッドらにああ言ったのではないだろうか?
 自らが棘を放ち、彼らから反感を買うことで、自分たちを守ろう、と・・・?
 そんな違和感が生じて、頭から離れなくなっていた。

 いや、それとも、他に・・・・

 「え〜? なんのことカナ〜?」

 キョトンとしたかと思えば、すぐに笑いながら肯定とも否定とも取れる言葉を返してくる。
 いや、そう問うた所で、彼が易々と真相を口にするはずがない。
 だから、こう返した。

 「いや、いいよ…。聞いたところで、きみが、マトモに答えるとは思ってないからね。」

 そう言ってやるも、どこ吹く風。

 「ボク、本当に信用されないね〜。」
 「…信用? するはずがないじゃないか。僕は、きみの事が嫌いだったからね。」

 と、彼は目を丸くした。
 そこに本心が垣間見えた気がして、思わずこちらも内心目を丸くする。

 「”だった”? え〜!? どうして過去形なのカナ〜?」
 「…本当に、少しの間だけ嫌いだったからね。」
 「ふゥ〜ん。じゃあ、誤解が解けて、好きになってくれたってコトかな〜?」
 「…そうじゃないよ。好きじゃないけど嫌いでもなくなった、ってことだよ。」
 「じゃあ〜、一歩前進ってコトだね〜!」

 下らない問答。
 意味が無いようで、実は有る、そんな問答。

 「そうとも言えないよ。だって…」
 「ウンウン、ボクは、ちゃ〜んと分かってるよ〜! 彼女の言葉を聞くまで、ボクに対して容易に警戒を解けないってコトだよね〜? 慎重だなァ〜! 本当、キミ、見事に飼いならされちゃってるね〜!」
 「っ………。」

 彼女のことだけでなく、勿論、お前のことも全て分かっている。そう言いたげな口調の後に続いた、酷く挑戦的な言葉。その麗しい見た目とは裏腹に、非常に好戦的な性格なのだろう。
 だが、それに乗ってはいけない。乗れば、彼は、確実にそこを突いて弄んでくる。
 そう考え、じっとその瞳を見つめながら黙していると、彼は一転、諦めたように肩を諌めて溜息を一つ落とした。

 「はァ〜。ササライく〜ん………キミ、意外に頑固なんだね〜?」
 「…僕が?」

 その意図が分からず、首を傾げる。

 「キミは、ボクが想像していたより、ずっとず〜っと頑固な性格してるよ〜。」
 「…どういう意味だい?」
 「あれ〜? 分っからないかな〜? じゃあ、こう言い換えれば分かるゥ〜?」

 フフ、と笑いながらも、途端、彼の醸す空気が変わる。静かながらも、重苦しい気配。
 目の前には、いつもの笑みがあるはずなのに。
 地を這うような声色と共に切り替わったのは、瞳に灯す色。得体の知れない、紅蓮の炎。



 「……温室育ちで世間知らずなオボッチャンでも、流石に『引き際』くらいは弁えていると思ったんだが…………彼女の事に関しては、愚直なぐらいに頑固なんだな。」



 ・・・・本当に、その瞬間瞬間で切り替える事が出来るのだろう。
 いつもと全く違う、ゾッとするような瞳の強さや口調は、本当に本当に刹那のことだった。

 「…ってことカナ〜? ま、取りあえず、気をつけてね〜! それじゃあ、マタネ〜!」

 簡潔な別れを述べた彼は、ヒラリと身を翻してテントの中へ戻って行った。

 「…………。」

 ササライは、それに何か言うことも、まして動くことも出来なかった。



 分かったことは、彼は、彼女だけでなく自分の事も『知っている』という事。
 けれど、一つ気になることがあった。
 知られてはいけない秘密、は・・・・・?

 「もしかして………ルシィのことも…?」



 答えてくれる者は、何処にもいない。