[仮初めの真実・1]
「ジェンリくん。ルシファーくん達は…」
「とりあえず〜、アナタに言われた通り〜、ヘルド城塞を目指すみたいですよ〜?」
テントの中に戻ってきたジェンリに問えば、実に簡潔な答えが返ってきた。
「そう…」とだけ返して、ロクは、残った彼とミリアンそしてジュレーグを見回し、そっと溜息を落とす。
「ロクさ〜ん。守りの村の方々は、どうするつもりなんですか〜?」
「私の所で匿うわん…。」
そう呟きながら椅子に座り、茶を注ぐ。
前もって飲むかどうか聞くと、彼は「今は結構です〜。」と首を振った。
「でも、セイちゃん達を匿うにも、限界があるわん…。」
「でしょうね〜。」
自分の嘆きを真面目に聞いているのかいないのか。いや、きっと後者だろう。
そっと視線を向ければ、銀緑の髪を持つ美しい少年は、鼻歌を歌いながら、変わったダガーを二つ抜き放ち、その煌めきを確認してから鞘に収めている。
茶の香りと、自分がそれを啜る音が、静かにテントに広がっていく。
「…ねェ〜、ロクさ〜ん。」
「なにかしらん?」
「アナタ達が、今やるべき事は〜……”時”が来るまで、生き延びることですよ〜。」
「…とき?」
いきなり何を言い出すのかと、じっと見つめる。彼は、今しがた鞘に収めたダガーを取り出して、クルクル回し始めた。変わった獲物だと思ったが、こちらが見惚れる程の扱い方を見る限り、手先が器用なのだろう。
「分かりませんかァ〜? 今どうのこうの言ったって、国を相手に、たった数十人の村人だけで、いったい何が出来ます〜?」
「………。」
「ハナから勝てっこないんですよね〜。リスクを負うぐらいなら、アナタ達も含めて、一時的に何処かに身を隠しておいた方が正解だと思いますケド〜?」
「確かに、そうだけどん…。」
そう答えたものの、彼の言う『時』とは? それが、いつ来るのかすら分からない。
昔なじみのセイクリッドの事を思えば、今すぐにでも首都へ行き、皇帝に直談判を持ちかけたい気持ちもある。しかし、そうすれば『殺される』と言い切ったのも、またこの少年だ。
すると彼は、再度ダガーを鞘に収めながら、目を合わせることなく言った。
「復讐する方法って〜、結構そこら辺に、ゴロゴロ転がっているモノじゃないですか〜?」
「?」
復讐という言葉。セイクリッドの心情に沿って、そう言っているのだろう。問えば彼は、自分の向かいの席に掛けて、断りも入れず茶器に手を伸ばした。
ふと「気持ち良いー!」という声のした方へ目を向ければ、ミリアンという少女がベッドにダイブしており、それを見とがめたジュレーグが、その首根っこを掴んで引きずり下ろしている。
「そうですねェ〜。例えばですけど〜………ヘルド城塞に駐屯しているフレマリア軍と結託する、な〜んてどうですか〜?」
「フレマリア軍と? ……きみは、簡単に言うのねん。」
フレマリアと幻大国が、犬猿の仲だと知らないのか?
そう問えば「もっちろん、知ってますよ〜!」と、ニコニコ顔を崩すことなく、彼がそう言い退ける。しかし、復讐を考えるのなら、確かにその手も有りだとは思う。有りは有りだが・・・・・それは、セイクリッドにとって『妹と敵対する』ということだ。
一番の方法は、やはり彼らが『生きている』事を広めること。けれど、ミルドの影響力を考えれば、今は黙っているしかない。
自分には、彼らを匿うことしか出来ない。小さな助力をすることしか・・・・。
「フフ、冗談ですよ〜。この国とフレマリアには、昔から確執があるってことは、暦書で読んで誰もが知ってるコトですからね〜。」
「………。」
「でも〜。もしボクが、大切なモノを奪われてしまったら〜、他の国と組んででも復讐してやる〜! って思いますケドね〜。」
「セイちゃんには……村の人達もだけど、妹のシェルディーちゃんだっているのよん。もしセイちゃんが、フレマリアなんかと手を組んだと分かれば……シェルディーちゃんの立場が…。」
「ア〜レレ〜? セイクリッドさん達がフレマリアと手を組めば、『ちゃんと生きてる』ことを国民にアピールする良い機会になると思いますケド〜? ついでに、そのシェルディーちゃんも巻き込んで〜、フレマリアと一緒に皇帝サマを叩いちゃえば、あっという間に復讐の完了ですね〜。」
「本当に、きみは……簡単に言ってくれるのねん…。」
そうしてやりたいのは山々だが、今は、彼の言った通り『セイクリッド達を生き存えさせること』が重要だ。だが、彼らを匿うにも限界がある。何より此所は、首都にとても近いのだ。
それに自分は、この国と商売をして生計を立てている。セイクリッドの事も勿論大切だが、キャラバンの仲間も大切なのだ。
それと取ったのか、彼は途端、呆れたような顔で頬杖をついた。
「ロクさ〜ん。アナタ、けっこう優柔不断って言われるでしょ〜?」
「は?」
「うゥ〜ん! 守りたいものが増えれば増えるほど、どちらも取り切れずに”意思”はどんどん揺らいでイク〜ッ! …ウンウン、分かりますよ〜。それも”人の性”ってヤツですよね〜。」
そう言いながら彼は、入れた茶を丁寧な所作ですする。
「でもね〜、ロクさ〜ん。」
「…なによん?」
「例えば〜。例えば、ですよ〜? もし、国内で戦争が始まっちゃったら……どうしますゥ〜?」
「……きみの話は、突拍子がなさすぎるわん。」
そう言ってやると、彼は、更に呆れたように溜息を落として、茶器を置いた。
「ボク、現実に起こりうる話だと思いますケド〜? 現にヘルド城塞は、フレマリアによって陥落したって、アナタが言ってたじゃないですか〜。」
「…そうねん。確かに、陥落したわねん。でも、多分……シェルディーちゃんが、ちゃんと取り戻してくれるはずよん。」
「な〜るほ〜ど〜! 国内でも『容姿端麗・才色兼備』と言われる大人気の守備者、シェルディーちゃんですもんね〜!」
「何だか棘があるけれど…そうよん。ミルド様の信頼も厚いあの子に任せれば、フレマリア軍なんか…」
「ア〜レ〜? 忘れてませんかァ〜? そのミルドサマに、セイクリッドさんの村は焼かれちゃったんですよね〜?」
「っ……。」
あっと失言でしたね、ゴメンナサ〜イ! そう言ってニコリと微笑む彼。
それに眉を潜めながらベッドの方に視線を戻せば、ミリアンとジュレーグが、二人揃って黙々と武器の手入れをしている。
「あ〜、それとも〜……この国で戦争なんて起こるわけがな〜い、なんて思っちゃってますゥ〜?」
「…なにが言いたいのん?」
「べっつにィ〜、他意は無いですよ〜? ただ、アナタは、もしこの国で戦争が起きた時、『商売』と『友人』のドチラを取るのかな〜? と思っただけでェ〜。」
「…………。」
彼の言うことは、あながち間違ってもいない。そう思った。
暦書でしか知らないが、フレマール革命の後に起こった三国戦争の後、フレマリアは暫く大人しくしていたらしいが、それでもヘルド城塞を落とせたことはなかった。これまで、ずっとジャンベリー平原からちょっかいをかけて来るだけだった。しかし、守備者や軍師が不在であったとはいえ、とうとう落とされたのだ。
それに、もし彼の言う通り、戦争が起こったとしたら? 『友人』であるセイクリッドを取るか、もしくは『商売』相手の幻大国を取るかで、心は揺れるだろう。
シレッとした顔で聞いてくるが、この少年、相当頭が切れる。まだ低い可能性ではあるが、その先をチクチクと予見させるようなことを笑顔で口にする。
正直、その言葉に僅かながらも心が揺さぶられたが、それを気にする風もなさそうな彼の話は、まだまだ続く。
「商売なら〜、ここでなくても出来ますよね〜? なんなら、これを期に、セイクリッドさんたちを匿いながら、別の国に移動するって手もありますよ〜? あ〜、アナタがフレマリア嫌いなら、西のハルモニアでも良いじゃないですか〜? それに、東のスカイイーストだってあるし〜。」
「…どうして、きみが、アタシの心配をするのよん?」
「あれ〜? 心配しちゃいけませんか〜? 縁があって、こうして話しているんですから〜。それに、もしシェルディーちゃんがヘルドを奪還出来なかった場合は、どうするんですか〜? アナタだって、全くそれを考えてないワケじゃないですよね〜?」
「それは…」
その心配が無いわけではない。だが、シェルディーなら必ず奪還してくれる、という気持ちが葛藤を呼んでいるのも事実だ。
話によれば、親王イライジャ亡き後のフレマリアを纏め、怒りの勢いでヘルド城塞を落としたのは、イライジャの片腕と言われている『シオン』という人物らしい。
だが、なぜジェンリがそこまで突っ込んで話をしてくるのかが、分からない。
「うゥ〜ん、難しいですよね〜? 嫌いな国が責めてきたものの、自国の皇帝は信用ならな〜い! どっちに付くかも、いまだ決めかねる〜。」
「さっきから…。はっきり言ってちょうだい。」
「いえ、別にィ〜? ただボクは、可能性を示してあげただけですよ〜。セイクリッドさんにも、アナタにも〜。」
彼がこれまで上げた可能性なら、自分も充分に分かっている。
しかし、どう転んでもセイクリッドは、いずれは幻大国を切って国外へ逃げる道を選ぶだろう。いや、もしかしたら、休息を取ったらすぐにでも、と考えているかもしれない。国内で『生きている』と表沙汰になれば、必ず殺されるのだから。
だが、フレマリアに関してはどうだろうか。国民が敬愛していた前皇帝イルシオを殺した彼の国ではあるが、それより、自国の長に故郷を焼かれたのだ。フレマリアにつかないとも言い切れない。
「きみは、これからどうするのん…?」
考える時間が欲しかった。どれもあくまで可能性でしかないものばかりだが、もう少し冷静に事態を把握したかった。状況を見極めねばならないのだ。
そう考え、話を変えるために問えば、返ってきたのは意外な答えだった。
「ボクですか〜? そうですね〜。人探しをしているので、ボクもうここを出ます〜。お世話様でしたァ〜!」
「え、ちょっと…!」
「それじゃあ、ロクさ〜ん。お元気で〜! また会えれば良いですね〜。」
「ちょ…ジェ、ジェンリくん?」
先程の会話に興味がなくなったのか、それとも別の理由があったのか定かではないが、彼は、それだけ言うと手を振り、止める間もなくスキップしながらテントを出て行ってしまった。
「……………。」
なんとマイペースな少年か。勝手に話したいだけ話しておいて、勝手に出て行ってしまった。暫し茫然。
と、声をかけられた。振り返れば、武器の手入れが終わったのか、ミリアンとジュレーグが立ち上がって荷物を持っている。
「……それで、あなた達は、どうするのん?」
そう問えば、ミリアンが、眠そうに欠伸をしてから答えた。
「私達はー、これから、この国でトレジャーハンティングの続きをするのでー。これで失礼しますー!」
「…ジェンリくんの言った通り、段々とキナ臭くなっているのは事実よん。早く逃げた方が良いと思うけどん…。」
そう助言するも、少女は、ジュレーグに荷を背負わせながら「平気ですー。」と言った。
「でもん…」
「うちら身軽なので、大丈夫ですー。それじゃあ、失礼しまーっす!」
「あ、ちょ、ちょっと…」
またも止める間もなく、少女と男がテントを出て行く。
「………ふぅ。」
嵐のように去っていった者達を思い出しながら、ロクは、これからどうするかと思案を開始した。
「ササライ、これからどうするの?」
ロク隊のキャラバンから出て、北を目指し歩いていると、ルシファーが問うてきた。
「とりあえず、ヘルド城塞を目指すよ。」
「で、でも…」
少年が躊躇することが分かっていたので、立ち止まって振り返る。彼のことだから、はぐれてしまった二人の事を考えているのだろう。だが、彼女の能力があれば、自分たちを見つけ出すことは容易だ。それをこの少年に教えてやることは、残念ながらまだ出来ないが・・・。
「やは、どうするの?」
「…あの二人なら、大丈夫だよ。」
「どうして、そんな事が言えるの? ササライは、心配じゃないの?」
「…………。」
正直に言えば、心配でたまらなかった。出来ることなら、すぐにでも彼らの居場所を見つけて飛んでいきたい。そう思わないはずがないのだ。
一番の心配は、転移が発動する直前に見た、彼女のあの様子。内側から飛び出そうとする”力”に抵抗するよう、全身を震わせ、今にも崩れ落ちんばかりだった、あの後ろ姿。
自分たちが姿を消した後、彼らが、どうなったのかは分からない。ただ『紋章の暴走』が、現実として起こらなければ良いと願った。もし、あの場所で彼女の紋章が暴走していたとしたら、それこそあの遺跡には、もう誰も何も残らない。もしかしたら、あの森全体ですら。
彼女に内包されている”力”に、彼女自身の”意思”が、負けてしまったら・・・・。
「……僕だって、心配してないわけじゃないよ。」
「それじゃあ、達を探さないと…!」
を信じたい。その気持ちがあったのも、事実だった。
彼は、あの時はっきりと言っていた。『彼女は、僕が守るから』と。
それを思い返し、とてももどかしいと思った。彼女の紋章のような能力が自分にもあれば、そうすれば、すぐにでも二人を探しにいけるのに、と。
だが、今は、彼らを信じて待つ他無い。可能性としては五分五分だが、彼らが生きていることを祈ることしかできない。だからこそ、今は、何としても逃げ延びることが大切なのだ。
「……大丈夫だよ。二人は、必ず僕らを追って来てくれる。どこかの街でヘルド城塞の報を聞けば、僕らが向かう可能性を考えるはずだよ。」
「絶対に…?」
そう問うてくる少年の瞳には、哀願が交じっていた。
それを『必ず』という言葉で騙せるのなら、そうした方が良い。でも、何故かその瞳に嘘ばかりつき続けている事に、いい加減、耐えられなくなってきていた。
でも、嘘は、スルリと口から出てくる。
「うん。今は、ヘルド城塞をフレマリアが占拠しているからね。混乱に乗じて身を隠せば、なんとか上手くいくと思うよ。それに、ここで僕らが捕まってしまえば、彼女は、もっと心配する。だから…」
「…うん。」
そう言い、歩き出す。
だが、それから半刻ほど歩いた所で、突如、少年が足を止めた。
どうしたのかと振り返るも、地面をじっと見つめたまま動かない。
「どうかしたのかい?」
「……あの…」
問えば彼は、戸惑ったように顔を伏せた。それを目にし、自身も足を止める。
「なんだい?」
「あ、その…」
と、ここで気付いた。彼は、自分に問いたい事が沢山あるのだろう。
これまで気にかかったことを思い返す暇もなく、ずっと逃げることばかりに気を取られていた。しかし、こうして黙々と歩き続けている事で、ようやく冷静になってきたのだろう。
冷静にこれまでの事を思い返して、『疑問』ばかりが出てきたのだ。
「あのね、ササライ……聞いても良い?」
「……歩きながら、話そうか。」
「うん…。」
静かに強かに、『何か』は・・・・・近づいてきている。