[現れた第二のダンディ]
「つーかさぁ、あたし味噌っカスなら居ても意味なくねー?」
そのの一言で、彼女はしばし休憩がてら他のチームの試合を見に行こうとする。
「何を言っている?駄目に決まっているだろう」
しかし予想していた事だが、馬超が待ったをかけた。
「何それ!?あたしを味噌っカスにしたのあんたでしょ?」
「それを納得したのはお前だろう?」
「またか…」
再びと馬超の言い合いが始まる事に落胆のタメ息を零した趙雲だが、思わぬ所から声が上がる。
「ならば公平に試合をする為に、俺も抜けよう」
「え?」
見ると敵総大将の孫堅が、笑顔でコートを抜け出していた。
「え、悪いですよそんな…」
「いや、俺は構わないぞ」
謙遜してコートに戻ろうとするを手で制し、孫堅は笑いかけた。それを見て馬超は不機嫌な顔を露にする。
「でも…」
「俺も少し休憩したいからな」
「ふん…」
焦る彼女の肩に手をかけてポンポンと叩き、馬超は更に怒りが増したのか鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
「う〜ん…」
としては馬超がまた不貞腐れたことを気にしていたのだが、完璧に拗ねてしまったのか、こちらを向こうとはしない。
「、行っておいで」
「趙も良いと言っている。行こうか」
馬超の事は気にするな、と笑顔で送り出してくれた趙雲に、孫堅が更に畳み掛ける。
「んじゃあ、後はヨロシク!」
「中々切り替えが早い娘だな」
まぁいっかと思いすぐに手を振ってコートから離れて行くを見て、孫堅が苦笑した。
と孫堅が他の試合を見に行った後でも、馬超の機嫌は良くならなかった。
それを見兼ねた趙雲が横目に話し掛ける。
「孟起、いつまで拗ねているつもりだ?」
「ふん」
「お前の気持ちも分かるが、は彼女でもなんでもないだろう?」
「!!…………ふん」
趙雲の意地悪めいた台詞に馬超は一瞬ピクッと眉を上げたが、冷静さを保とうとすぐに表情を戻し忌々しげに悪態をつく。
「あまりしつこいと嫌われるぞ?」
「っ!?それぐらい分かっている!!」
T嫌われる″に過剰反応して、ついつい彼は大きな声を出してしまう。
遠目にもそれが聞こえたのか、が目を丸くしながら何事かと振り返った。
「そう苛々するな。が驚くだろう?」
「……ふん!」
馬超は驚いた表情のに気付いて我に帰ったのか、気まずそうに腕を組んで横を向いた。
その隣では趙雲が手で「なんでもない」とに合図する。
まだ拗ねてんの?と言う顔のもそれに納得したワケではないが、とりあえず頷いて踵を返し歩いて行った。
ピッ!!と試合再開兼サーブ開始の笛が吹かれる。
「よっしゃぁ!!行くぜ!!」
甘寧が気合いと共に「うぉらぁ!!」と全力のサーブを打った。
「孟起、とりあえず今は試合に集中してくれ」
「試合など下らん」
「そう言うのも良いが、負けたらアレだぞ?が果たしてアレに耐えられるかどうか………」
「!?…くそっ!!」
趙雲の言うアレとは何なのか想像出来ないが、アレに耐えられなさそうなを思うと、なんとしても勝たねばならない。
「にアレは無理だろう?」
「…だろうな」
女の子にはあまりにもキツいと言われているアレ。
きっと体育担当の祝融先生が、皆授業に励む為に考えた策なのであろうが、が戸惑う事は目に見えている。
「この試合、孟起の可愛いの為にも勝つぞ」
「…いらない事を言う暇があったら、さっさとトスを上げろ」
「ふふ…やる気が出て何よりだ」
苦笑した趙雲は黄蓋のカットしたボールを、トスを上げて馬超によこした。
「はぁ、まだ拗ねてるし…毎度毎度」
何やら揉めていた馬超と趙雲を横目に、は溜め息を漏らす。
「馬はそんなにしょっちゅう拗ねているのか?」
と彼女の横を一緒に歩きながら不思議そうに聞いて来たのは孫堅。
「えぇ。何が気に入らないのか知らないですけど、よく拗ねるんですよ」
「ふむ…意外だな」
「え?」
意外なの?と思ったが、孫堅は無精髭に手を当てて考え込んでいる。
「いやな。彼は確かに仏頂面の時は多いが、特にそれが機嫌が悪いというわけでもなさそうだしな」
「そうですか?」
「む、違うのか?彼があまり笑った所を見た事はないな」
「それと拗ねるのと何の関係が?」
は孫堅の言いたい事が分からないらしく、考えながらも顔を顰めた。
「まぁ、簡単に言うと彼には喜怒哀楽が見られない」
「えぇ!?ありえない!!」
思いっくそ笑って否定しただが、孫堅の表情は大真面目だった。
「馬は笑ったりはするのか?」
「え、あぁはい。あっでも意地悪そうな笑い方ですけどね」
「そうか…」
それっきり孫堅はふと顔を伏せて、考え込んでしまった。
「あの…」
何かあるのかと気になっただが、思案中の孫堅には聞こえていないようだ。
少し気が引けたが、このまま突っ立っていたくはない。
「良かったら座りません?」
孫堅の腕をツンツンと突つき恐る恐る声をかけて、体育館のはじっこへと移動する。
が腰を下ろすと、孫堅もそれに習う様に座った。
「そうか…笑うのか…」
とそれでもまだブツブツと呟いている孫堅の横顔をチラリと見る。
証明のせいだろうか?それとも元々のものなのか。
『だ……ダンディ………』
は思わずその横顔に見愡れた。
顔を余り見ていなかったせいか、鼻は高めで筋もしっかり通っているし、思案中の瞳は光の加減か、少し憂いを帯びている。
先程並んで立った時に思ったが、身長も高い。そして無精髭がなんとも大人の魅力を醸し出している。
『元譲様に続く第二のダンディ発見!かこいー!!』
新たな渋男発見に、の口元は思わずニヤけてしまう。
ウットリと孫堅を見つめていると、ふいに彼がこちらを向き目がバッチリ合った。
「えっ…あっ、えっ?」
「ん?どうした?何を笑っている?」
ニヤけていた顔を見られてしまったかもしれない、とは慌てたが、孫堅には笑っていると取られた様だ。
「いえいえ、何か孫さんって、凄い渋くてカッコ良いから…」
「!!はっはっは!あまり大人をからかうな」
それを聞いて孫堅は一瞬驚いた様子だが、次の瞬間には大笑いをする。
本音で言ったんです、とは思ったが本気に取ってもらえなかったのが悔しい所だ。
「いや、ホントですよ!」
「中々口が上手いのだな。」
「口が上手いとかじゃなくて本音ですよ!こんな彼氏が居たら良いな〜とか思いますもん」
「む?俺とは大分年が離れている様に見えるが……」
そう言うと孫堅はまじまじとを上から下へと見つめた。
「名前は…確か…」
「あ、でっす!!」
名前を聞かれて嬉しそうに敬礼しながら答えるに、孫堅は苦笑する。
「そうか…だな。覚えたぞ」
「ありがとうございまっす!あ、あと下の名前で呼んで下さいね!」
「……………良いのか?」
ふと髭を摩りながら、孫堅が困惑する。
としては名前呼びのが気楽に感じるので、特に何かを考える事もなく言った一言だったのだが、孫堅は何故か考え込んでいる。
「どうしたんですか?」
「いや、娘でもないのに呼んでも良いのかと思ったのでな」
彼はを一応年頃の娘と感じてか、戸惑っているようだった。
「あたしがその方が気楽で好きなんです!……駄目ですか?」
伺う様に見上げたに、孫堅は少し動揺した。
「だ…駄目ではないが……」
「あぁ!分かった!!馬ッチですね?気にしないで下さい、奴の事は!」
「いや…違うが………まぁ良いか」
てっきり馬超の目が気になっているとでも思ったのだろう。
は思いきり勘違いをして、話を飛躍させる。
孫堅も弁解するのが面倒なのか、とりあえずそういう事にしておいた。
「では……はいくつなのだ?」
「え、あたしは21でっす!!」
「若いな………」
「孫さんは?」
「俺は32だ」
「32!?渋いぃ〜!カッコ良い〜!!」
キャッと両頬に手を当ててイヤンなポーズをする。それを見て孫堅は面白い娘だなと笑った。
「11も違うのか」
「11Tしか″ですよ!」
「それは俺を口説いているのか?」
「え?ん〜、そう取られちゃうかぁ…」
「違うのか?」
「ん〜どうでしょう?」
しばらくそんなやり取りが続く。
「俺では駄目か?」
「へぇ!?今度はそっちの番ですか?」
「俺は金を持っているぞ?」
「あはっ!!お金に興味はないですねぇ。あたしは孫さんには興味ありますけど」
「それもまた含みのある言い方だな」
「そうですかぁ?」
そんな他愛もない会話を繰り返しながらも、二人の軽口は止まらなかった。