[新入生歓迎会/2]
趙雲に頼まれて、カウンターへとやって来た。
馬超の為のビールと自分の飲み物を、この日の為に雇われたっぽいバーテンさんに注文する。
「えっと…ビールあります?」
「えぇ、ございますよ?」
が伺う様に聞くと、バーテンさんはにっこりと笑う。
「ビールは生ビールがよろしいですか?それとも瓶で?」
「あ〜……どうしよ…………」
普通なら生ビールを注文するのだろうが、は正直悩んだ。
馬超なら、バーとかでバド○イザーとかの外国製ビールを片手に、というのを好みそうだと思ったからだ。
「う〜ん………どっちだろ………」
どうしたものかとしばらく悩み続けていると、カウンターに座って飲んでいた男がに声をかけた。
「馬は瓶だ」
「え?」
が声のする方へと振り向くと、なんと愛しい愛しい夏侯惇様が足を組んで御猪口を片手に日本酒を飲んでいた。
「あっ!!」
「………何だ?」
先日あまりに不躾に見入ってしまっていたのが効いたのか、夏侯惇は目を逸らした。
そんな夏侯惇も今日は私服ではなく、皆と同様に武将服だった。
しかもと同じで青を基調としているので、彼女のテンションはギュイ〜と上がる。
『うわ〜!元譲様だよー。武将姿で日本酒って……渋いぃ〜!!』
はここで夏侯惇に会えたのが嬉し過ぎて、心の中でキャーキャー言っていたのだが、そんな事をしたら怪しい女爆発だと言う常識は分かっていたので、ほくそ笑みそうになる頬を笑顔に変えた。
「ありがとうございます!」
「いや、礼には及ばん」
軽くお辞儀をして夏侯惇に礼を言うが、彼はふいと顔を逸らした。
そんな二人のやり取りを笑顔で聞いていたバーテンさんが、に声をかける。
「ではビールだけで宜しいでしょうか?」
未だにウットリと夏侯惇に見とれていたが、ハッと我に返りバーテンさんに向き直る。
「あ……後は日本酒をお願いします」
「はい、畏まりました。どれがお好みですか?」
と手で示されたのは、ズラリと並べられた日本酒の瓶の列。
バーテンさんの質問に、またしてもは困ってしまう。
日本酒と言っても味や飲みやすさ、初心者向けから上級者向けまで、色々ある。
「え?えっと……じゃあ飲みやすいので………」
「越乃寒梅にしておけ」
「そうですね、越乃寒梅でしたらお客様のお口にも合うかと思われますが?」
どうしたら良いか分からないので適当に頼もうとしたが、夏侯惇が口を出した。
それにバーテンさんも同意する。
「あの…すいません、何から何まで…………」
「気にするなと言っている」
色々と助言をしてくれる夏侯惇に、は頭を下げる。
言葉や態度は素っ気ないが、面倒見が良いのだろう。とっても良い人だ。
『さすがは元譲様だわ!あたしの目に狂いはなかった!!素っ気ない所も渋いぃ〜』
は心の中でそうシャウトし、ニコーーっと彼に笑いかけた。
そこへバーテンさんが声をかける。
「こちらで宜しいですか?」
「あ、はい。ありがとうございます!」
バーテンさんに礼を言いながら、ビールと日本酒一合を受け取ろうと手を伸ばす。
「夏侯さんも、ありがとうござ………」
と夏侯惇の方へも礼を言おうとすると、の後ろから手が伸びてきて、彼女の手を掴んだ。
「?馬ッ……」
「お主……元譲に惚れたか?」
「っ!?」
手を掴まれ、馬超が自分を驚かそうとしているのかと思っただったが、次の瞬間彼の声ではない誰かが耳元で囁いたので、彼女は身体をビクッと引き攣らせる。
振り向くにも、いつの間にかスルリと身体を抱き締められてしまっているので、どうにもならない。
声の主は、固まってしまったに構わず、囁き続ける。
「お主…確か名はと……ぐふぉ!?」
ゴッと鈍い音がして、その言葉が終わる前に囁き男が苦痛の声を上げて、床へ崩れ落ちた。
慌てて後ろを振り返ると、そこには小喬にモーションをかけていたあのチョビヒゲが、白目を向けてひっくり返っていた。
その彼の横には『越乃寒梅』とでかでかと書かれてある瓶。
『うわ〜痛そう……』
これが彼の後頭部に投げ付けられたのであろう。
その証拠に、囁き男には巨大タンコブが出来ていた。
「大事ないか?」
とここで夏侯惇がに声をかける。
「あ、はい。すいません重ね重ね………」
ペコペコと頭を下げていたにゆっくりと近付き、彼は泡を吹いているチョビを軽々と抱え上げる。
多分、彼がチョビに瓶を投げつけたのであろう事は、にもすぐ分かった。
抱えられた反動で意識を取り戻したチョビ……曹操は、ギャーギャーと喚き出した。
「元譲!!お主仮にもこのわしを……!!」
「馬鹿者が!少しは場所をわきまえろ、孟徳!!」
「何を言うか!!このわしを愚弄して、ただで済むと……」
「盛りがついたオス猿でもあるまいに!」
「ふん、元譲よ。自分に女が寄って来ないとは言え、このわしに瓶を投げつけるやつがあるか!!」
大の男二人の子供じみた言い合いに、はしばらく唖然としていたが、そろりと声をかけた。
「あの〜………」
「ん?」
「何だ、どうした?」
の声に言い合いを続けていた二人が、同時に振り向く。
ヤクザっぽいオーラが、何か恐い。
「夏侯さん、ありがとうございます。でも気にしないで下さい、別に変な事されたワケじゃないし……。喧嘩は止めましょ?」
夏侯惇に、もう何度目か分からない礼を言い、曹操をチラリと見遣る。
夏侯惇と曹操はと言うと、自分達よりも年端のいかない娘にやんわりと咎められたのが情けなく思ったのか、気まずそうな顔をしていた。
「それじゃあたし戻りますんで」
飲み物を両手に持って、会釈をしながら「ではまたー!」とが歩み去る。
「………飲むか、元譲」
「………とっとと席につけ孟徳」
なんとなく気まずい空気の中、二人は隣同士に腰をかけた。
「ただいま〜!」
「おう、戻ったか」
「おかえり」
が戻って来る頃には孫策が酔い潰れて保健室に運ばれ、その付き添いで典韋と二喬が居なくなってしまっていた。
「何ナニ?皆は?」
「伯符が潰れて、皆付き添いで保健室行きだ」
「ふふ…毎度よく潰れますね、伯符も」
「へ〜。孫君潰れちゃったんだ〜」
三人になってその様な会話をしていると、がある一点を見つめていた。
馬超・趙雲がそれに気付き彼女の視線を追うと、そこには孫権。
「あ、やっぱり権ちゃんだ!ちょっと行って来るね〜」
兄貴コンビが止めるより早く、彼女は二人に手を振って孫権の方へと走って行った。
「!」
「まぁまぁ孟起」
慌てて後を追おうとする馬超を、趙雲が制止する。
「子龍!邪魔をするな!!」
「孟起……は物ではないんだ。少しは自由をやっても良いだろう?」
「くっ…………」
正論を言う相棒に、馬超は何も言えない。
「危なくなったら、止めに入れば良いだろう?」
「……チッ」
結局、いつも趙雲の言う事が正しいので、馬超は舌打ちをするぐらいしか出来ない。
「…………勝手にしろ。俺はあっちで飲んでる」
「全く………」
馬超はやさぐれて、バイキング制の円卓へと歩いて行ってしまった。
その場に残された趙雲は、一人で飲むのも悪くはないかな?と、楽しそうに飲んで騒ぐ周りを見ながら、持っていたソルティードッグを一口含んだ。
「権ちゃ〜ん!」
「おぉ!!!」
パタパタと走り寄って来るに、孫権は嬉しそうに手を上げる。
ニコニコと、一番会いたかった女性に会えて笑顔になる。
「あー!権ちゃんカッコ良い〜!!」
「そ、そうか?」
うわ〜と言いながら孫権の全身を眺め回して絶賛する彼女に照れてしまったのか、彼は頬を染める。
孫権の服装は、武将……というよりは、どちらかというと皇帝チックな印象を受けた。
しかし、それがやけにマッチして、無駄に威厳を醸し出している。
「似合うよ権ちゃん!!惚れちゃいそうなんだけど〜」
「な、何を言っている………」
『惚れてくれ!!』等と冗談めかして言えない辺り、彼の純情さが伺える。
そんな所が彼の良さでもあるのだが。
「も似合っているな」
「え〜!ありがと!!」
お返しに褒められて、は照れくさそうに笑顔になった。
その笑顔に、孫権は思わず見愡れた。
『可愛らしいな………』
身長が高く、男装に近い格好をしている女性を『可愛い』と言えるのは、惚れかけた男の弱みであろう。
いつの間にやら孫権の顔は緩みきって、鼻の下が伸びていた。
「権様……………」
気配を感じさせず、ヌッととてつもなく身長の高い男が現れた。
「た……泰か」
いきなり自分の背後から声をかけてきた男に驚いたのか、孫権は顔を引き攣らせながら振り向いた。
「わ〜!おっきぃ〜!!権ちゃん誰ダレ?」
「、彼は私の親友とも言える……」
「周幼平だ……………」
2メーターはありそうな大男に感動を覚えたが問うと、答えようとした孫権の言葉を遮って、男は自己紹介をする。
「周さんね?あたしは、ヨロシク〜!うわっ、手ぇおっきー!!」
身長差が30cm近くある為、思いっきり見上げる形で握手をする。
相手の余りの手の大きさに、は大感動。
「手ぇ見せて下さい!」と言いながら、ペタペタと触りまくっている。
『泰………の手を離せ!!』
やっぱり声に出して言えないのが孫権。
このままでは下手をすると、彼女を周泰に持って行かれかねない。
「あ、ねぇねぇ権ちゃん」
「…………」
「権ちゃん?お〜い………権!!」
何かを考え込んでいるのか、呼んでも全く反応しない孫権の額に、ビシッとチョップをかます。
「っつ………ど、どうした?」
「そうそう、言いたかった事があったの!」
「何だ?」
「体育ん時のアレなんだけどさ〜」
ブッ!!
落ち着きを取り戻そうとして口に含んだウオッカを、思わず吐き出してしまう。
『ま、まさか………は気付いてしまったのだろうか?』
彼女に対しての自分の気持ちが気付かれたのかと、かなり焦る孫権。
いつもは「権様権様」と付いて回る周泰は、黙ったまま事の成り行きを見ているし、は何故かニコニコと笑っている。
『こ、告白のチャンス……と言うやつか?』
もしかしたら一世一代の大勝負となりそうな予感。
幸い、この場には周泰もいるし、結婚式でいう仲人になってもらえるかもしれない。
自分的に、このチャンスを逃したら!と不意に不安にかられ、孫権はに向き直り手を取った。
「………実は私は……」
「おめでとう!!」
…………………………。
一瞬何を言われたのか分からなかった。
おめでとう?
普通は「実は私も……」とか「ごめんなさい」ではないだろうか?
孫権がそれに対して悩んでいると、が嬉しそうに彼の肩をポンッと叩いた。
「権ちゃんが気になる人出来たって言ってたから……友達として、凄い嬉しい感じだったんだ〜」
そうか、そういう事だったのか。
は自分の気持ちに気付いていたワケではなくて、ただたんにおめでとうを言いたかっただけなのだ。
「は、はは………アリガトウ………」
「ううん、とにかく良かったなって思ったから。それ言いに来たんだ〜」
ゲンナリとする孫権に笑いかけて「じゃあまたね〜」とは去って行ってしまった。
「権様………お気を確かに………」
そんな孫権の様子で、何とな〜く彼の気持ちに気付いてしまった周泰が、一晩中飲みに付き合い彼を慰めた。