［契り／２］






部屋に戻り、化粧を直しながら少し休憩をして再びロビーに行くと、趙雲がソファに腰掛けて待っていた。



「あ、ごめんね？待った？」

「いや。私も先程来たから、気にしないで下さい」



パタパタと走り寄るを見つめ、彼はとても嬉しそうに微笑んだ。



「で、どこ行くの？」

「はどこに行きたいですか？」

「そうだなぁ………」



う〜んと唸って考えてみても、自分はこの辺りに何があるか知らない。

知っていたとしても、昼飯を買いに皆で行ったファミレスやファーストフード店だけ。



「子龍兄はどっか行きたいトコないの？」

「私は……そうですね。ドライブでもしながら、色々と回ってみると言うのは？」

「あ、それ良いかも！」



その提案が気に入ったのか、は手を振り上げ「賛成〜」と笑顔になる。



「その後……そうだ。良い場所があるので、そこへ案内しましょう」

「良い場所？」



趙雲の言葉にが首を傾げるが、彼はそれに笑顔を返して彼女の肩を抱き、駐車場へと向かって行った。










「何か意外〜」

「何がですか？」



彼の愛車に乗って校門を出ると、が第一声でそう呟いた。

趙雲は、変わらず笑顔で彼女に視線だけを移す。

はお出かけが嬉しいのか、ニコニコしながら外の景色を堪能していた。



「だってさ〜。子龍兄まで車持ってんだもん」

「不思議か？」

「うん。だって何かイメージ違う……」

「ふふっ。の私に対するイメージとは、どんなものかな？」

「うんとねー」



そこで始めてが趙雲の方へと顔を向け、口元に指を当てて、楽しそうに話し出した。



「そうだなー。なんか優しくて〜カッコ良くて〜、誠実で〜。んで自慢のお兄ちゃんかな〜？」

「ふふ、それはイメージではなくて、の感想だろう？」

「あ、そっか」



は、突っ込まれてしまって思わずエヘヘと笑いながら舌を出す。



「でもイメージと感想が一緒だったから、しゃーないじゃん？」

「そう言ってくれると嬉しいよ」



趙雲もそんな彼女が可愛くて、クスリと笑った。










そろそろ広い街へと出るという頃、がふいに口を開いた。



「ねぇねぇ………そう言えばさ………」

「何だ？」



急にモジモジと体を揺らし、言いにくそうに言葉を濁す。

それでなんとなく予想がついたのか、彼は一度チラリと彼女に視線を合わせた。



「あのね……こないだの事なんだけど………」

「…………歓迎会の時の事か？」

「うん…………」



ふいに沈黙が二人を支配する。

趙雲は彼女が何を聞きたいか分かっていたが、敢えて沈黙を守った。



「もしかして……馬ッチに言ってくれたの？」

「何の事だ？」

「その……実はね………」

「うん？言ってごらん」



その言葉で言っても平気だと思ったのか、彼女がポツリポツリと話し出す。



が歓迎会で酔い潰れた後、馬超が自分を部屋まで運んでくれた事。

そして、彼に「いつか必ず言うから待っていてくれ」と言われた事。

それに対して何故か胸が軋み、思わず涙を流してしまった事。



「だからね……子龍兄が馬ッチにそういう風に言ったのかなって………」

「そうか……やはりバレていたか」

「えっ？」



ずっと俯いて話していたが、その言葉に顔をあげる。



「何て？」

「平たく言えば『お前がそういう態度をするからが辛い思いをしている。何も知らない彼女に対して失礼だ』とな」

「へぇ……」



そうなんだ、と言ったきり彼女は再び俯いてしまった。

それを彼が阻止する様に言葉を続ける。



「私にとって、お前は大事な妹だ。だが私からは�Tその事″については話せない。ならば直接あいつに発破をかけるしかないだろう？」

「え、うん……そうだけど………」

「だから……お前は何も気にする必要はない。私が勝手に行動しただけなのだから」

「うん………」

「大切な妹を辛い目に合わせたくない私の気持ちも分かってほしいのだが…」



そこでふと悲しい顔を彼女にしてみせる。

もちろんそれは計算された表情なのだが、はそれには気付かないだろう。

むしろ『気を遣わせてしまった』と思い、それ以上は自分を責める事はしないはずだ。表向きは。



案の定、彼女は「うん分かった。だからそんな悲しい顔しないで、ね？」と彼を気遣い、それ以上はその事については口を開かなかった。

だが、彼が口にした言葉達は、彼の本心から出たものに間違いはなかった。










「ここら辺で良いかな？」



そう言って、大通り側に面している駐車場へと車を走らせる。

彼が一発駐車OKなのは当たり前で、はそれに「カッコ良いー！」と感動しつつも車を降りた。



「どこ行くどこ行く？」

「取りあえずは……食事でもして、回ろうか？」

「りょーかい！」



早くもウキウキノリノリでテンションの上がるに苦笑しつつ、趙雲は彼女の手を引きエスコートをしながら駐車場の外へと出て行った。



軽く昼食を終えて再び大通りに出ると、が一点を見つめて口元に人さし指を当てた。

これは彼女の癖で、何か欲しい物がある時や考え事をしている時などに見られる仕草。

早くもその癖を見抜いていた趙雲は、彼女の肩に手をかけて優しく話し掛ける。



「どうした？何か欲しいものでも？」

「えっ？いや、違くて……」

「アイスですか？」

「え、良く分かったね？」



趙雲は、彼女が通りの向かい側にあるアイス専門店を見つめていたのを、すぐに察知して言っただけだった。
だが、何故バレてしまったのか分からない、とは口元に手をやり照れくさそうに笑う。



「たまには良いですね」

「じゃあ買いに行って来て良い？」

「ちょっと待って」

「なーに？」



に待ったをかけて、趙雲は視力の良い目で離れた店内を見つめる。

すると、何をしているのかと思っていたに、穏やかに笑いかけた。



「大分込んでいる様だから、私が買って来ます」

「あ、じゃあお金渡して……」

「ふふ、構いませんよ。今日は私のおごりです」

「でも………」

「可愛い妹の為ですからね！少し待っていてくれますか？」



そう言うと彼女の頭を一撫でして、彼は交差点を渡り走って行った。



「やっぱり優しいな〜子龍兄！」



一人その場に残され、そんな事を呟いたに怪しい影達が目を付けている事を、趙雲も……そして彼女自身も知らなかった。