[契り/4]






無事男達から解放されたは、黒兄貴に怯えながらもメインストリートを歩いていた。

先程買って来てもらったチョコミントアイスも食べ終わり、ふと彼の顔を見上げる。



「ねぇ子龍兄」

「ん?どうしました?」



さっきのナンパ野郎達を黙らせた魔王はすでに影を潜め、いつもの優しいお兄ちゃんな趙雲が笑っている。
それに少しホッとし、も笑顔になる。



「あたし、ミントチョコ好きだって言ったっけ?」

「あ、嫌いでしたか?」

「ううん、そうじゃなくて………」



はチョコミントが嫌いなワケではなかった。

むしろ好き。

大好きだ。



だがそれを趙雲に言った記憶がなかった。

故に、何故自分の好みを知っているのかと思ったのだ。



「あたしアイスじゃ必ずミントチョコって決めてたから…」

「そうですか。結果オーライですね!」

「?どゆこと?」



意味が分からない、と彼女が眉をピクッと釣り上げる。

すると趙雲はそれを見ながらクスリと微笑んだ。



「実は…の味の好みが分からないから、どうしたものかと悩んだんですが…。決められなくて結局、必ず孟起が選ぶのを買って来たんですよ」

「えっ?馬ッチもミントチョコ好きなの?」

「らしいですね」

「へ〜。なんか以外……」



馬超がソレを頬張っている姿を想像してしまったらしく、はプッと吹き出す。

趙雲もの思考が読めたのか、彼女の頭を撫でながら続ける。



「孟起がアイスなんて柄じゃない、ですか?」

「なんかイメージじゃなくない?」

「彼は甘いモノが好きですよ?」

「え〜!ありえなーい!」


とここで、が大袈裟に手を振る。

馬超は見た目からすると、と言うと失礼だが、甘党というかどちらかと言えば辛党に見えたからだ。

趙雲も彼が甘党と知った時は少々驚いたが、甘いモノを食べる時の彼の顔を思い出すと、少し心が和んだ。



「それにクッキーや菓子系もよく食べていますね」

「ププッ!一生懸命食べてそ〜」

「ふふ、多分想像通りだと思いますよ」

「あ、子龍兄はバニラ好きなの?」



とここで彼女が、馬超から趙雲本人の話題に変えた。



「?あぁ。牛乳が好きでしたからね」

「うえ〜!?あたし牛乳は……」

「ダメな方ですか?」

「うん、あと人参とか……」

「ふふ、は子供ですね」

「失礼な〜!」



女性にしては身長が高めなが牛乳嫌いだと言う事に驚いた趙雲だったが、何故かそれも彼女らしいと思った。



「さて、特に見たいものは?」

「ん、これと言ってはないな〜?」

「ではもう少し回って、車に戻りますか?」

「うん、そうしよ〜!」

「っと。その前にコンビニに寄っても良いですか?」

「へ?うん、良いよ。何買うの?」

「ふふ、秘密です……」



そう言うと、さり気なく彼女の肩に手を回し、趙雲は駐車場へと戻って行った。










「ねぇ何買うの?」

「知りたいですか?」

「うん」

「コレですよ」



コンビニに着いて趙雲が何を買うのか気になっていた彼女は、彼に聞いた。

趙雲も、元々秘密にする気はなかったらしく、すぐにソレを手に取り彼女に見せる。



「これ………酒?」

「カクテルです」



趙雲がコンビニに寄ったのは、酒を購入する為だった。

ある事を決行する為に……。



それに気付かないは、夜でもないのに何故彼が酒を買うのかが理解出来なかった。

逆に、飲むならコンビニで酒を買わなくても、どこか飲み屋にでも行けば良いのでは?と思う。



「カクテル……飲むの?」

「えぇ」

「運転は?」

「ふふ、大丈夫ですよ。私はジュースを買いますから」

「じゃあそのカクテルあたしの分?」

「そうです」



しかし、は彼の考えている事が分からないらしく、只々不思議そうな顔をしているだけである。



「ちょっと……行きたい場所があったので」



趙雲はそう言うと微笑み、会計をしにレジへと向かった。










買い物も終え、車に乗った達が向かったのは、ここ一帯では少し有名な街全体を一望出来る丘だった。



「うっわ、すげー!眺め良い〜!」

「気に入ってもらえましたか?」

「うんうん!もうサイコーなんだけど!」

「ふふ、喜んでもらえて何よりです!」



早速眺めの良い木陰を陣取るに続いて、趙雲も座る。

と言ってももうすでに陽は傾き始めており、そこからは街と夕陽が見渡せた。

暫く無言で景色を眺めていると、趙雲が何やらゴソゴソとコンビニで買った酒を取り出していた。



「え?ここで飲むの?」

「えぇ」

「へ〜!何か良いかも!」


彼がコンビニで買い物をしたのは、にこの景色を見せながら酒を楽しもうとしての事だった。

彼女にカクテルを渡し、自分もジュースを手に取る。



「いただきま〜す!」

「どうぞ」



キュッと蓋を開けてが飲み始める。

自分もそれにならい、ジュースを口に付けた。



「美味しいね〜!」

「この風景が良いツマミでしょう?」

「おっ!?上手い事言いますねぇお兄さん!」

「ふふ………」



眺めの良い場所で一杯、という事に機嫌が上々のがクスッと笑う。

その笑みを見つめ、趙雲はポツリと呟く。



「Tお兄さん″か……」

「ん?」

「いや、なんでも……」



そう言って目をそらした彼の笑顔は、何故かには儚く見えた。



趙雲は一人の女性を思い出していた。

それは馬超の妹。



彼女とは、彼を通して自分とも交流があった。

いや、家族ぐるみの付き合いと言っても良い。



初めは親友の妹、とだけしか思っていなかった。

しかしそれは時が経つにつれて、自分と彼女の関係は変わっていった。

馬超は面白くなさそうに、だが心ではそれを祝ってくれていた。



………それを一瞬にして壊された。

名も知らない人間達によって。



自分にとって大切な人を……愛する人を奪われた。

それは一生忘れる事は出来ないだろう。



「し…ぅに……?子龍兄?」

「!?あ、あぁ。どうした?」

「いや、呼んでも返事しないから……」

「あぁ、すまない」

「………大丈夫?」

「……………」



心配したの言葉。

彼はそれに何も返す事は出来なかった。



「子龍に……」

、契りを結ばないか?」

「はい?」



何も言わない事に更に心配して声をかけようとすると、何を思ったか分からないが彼は急にそんな事を言い出した。



「契り?」

「あぁ」

「契りと言うと…?」

「兄妹の義を結ぶんだ」



趙雲に真顔でそう言われ、は驚いた。

契りというのでイヤラシイ系の言葉を連想してしまったが、そうではないらしい。

要するに彼に義理の妹にならないか?と言われたのだ。



「あたしと子龍兄が……兄妹?」

「そうだ」



言われた意味は分かったが、は何故今更なのだろうと思った。

その意図を読み取った趙雲が、彼女に笑いかけながら話し出す。



「私には……兄弟が居ないので」

「あ、そうなんだ……一人っ子?」

「あぁ」

「兄弟、欲しかったんだ?」

さえ良ければ………なってくれないか?」



こちらに振り向いてそう言った趙雲の言葉が、彼女の心を締め付ける。



『なんでだろう?この感じ……?』



は不思議な感情の芽生えに少し戸惑ったが、趙雲が余りにも寂しそうに笑うので笑顔を作る。



「うん、良いよ?子龍兄さえ良ければ…」

「ありがとう」



と趙雲が彼女の飲んでいたカクテルを不意に取り上げる。

何だろうと思ったに微笑んで、彼は半分程に減ったそれを一気に飲み干した。



「ちょっと!?」

が半分飲んで私が半分。これで私達は晴れて義兄妹だ!」



車の運転があるのに、カクテルとは言えそれを一気に煽ってしまった趙雲。

がそれを咎めようと立ち上がるより早く、彼は義兄妹宣言をした。

そして何を思い立ったか、唖然とそれを見ていた彼女の前に跪く。



「え、何……」



戸惑うの瞳を見据え、彼は彼女の手を取った。



「どうし……」

。私は、あなたをずっと守り続けよう」

「えっ……?」

「あなたの義兄である私が、あなたに例え何があったとしても……必ず守る」

「………子龍兄」



普段の彼女ならここで「冗談やめてよ〜」と笑ってしまう。

だがこの時、は笑わなかった。

いや、笑えなかった。



趙雲が真面目な顔で、何かを固く誓う様に真剣な眼差しで自分を見つめていたから。

それに心を打たれ、泣くシーンでもないのにの目には涙が浮かぶ。



……?」

「あ、ううん。何か感動しちゃって……」

「大丈夫ですか?」

「うん。平気だよ!」



無理矢理笑顔を作り、はにかんでみせる。

趙雲は彼女の涙を指でそっと拭ってやり、頭を撫でた。



「さて……そろそろ帰りましょうか?孟起も心配しているでしょうし」

「うん。でも……もうちょっと一緒に居ようよ?」

「?」

「変な意味じゃなくてさ……。大好きなお兄ちゃんと一緒に居たいワケよ?」



義兄妹の誓いをしただけでも、は少し照れくさかった。

訝しそうに自分を見つめる趙雲に、おちゃらけてみせ、それを誤魔化す。

趙雲はそれに気付いたのか苦笑して座り直す。



「ふふっ。ではもう少しだけ……。風邪を引かせたら孟起に何を言われるか分かりませんからね」

「あはは!馬っチも心配性だよね〜」

………本当に私で良いのですか?」

「何言ってんの!子龍兄みたいなお兄ちゃんだったら、あたし大歓迎だから!!」

「ありがとう」

「さっきからそればっかじゃん?じゃあ改めて……宜しくね!お兄ちゃん」

「あぁ、こちらこそ宜しく」



そう言って笑い合った二人は、まるで本当の兄妹の様だった。