[ある昼の出来事]
がこの学園に入学してきて、約二週間が経った頃。
新入生達もここの生活に慣れたせいか、クラス内は仲の良い友人同士で、ある程度グループ化してきていた。
はもちろん馬超達と常に行動を共にする事が多いが、ある時は小喬と、ある時は姜維・陸遜とツルんでいる、という時もある。
と言っても、「こいつは俺のモノ!」主義の馬超にすぐに連れ戻されてしまうが……。
そしていつもの様に今日も午前の授業が終わり、これから昼休みが始まろうとしていた。
「!飯に行くぞ」
「ちゃ〜ん!ゴハン一緒に食べようよ〜」
「さん!宜しければ私達と一緒に食事をしませんか?」
チャイムが鳴って、国語担当の劉備先生がマイナスイオンを放出しながら出て行くと、早速三方から同時に声がかかった。
「え〜っと………」
声をかけて来たのは留年三人衆のリーダー格馬超・1学年で唯一同性の小喬、そして美少年オーラマンセーの陸遜。
いきなり三者同時に声をかけられて、は困った様に苦笑いをする。
「俺が最初だな」
「違うよ〜!あたしのが早かったも〜ん!」
「何を言っているのですか?さんは私達と食事をするのですよ?」
と、ここで馬超・小喬・陸遜は揉め始めた。
お互いに一歩も譲らぬ雰囲気バチバチで、三者の目には火花が散っている。
「えっと……あのさ……」
何か恐い雰囲気を感じ取ったのか、が止めに入ろうとするも、逆に三人に「自分達と食べたいよな?」みたいな目付きで睨まれ、首を竦めて引っ込んだ。
「何度も言わせるな………こいつは俺のモノだ」
「なによソレ〜?ちゃんは誰のモノでもないも〜ん!」
「困った人達ですね。そんなに燃えたいですか?」
ギロッと持ち前の身長をフルに使って見下ろす馬超に、小喬がベ〜っと舌を出す。
それを嘲笑うかの様に、陸遜がポケットからジッポを取り出した。
馬超・小喬の発言は『可愛いワガママ』で軽く流せそうだが、陸遜の怪しいかほりのする発言は『デンジャーデンジャー』な感じだ。
は、馬超と小喬に笑顔で対峙する陸遜が、何故か趙雲に重なって見えた。
ふとその理由に思い当たり、顔を青くしながら『こいつも黒か……』と思った。
とうとう自慢の武器を手にし始めた彼等を見ながら、フゥと溜め息をついていると、2学年も授業が終わっていたのか、趙雲が顔を出した。
「子龍兄………」
「?どうしたので……」
第一声でヤケにゲンナリしているに趙雲が心配するも、揉めている三人を見て納得がいった様に彼もタメ息を吐いた。
「はぁ。全く………」
「子龍兄。ここお願いして良い?」
「…………?何か用事でも?」
「ん〜まぁ。たまには一人でメシ食いたいなーと思っただけ」
「…………それだけですか?」
「純粋にそれだけ」
の答えに一瞬眉を顰めた趙雲だが、彼女も人間。
笑顔でスチャッと敬礼ポーズをするに、たまには一人の時間も欲しいのだろうと思い、彼はそれ以上は何も言わなかった。
「そんじゃ、宜しくねん!」
「……何かあったら……」
「分かってるよ。困った時は相談するから、ね?」
「あぁ。行っておいで」
財布を片手に楽しそうに走って行くを見送りながら、趙雲は未だに揉めている三人に目をやり『どうしたものか』と苦笑した。
「へへ〜!誰も居ないね」
教室を出てそのまま購買へと寄り、お弁当を買う。
それから、足取り軽く目的の場所へと向かった。
向かった先は日当たりが良く、小さな池の横には大きな柳があり、更にその後ろには小さめの竹林。
ここは生徒達の間では通称『柳のほとり』と呼ばれていた。
は入学してすぐにこの場所を発見し、いつかここで一人で食事をしてみたい、と思っていた場所だった。
池には数匹鯉が泳ぎ、たまに勢い余ってピチョン!と跳ねる。
柳はポツンと立っているが、近くに来ると竹と共に風に靡く様がなんとも風流だった。
この学園自体、外観は普通の学校だが、園内は中国をイメージして造られている。
扉や柱はもちろんの事、机や教卓、はてや黒板の縁取り等も、インスピレーションで中国を連想する様な造り。
故に中庭や裏庭等も、中国を思わせる様なアレンジをしているのも納得出来た。
そこへ到着し、暫しその情景を外側から観察する。
ホゥッと歓喜の吐息を漏らし辺りを見回すと、やはりというか予想通り、誰も居なかった。
『ここ、やっぱ穴場なんだね〜!』
それが嬉しかったのか、は満面の笑みを作ると、スキップをしながら柳の根元に腰を下ろした。
「時間的にも大分余裕あるし……」
先程買って来たお弁当を広げ、池に目を見つめる。
ふと竹林の方からガサッという音が聞こえた。
「?」
片眉を釣り上げて音の方向へ顔を向けるが、何もない。
しかし変わらずガサガサと音がする。
「???」
何だろうと思い、食べようとしていたお弁当を地面に下ろし、竹林に近付いてみると………。
「ヒャッ!?」
「うぉわ!?」
ガササッと先程よりも更に盛大な音を立てて、竹林から一人の男が飛び出して来た。
反応の遅れたはそれを受け止め切れず、ドスンと尻餅をつく。
「いったぁ………」
「っと。済まねぇな!大丈夫か?」
余りの衝撃とショックに呻き声を上げながら見上げると、飛び出して来た男がの目の前にしゃがみ込んだ。
と、ここで始めて男の顔を確認する。
髪ツンツンで額にはバンダナを巻いていて、暑いのか袖まくりをしている腕には刺青。
はこの男に見覚えがあった。
そう。この間の……バレーボールをした体育の授業の時。
自分が思いっくそ頑張って打ったが、失敗してヘロヘロに飛んで行ったスパイクを、指差して笑った男。
「あれ?お前確かこの間の………」
男もに見覚えがあったらしく、しゃがみ込んだまま(ヤンキー座り)頭を働かす。
「へっぼいアタックした女じゃねぇか?」
バッチーン!!
瞬間、の平手が男の頬を襲撃した。
余りの不意打ちだった為、男が仰向けに倒れ込む。
「いってぇ!てっめぇ……何しやがる!?」
「ヘボくて悪かったぁね」
殴られた頬を片手で摩りながら睨みつけて来る男を、は目元をピクピクと引き攣らせながら見下ろす。
「このアマ!調子ん乗ってっと………」
「あんた確か、孫さんのチームだったよね?」
「ぐっ………!」
ガバッと起き上がり今にも掴みかからんばかりの男に、未だにバカにされた事に気が納まらないのか、引き攣った笑顔で孫堅の名前を出す。
は知っていた。
自分が笑われた後、孫堅が「やめろ」と言っただけで、この男が黙った事を。
孫堅に睨まれて気まずそうに目を逸らし、そっぽを向いて面白くなさそうにしていた。
要は、こいつは孫堅に逆らえないのだと。
「別に殴るのは簡単よね?男と女の違いだし」
「くっ………」
「孫さんに言っちゃおっかな〜?『ツンツン頭の男の人に暴力振られました☆』って」
「この………」
ウフフとほくそ笑むに悔しそうに歯噛みしながらも、男は怒りを放出する様にフーっと息を吐き、その場に腰を下ろした。
その様子を勝ち誇った笑みで見ていただが、お弁当の事を思い出した。
「あっ!お弁当食べよっと!」
再びルンルンと柳の傍へ行こうと踵を返すと、それまで黙っていたツンツン男がふいにの足首を掴んだ。
「ギャッ!?」
ドテッとその場に倒れ込み、その体勢のままで男を睨み付ける。
「何すんのよ!!」
「お前、以外と足太ぇな?」
「んなっ!?」
自分をコケさせておいて、あまつさえレディに失礼な事を抜かすこの男。
最悪な事に足首を掴んだまま放そうとせず、身を起こそうと仰向けになったに覆いかぶさった。
「お……重いぃ………」
「そうか?」
全体重を乗せられる形で覆いかぶさられたが、苦しそうに唸る。
それを悪気もなく笑いながらも、男はを放そうとしない。
「………何なのよぉ……」
「惚れた」
「……………………………………は?」
話の展開が全く読めないをよそに、男は顔を上げて、と見つめあう体勢になった。
「………えっと」
「甘寧だ。甘興覇」
「あぁ失礼。じゃあ甘君」
「興覇で良い」
「興覇、良い天気だね〜」
「はぐらかすんじゃねぇ」
嘘臭い笑顔を作って何とかこの状況から抜け出そうとするが、甘寧という男は放してくれそうにない。
「だから、お前に惚れたっつってんだよ!」
「へぇ!?」
いったい先程の状況からどうやったら惚れられるのか?
理解出来ないにニヤリと笑いながら、男はをジッと見つめた。
「いやな。あんだけ良い音させて頬張られたのなんか始めてだからよ」
「………………それとこれと何の関係が………」
「だからよ。俺ってこんな見てくれだからよぉ。怖がってんな事する女、居なかった」
「はぁ、そうッスか………………」
ここで男は一呼吸置いて、鼻と鼻が触れるぐらいの距離まで詰め寄り、目を閉じた。
「だからよ。俺の女になってく……」
「無理だ」
答えを待つ様に瞳を閉じていた男の言葉を遮ったのは、やはりこの男達。
馬超・趙雲のお兄ちゃんコンビと、の取り巻きの姜維・陸遜。そして仲良しの小喬。
彼等は余程の死闘をしたのか、ボロボロになりながらも甘寧の真後ろに立って、殺気立ったオーラを放っていた。
余談だが、彼等をボコボコにしたのは趙雲。
より課せられた指名『後は宜しく』により、後回しにするよりは…と、とっととカタをつけたのだ。
美形組の馬超・陸遜、そしてある意味巻き添えを食らった姜維。
唯一小喬だけが「女性なので」との配慮により、お尻ペンペンの刑だけで済んだ。
後で小喬は姉の大喬の所で『趙君の顔、笑ってても恐かったよぅ!』と泣きついたとか。
趙雲はその事後処理を終えてを探しに旅立ったが、ならば俺も行く、とこれだけの人数が揃った。
そうして探している内に姜維が「そういえば、一人で食事してみたい場所があったとか…」という話をしたので、ソッコーでその場所へと大移動したのだった。
そしていざを見つけると、どこぞのヤンキー(甘寧)に組み敷かれているではないか。
瞬間、馬超と趙雲の目が座ったのを、先程ペンペンされた小喬が目撃した。
二人はと甘寧が何を話して何故あの体勢に至ったのか、気配を消して甘寧の背後へと回り、愛用の武器を懐に忍ばせて近付いた。
要するに、『心配して探していたら、甘寧に押し倒されているが居た。話を聞こうと近付いたら、甘寧がいきなり告白をした』という感じである。
「興覇…………」
「どういう事ですか………?」
「あん?孟起に子龍じゃねぇか。お前等こそ何だ?」
恐ろしい程に冷徹なる眼差しを送る男前コンビに、甘寧は舌打ちをして『今良い雰囲気なんだから邪魔すんな』ばりに、追い払う様にシッシッと手を振る。
それに対して無双ゲージがMAXになった二人が、カッと目を見開いた。
「俺は今、この女口説いてる最中なんだよ。邪魔すん………」
「正義を守る!!」
「いざ勝負!!」
ウザったそうに身を起こそうとした甘寧に、兄貴コンビの華麗な檄・無双乱舞が襲いかかった。
哀れ。
甘興覇は告白の答えももらえないまま、晴天のお星様になったのであった。
そしてここにも哀れが一人。
「どうして嫌がらなかったのだ!?」
「いや……本気だと思わなくて………」
「、あなたはその様な、軽い女性ではないでしょう?」
「だから……人の話聞こうよ、子龍兄………」
「口答えをするな!」
は特に自分が悪くないのにも関わらず、今日一日中、兄二人に説教されるハメになった。
「くっそー!俺はぜってー諦めねぇからな!!」
お星様になった甘寧は甘寧で、絶対にを自分のモノにしてやる!と固く心に誓うのであった。
ある昼の出来事。