[Boys Ready?]
小喬主催の『男性評価大会』も終盤に差し掛かる頃、尚香を拉致っていた孫権が戻って来た。
彼は本当に尚香を保健室へと連れて行った(縛りつけた)らしい。
ゼェハァと肩で息をしながらも、の姿を見つけると柔らかく微笑んで、彼女の隣に座った。
「お姉ちゃん、これって………」
「小喬もそう感じた?」
その孫権の様子から、女の第六感で何かを感じ取ったのか、喬姉妹はコソコソと耳打ちし始めた。
「もしかして孫君ってちゃんの事……」
「私もそう思ったわ」
「えー!?ちゃんモテモテ?」
「さんには、この態度だもの」
「姉妹揃って内緒話?」
「何の話だろうな?」
姉妹で何か内緒話をしているのを見ながら、がチョコクッキーを口に入れる。
孫権も彼女の隣でそれに習い、レモンクッキーを口に入れた。
「でもでも!そんな事が馬君にバレたら殺されちゃうんじゃないの〜?」
「小喬ったら!縁起でもない事言わないで。あの甘さんでも半殺しで済んだのよ?」
「だってさ〜!」
小喬も大喬も興奮の余り、段々と声が大きくなっている。
可愛い顔をして『半殺し』という言葉を笑顔で吐いた大喬に、些か戦慄を覚えるが、は空耳だと取る事にした。
しかし、と孫権が、クッキーを頬張りながらその会話を聞き取ろうとしている事など、当の二人には分からない様子だ。
「何?興覇の話かね?」
「………………………」
が甘寧の名前を上げた途端、孫権は黙りこくった。
「………?権ちゃん?」
「……………………。話がある」
「……何?」
急に孫権が、真面目な顔つきで見つめて来たので、は何事かと顔を顰めた。
喬姉妹は、相変わらず二人でコソコソと話し合っている。
「興覇の事。どうする気だ?」
「興覇がどしたの?」
「告白されたのだろう?」
「あぁ………うん」
は少し俯き、困った様に笑った。
それが『どうしようか迷ってる』と訴えているのは、孫権にも分かった。
一呼吸置いて、が苦笑しながら顔を上げる。
「あたしは今は興覇と付き合おうとは思ってないし」
「……興覇はあぁ見えて、面倒見も良いし男らしい奴だぞ?」
「あはは!何?後押し?」
「真面目な話だ」
とここで、孫権は一呼吸分区切った。
も笑っていたのを止めて、一つ溜め息を吐く。
「……真面目な話、本当に興覇と付き合うつもりないし」
「……………そうか」
にそう言われ、孫権はホッとする自分に気が付いた。
だがT他の男に先を越された″という現実に、心の中で歯噛みする。
更には、甘寧を引き合いに出した自分に対して、自己嫌悪した。
『私は……全然駄目な男だ………』
「権、どしたの?大丈夫?」
「……ん?あ、あぁ。済まん、大丈夫だ」
ホッとするやら自己嫌悪に陥るやらで、表情のコロコロ変わる孫権を心配したが肩を突つくと、彼はハッと我に帰った様に笑顔を作った。
「………変な権」
「す、済まん………」
ジト目で見つめるから視線を逸らし、再び喬姉妹に視線を遣ると、二人はまだ話し込んでいた。
「だから〜!絶対に馬君辺りに『明日の日の出を拝めない様にしてやろう』みたいな事言われて〜」
「クスッ!もう止めて小喬ったら!」
孫権には何となく彼女達が話している内容が理解出来たが、は全く意図が掴めていない。
「そんでそこに趙君が『では私も…』とか言って参加して〜」
「そうしたら一方的なリンチになるでしょう?」
「でもそうだよ〜!絶対そうなるって自身あるも〜ん!」
「もう!お腹が痛いわ小喬!」
何がなんだか分からないが、大喬は小喬の話す内容に、耐えられないとばかりに腹を抱えて笑っている。
自身は全く内容が読み取れないので、諦めてクッキーを食べる事に集中し出していた。
一方孫権は、『多分自分がに告白した時の、馬殿や趙殿の反応だろうな』と思って苦笑いしていた。
「だってだって〜!」
「あっ!さん、孫さんごめんなさい。私達だけで盛り上がってしまって………」
暫く姉妹二人で盛り上がっていたが、ふと大喬がと孫権の視線に気付いたらしく、小喬の言葉を遮って謝罪した。
「え?あ、うん。気にしないで続けて?」
謝られたは、特に気にする風もなく、苦笑している。
笑っているを見て孫権も微笑んでいたが、それはバターン!という教室のドアを開ける音で、引き攣り顔に変わった。
「うぉるあぁーーー!!」
「ぎゃん!」
と威勢良く扉を開けて教室に侵入して来たのは、渦中の人、甘興覇。
侵入と同時に、の背中目掛けて抱き着いて来たのだ。
「!会いたかったぜ!」
「ちょっ……何すんだこの野郎!!」
バチーーーーン!!
一目を気にせずハグハグしてくる甘寧に、思わずの平手打ちがヒットする。
「…………」
の男らしい言葉遣いには、思わず孫権も絶句した。
「良い平手持ってんな!さすが俺が好きんなっただけはある!」
「うっさい!離せっつーの!」
渾身の平手をマトモに食らっても、平然としている甘寧に一瞬目眩を覚えたが、孫権にとっての問題はそこではない。
「興覇!を離せ!」
「あぁん?権坊じゃねぇか?どしたんだ?」
「今はそんな話をしていない!とにかくを離せ!嫌がっているだろう!!」
孫権がヤケにマジ顔で反論して来る事に対し、甘寧は『おやっ?』と思った。
それもそのはずで、いつもは誠実・温和・平和主義者な孫権。
物腰も柔らかく、物言いも誠実と優しさが一体になった様な男である。
そんな孫権が、半ギレ状態で甘寧に食ってかかっているのだ。
が好きな男として、甘寧がこれ程『おやっ?』と思うのは、ある意味男の第六感なのかもしれない。
「権坊よぉ……おめぇもしかして………」
「っ!?そ、それ以上言うな!!」
「やっぱり図星かよ………」
甘寧は視線で『お前もの事、好きなのか?』と言うと、孫権は少し頬を赤くしながらも『そうだ』と甘寧を見つめた。
「興覇、重いから離して」
「おっ!?ワリィワリィ!」
がいい加減にしてと言わんばかりの溜め息を吐くと、甘寧は素直に巻き付けていた手を解いた。
「あ、そうそう。興覇ちょっと良い?」
「あん?別に構わねぇぜ?」
ふいにが口を開き、御指名のかかった甘寧は、嬉しそうにの肩に手を置いた。
それを目の前で見せつける様にされた孫権は面白くない。
知らず知らずに彼の目は座り、彼にしては珍しく、ムッとした表情になった。
甘寧が「外で待ってる」と言って教室から出て行くと、は小喬達に小声で話し掛けた。
「皆、ちょっと待っててくれる?」
「告白の返事〜?」
「うん。ちゃんと返事はしなきゃダメっしょ?」
「分かった〜!行ってらっしゃ〜い!」
「話したら帰って来るから」
小喬は楽しそうに手を振り、それを返しながらは笑って教室を出て行った。