[大いなる誤解]






教室を出て向かった先は、体育館。

今日はここで部活がないので、二人で話すには絶好の場所だった。



「で、答えくれんだろ?」

「うん……………」



入ってすぐに、甘寧が口を開く。

は言い難そうに、俯いていた。



「んで、答えは?」

「……………………………………ごめん」

「そっか…………」



が変わらず俯いたままT告白の返事″を告げると、甘寧は素っ気無い返事をしつつ、床にしゃがみ込み頭をガリガリと掻いた。

二人しかいない体育館を、静寂が包む。

すると、ふいに甘寧が顔を上げて、立っているを見上げた。



「お前、好きな男居んのか?」

「えっ?ううん、居ないけど………」

「ダメな理由、聞かせてくれっか?」

「うん………」



ここでが一つ間を置いた。



「知らない人にいきなり『好き』って言われても…………」

「…………だよなぁ」



に理由を聞いて納得がいったのか、甘寧が残念そうにそれに賛同した。



「ならよ、友達から……とかならどうだ?」

「交際前提なら遠慮するかも……」

「じゃあまずは友達になってくれ!はどうだ?」

「……純粋に『友達』ならオッケーだけど?」

「決まりだな!」



それだけでも嬉しかったのか、甘寧がニッと笑いながら手を差し出す。

もそれに習い、力が抜けたのかフッと笑って握手を交わした。



「これからヨロシクな!!」

「こちらこそ宜しくね、興覇!」










ここで、この二人の後をコッソリと付けていた小喬・大喬・孫権の話をしよう。



彼等は二人が体育館に入って行ったのを見て、我先にと後を追った。

『早く見たい〜』『断わると言っていたが、本当は遠慮しているだけなのでは?』『さん、ごめんなさい』と、三者それぞれの思いを抱きつつも、覗きを開始する。

体育館の奥の方で当の二人は話をしていた様で、会話の内容などは全く聞こえなかったが、甘寧ががっくりとしゃがみ込んでいる辺り、振られたのだろう。



『やっぱり振ったんだ〜?』

!!』

『本当ごめんなさい……』


小喬は何も考えずに一人楽しんで、孫権は『これで自分に望みが出来た』と感動し、大喬は相変わらず心でに覗き行為を詫びていた。



「って、アレ?」

「なんだ?握手をしているぞ?」

「あぁ、さんごめんなさい……」

と甘寧にも何か変化があった様で、甘寧が嬉しそうにと握手を交わしている。

その光景に小喬は『やっぱりオッケーしたんだ〜!』と勘違いし、孫権も『………信じていたのに』とやはり小喬以上の勘違いをしてしまった。

そして、後からすれば、現場を見つつブツブツと呪文の様に目を瞑って謝っている大喬には、その光景が頭に入っていなかったのが悪かった。



「タイヘ〜ン!馬君達に報告しなくちゃ〜!」

……………………くぅっ!」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」



小喬はこうしてはいられない、とばかりにダッシュで馬超達に報告へと向かい、孫権はこの世の全てが憎い!とばかりに泣き崩れた。

ここで大喬が冷静であったのなら、後の大惨事は回避出来たのかもしれない。










その日の夜にと甘寧は、馬超達にロビーへ呼び出され、何事かと駆け付けた所、甘寧は勘違いの連鎖反応で怒り狂った馬超と趙雲に半殺しにされ、は趙雲に「男と言うのは……」と云々説教されるハメになった。

余りの話の食い違いに、がいくら『勘違いだ!』と言ってもそれは聞き入れられる事はなく、たまたまロビーを通りかかった孫堅の手助けにより、この修羅場はお開きとなった。



翌日、馬超から「小喬に聞いた」と言われて彼女を問いつめると、「だって握手してたからてっきり……」と覗きを謝られる所か、逆に半泣きにさせてしまった。

彼女の話によると、他に覗きをしていたのは大喬・孫権と、昨日のお茶会メンバーとの事だったので、大喬に『馬ッチ達に説明してくれ』と頼んだ所、覗きをしていた事も含めに謝罪し、申し訳なさそうに彼等に説明してくれた。

大喬の説明とあってか、ようやく馬超と趙雲は納得してくれた様で、二人でに「済まなかった」と謝って来た。

後に小喬も、姉の大喬に連れられて覗きをした事を謝ると、彼女に謝るべき人間は、残るは一人。



小喬に「孫君も勘違いしてたよ〜?」と言われたは、孫権を屋上に呼び出して、事の全てを報告した。

それを聞いた孫権は、心無しかホッとした様子だ。



「んで、あたしに何か言う事は?」



がキッと睨みつける様に言うと、孫権は途端にバツが悪そうに、目を泳がせる。



「いや、その……あの…………」

「言い訳すんな!!男らしく腹括れ!!」



の怒声に、思わず孫権がビクッと肩を引き攣らせる。



「す、済まなかった………」

「覗きするなんて最低だと思わないの!?」

「お、お前の言う通りだ……」



怒り狂うの態度に、孫権は本当に申し訳なさそうに謝罪した。

その様は、親に叱られてしょぼんとしている子供のようだった。

そして彼の頭は、段々と顔が見えなくなる程に下を向き、まるで死刑を待つ罪人をも思わせる程。


よっぽど自分が犯してしまった罪に対して、自己嫌悪しているのであろう。

それが手に取る様に分かったは、許してやる事にした。



「全く………」

「本当に済まない……」

「もういいよ」

…………?」



フウと溜め息を付くと、は孫権を見つめる。

孫権は顔を上げて、を見つめ返した。



「今度やったら本当に許さないからね!」

「………許してくれるのか?」

「権は一番の友達だから、特別に許してあげるって事」

…………ありがとう」

「寛大なあたしに感謝する様に」

「あぁ」



途端にプッと笑ったを見て、孫権はやっと笑顔になった。





「ん?」

「先程、一番の友達と言ったが………」

「権ならなんでも話せそうな気がしたから、そう言っただけ」

「そうか。なら馬殿や趙殿は?」

「家族……みたいな感じかな?」

「そうか」



孫権はそこでフッと息を吐く様に笑った。



「どしたの?」

「いや、なんでもない」

「教室戻ろうよ」

「あぁ、行こうか」



『まぁ、ここからがスタートというやつだな………』



そう思い、孫権はに笑いかけながら、教室への階段を下った。










しかし、ここにも納得出来ない男が一人。



「ちっくしょー!俺の事忘れてんじゃねーぞコラァ!!」



人知れず簀巻きにされた状態の甘寧。

彼が体育館の倉庫から発見された、と聞くのは、が馬超達に「そういえば興覇は?」という言葉を口にしてすぐの事である。