[コ・イ・バ・ナ]
呂布に連れられてやって来たのは、裏中庭…………通称『桃の間』だった。
ここで、ライトに説明しよう。
この学園はとにかく広い。
広過ぎる。
その余りの広さに、土地が余ってしまっている状態だ。
土地が余る、という事はすなわち。
『もったいないから、T〜の間″みたいなのを作ってみよう!』という学園長の提案が出ちゃうのも、仕方ないじゃない?
って感じである。
故にこの学園には、T〜の間″と称される場所が、数多く点在していた。
呂布に腕を捕まれ、半ば引きずられるような状態で来た。
そろそろの腕も、限界である。
「ちょっと!腕痛いんだけど!?」
「む………?」
がキレ気味で声を上げると、呂布は視線だけこちらに振り返り、眉を上げた。
「イテーっつってんだよ!!ヴォケが!!!」
「ふん!随分と口の悪い女だ」
「じゃかましゃ!とにかく離さんかい!!」
鼻を鳴らしつつ呂布が腕を離すと、彼女は肩でゼイゼイと息をしている。
どうやら、彼の歩幅が大き過ぎて、彼女にとっては『小走り』するものだったらしい。
は一通り呼吸を整えると、呂布を睨み付けて、噛み付かんばかりの勢いで言った。
「あんた、女の扱いなってねーんだよ!!!」
「………扱いだと?」
「扱いだよ、扱い!!」
呂布が「意味が分からん」と言いたげに、首を傾げてを見つめる。
は、腰に手を当てながら、彼の鼻先に指を突き付けた。
「あんた!彼女居た事ないでしょ!?」
「……………っ…………!!」
の言葉に、Tガーン!!″と音が付きそうなぐらい、呂布がショックを受ける。
どうやら図星だったようで、彼は急に、デカい図体を丸まらせて、地面に『のの字』を書き始めた。
先程のVS馬超との、睨み合いの気迫はどこへやら。
急に縮こまってしまった呂布に、は正直慌てた。
「ちょっ……ちょっとあんた………」
「……………ふん」
「な、何よ。いじけちゃったの?」
「……………ふん」
何を言っても鼻しか鳴らさない彼に、も一緒になってしゃがみ込んだ。
「何よあんた。デカい図体して、以外と肝っ玉ちっさいんだ?」
「……………ふん」
「ふんふん言うな!!」
と、の張り手が、彼の肩に盛大にヒットした。
だが、彼は全然痛くなさそうだ。
「ちょっと!人呼び出しといて、言う事はそれだけ!?」
「………………」
激怒一歩手前で立ち上がったに、呂布は黙り込んでしまった。
全く…と思いながらも、は彼の肩に手を置いた。
それにチラッと目線を寄越しながら、呂布はポツリと言った。
「あの学年は……お前と、あのキャーキャーと五月蝿い女しか、いないのか?」
「へ?」
その言葉に、は首を捻った。
呂布は何が言いたいのだろう?
すると、彼は続けて言った。
「あの小煩い女に相談するよりは、お前の方がマシだと思ったんだ」
「『マシ』って何だよ、『マシ』って!?」
「ふん!お前………口は固いか?」
「はぁ!?」
呂布君。どうやら、勝手に話が進んじゃってる御様子。
は「主語が抜けてる」と伝えようとしたが、それを彼は遮った。
が額に手を当てて、溜め息を吐くと、彼はまたも鼻を鳴らしながら言った。
「貴様……2学年に居る、貂蝉先輩を知っているか?」
「え?」
「貂蝉先輩だ」
「えっと……」
どうやら呂布は、2学年にいるというT貂蝉先輩″のトークに入ろうとしているらしい。
だが、ぶっちゃけには、2学年の貂蝉と言われても、分からなかった。
困ったような顔をしているに、呂布は続けた。
「知らないのか?」
「ごめん、知らない」
「……………」
呂布は黙り込んで、再び『のの字』を書き始めた。
うわー扱いにきー奴、と思いながらも、は聞いてやる事にする。
「でも……話聞くぐらいなら出来るよ?」
「ふん………知りもしない女に、用はない」
ドカッ!!
それと同時に、『桃の間』には爽快な音が響いた。
が、呂布の尻を蹴り上げたのだ。
彼はもんどり打って、顔面から地面とコンニチワ!する。
「っな…………!?」
「わざわざ腕を痛めてまで来てやったあたしに失礼じゃネェ!?」
「貴様…………」
呂布が顔面を擦りながら身を起こすと、が背後にすんごいオーラを漂わせながら、仁王立ちしていた。
言葉遣いも、まるでどこかのチンピラである。
「ふざけるな!!何故この俺が、いきなり蹴られねばならんのだ!?」
「ふざけるなはこっちの台詞だ、カスが!!」
「っ…………」
ドス黒いオーラに染まりつつあるに、彼は口を閉ざした。
ってゆーか、その姿は、まるでどこかの『兄貴』を見ている様である。
T義″でも、兄妹は似てしまうのだろうか?
黙り込んだ彼に一瞥くれながら、は言った。
「『話がある』って来てやりゃあ……。『用はない』だと?あんた一体何様だ!?」
「……………」
「貂蝉先輩っつー人、正直あたしは知らねーよ!だけど、『用はない』はないだろ、『用はない』は!!」
が一気に捲し立てると、呂布はシュンと落ち込んでしまった。
何度も言うが、デカい図体の割に、肝っ玉が小さい様子。
すると、呂布は小さく言った。
「…………ふん、済まなかったな」
はなんとなく、『これが彼なりの精一杯の謝り方なのだろう』と思った。
だから、ムスッという表情はしつつも、許してやる事にする。
「今度そういう言い方したら、顔面膝蹴りだからね?」
「…………」
「分かった?」
「……………ふん!」
まぁいっか、と思いながら、ふとある人物が頭に浮かぶ。
『彼女』なら、その貂蝉先輩とやらの事を、色々と教えてくれるかもしれない。
だから、は呂布に言った。
「ちょっとさ。2学年行ってみようよ?」
「………!?」
「いや、嫌がらせじゃないから。あんたに紹介したい子が居るのよ」
「俺に……?」
「そう」
はそう言うと、呂布に立ち上がらせて、2学年に向かった。
「あ、権!!」
「ん?おぉ、か!」
呂布を連れ、2学年へと行ったは、教室を覗いた。
すると丁度良く、孫権が通りかかった。
手を振りながら呼ぶと、彼はパァッと顔を明るくして彼女に走り寄った。
「珍しいな、お前がこの教室に来るとは」
「うん、ちょっとね〜」
と、ここで孫権が、の背後にヌボーッと立っている呂布の存在に気付く。
「、こちらは?」
「ん、え、あぁ。これは呂君。今日から内の学年に入って来たんだよ〜」
「そうか。私は孫権仲謀と言う。宜しく頼む」
「…………ふん!」
孫権の出した右手を、少し照れくさそうに鼻を鳴らしながらも、呂布は掴んだ。
どうやら、天の邪鬼な態度を取りつつも、早速友達が出来た事が嬉しいらしい。
それを見ていたは、思わず苦笑した。
「ところで、一体どうしたのだ?」
「あぁ、そうそう。ねぇ権、大喬ちゃん今日来てる?」
「ん?来ているが……」
「悪い!呼んでくれないかな?お願い!!」
両手を顔の前で合わせ、上目遣いでTお願い″して来るに、孫権の顔が真っ赤に染まった。
どうやら、ツボにヒットしてしまったらしい。
彼は頬を掻きつつ、「待っていろ」と言って、教室へ入って行った。
暫く待っていると、大喬が顔を覗かせた。
「あら?さん、どうしたんですか?」
「大喬ちゃん!お願いがあるんだけど!!」
「え、は、はい……何でしょうか?」
の程よい剣幕に押され、大喬は目を丸くする。
取りあえず呂布を彼女に紹介し、事の次第を話した。
「はい、そういう事なら……」
「本当!?恩に切るよ〜!」
程なくして、話しを聞いていた大喬が、笑って小さく頷いた。
それに「感謝〜」と言いながら、が彼女を抱き締める。
大喬はそれに照れてしまったらしく、少し頬を染めていた。
が大喬に相談したのは、『呂布に貂蝉先輩の話を聞かせてやってくれ』という事。
は貂蝉先輩と全く面識がないし、それに接点も何もない。
だから、から呂布に対して、彼女の情報に関しては、何一つ協力する事が出来ないのだ。
なので、貂蝉先輩と同じ学年である大喬ならば、彼女の話を聞く事ぐらいなら出来ると思ったのだ。
大喬に呂布を引き渡し、は教室に戻ろうとした。
それを、呂布が「おい」と言って引き止めた。
「ん、何?」
「…………何故何も聞かんのだ?」
「何が?」
「……………」
黙ってしまった呂布に、は意地悪く笑う。
彼女は、『男が女の話をする』など、大抵は一つしかない事を知っていたから。
は手をヒラリと振りながら、呂布に言った。
「貂蝉先輩とやらのTコイバナ″なら、あたしより大喬ちゃんの方が、良いって思っただけだから」
「………コイバナ?」
呂布にとっては理解不能な単語。
けれど、女の子達にとっては、当たり前な単語。
それに苦笑を返して「じゃね!」と言って、は1学年の教室に戻って行った。
「………コイバナ?」
一方、残された呂布は、首を傾げていた。
それを見て、大喬がクスリと笑う。
「……何が可笑しい?」
「いえ、何でもないですよ?ふふっ」
それでも小さく笑う大喬に、呂布はますます首を傾げた。
「コイバナ?コイバナ……?」と言いながら。
だから呂布は聞こえなかった。
横に居た大喬が「コイバナは……T恋のお話″って言う意味ですよ」と呟いた事を。
恋の話。
略して
Tコ・イ・バ・ナ″