[波乱]
馬超と夏侯惇とという異例の組み合わせでカラオケに行った。
室内に通され微妙な空気の流れる中、まずマイクを取ったのは以外にも夏侯惇だった。
馬超はそれにT先を越された″と表情を顰め、は『元譲様の渋声で歌われたら腰抜けるかも』と顔をニヤけさせている。
夏侯惇はそんな彼等を見る事もせず鞄をドサリと机に放ると、無言でリモコンを使い曲を打ち込んだ。
そして流れて来た曲に、二人は意外な顔をする。
「あれ?」
「………どうした?」
が首を傾げると、馬超が彼女を見遣る。
彼女は「なんか意外かも…」とブツブツ呟いていた。
馬超もそれを見ながら「まぁ確かにな」と一人ごちた。
夏侯惇が入れた曲。
それは。
「愛と知っていた〜のに〜」
マサハル来たーーーーーーーーーーーーー!!!!!
福山○晴だった。
しかも結構古いヤツ。
それには内心キャーキャー黄色い声を上げ、馬超はポカンと口を開けていた。
夏侯惇はそれに気付かず、「春はやって来る〜のに〜」と続けている。
「夏侯さんカッコイーーーー!!!!!」
「茶化すな……」
馬超が呆気に取られて放心状態になっていると、が声援を飛ばす。
対する夏侯惇は少し照れたような苦い顔をしながら、まんざらでもなさそうだ。
馬超は『なんかキャラ違くないか?』と思ったが、敢えてそこには突っ込まない事にした。
暫く。
彼が歌い終えると、が『握手して下さい!』と何かのファンばりに駆け寄る。
それに少しばかり照れの表情を出しながらも、無言で手を差し出す夏侯惇。
馬超は彼が歌い終えたのも気付かずに、ただただ放心していた。
ふとが馬超に視線を移す。
そして言った。
「馬ッチ?」
「………………」
「馬ッチ!」
「………………」
「も・う・き?」
「はっ!!」
が字を呼ぶ事により、ようやく我に帰った馬超。
彼は暫くこめかみに手をやり頭を振っていたが、やがて続けとばかりにマイクを手に取った。
「お?次行くつもり?」
「……俺の美声に聞き惚れろ」
「うわー出たよー自意識過剰……」
との軽いやり取り。
馬超はフンと鼻を鳴らして曲を打ち込んだ。
すぐに前奏が流れて来て、馬超がマイクを取る。
の期待も虚しく、今日はCHEMIS○RYではなかった。
あれはデュオなので、どうやら趙雲がいない為歌わないらしい。
そして流れて来た前奏に、は目を輝かせた。
タイトル・『Ever Fre○』
「あ!それって………」
「黙って聞いてろ」
「はーい!」
突っ込もうとすると彼はフッと笑って歌い出した。
は『三国無双』のエンパを買っていたので、すぐにそれが何だか分かった。
だが歌が始まってしまったので、笑顔になりながら座る。
馬超の声が、室内に熱く響いた。
そんな中。
夏侯惇は一人口元に手を当てて彼を見つめていた。
馬超はTVの真ん前を陣取っている為、視線には気付かない。
も同じく、一番後ろに座っている彼の視線に気付くはずもなく。
夏侯惇は不思議に思った。
それは先程の馬超の言葉。
『俺の美声に聞き惚れろ』という台詞。
それは何も知らない者が聞けば「何言ってんだよ」と笑って突っ込む所である。
しかし彼はそれをしなかった。
それは彼が突っ込み系ではないという事ではない。
彼は趙雲や曹操同様、馬超の『過去』と呼ばれるものを知っている数少ない人物である。
それは曹操から聞いた話だから、ある程度の事までしか知らないが。
しかし彼は驚いていた。
馬超がに笑ってそんな事を言うとは。
昔の馬超を知っている者ならば、その台詞に目を見張るだろう。
世の全てを軽蔑し、人に関心を持たず、笑うという事を忘れてしまっていた彼を知っている者なら。
心を閉じて、常に一定の距離を保ち付き合う彼を見て来た者ならば。
だから夏侯惇は、黙っていた。
その台詞になにを言うでもなく。
そして馬超も彼を軽く一瞥しただけで、すぐに歌い出してしまった。
まるで今までの全てがなかった事のように。
『この女がこいつの傷を癒している……………という事か』
夏侯惇はそう結論付けて女性心を奪う彼と、けれど全然奪われそうな傾向にない女性を見つめた。
カラオケを始めて4時間が経過した。
はまだノリノリでマイクを握っていたが、流石に男性陣には披露の色が見え隠れする。
馬超はが『マイクを握ったら満足するまで離さない』という事を、これまでの付き合いで理解していた。
だが夏侯惇は『と一緒にカラオケ』初心者。
彼は流石に疲れて来たのか目で『まだ終わらんのか?』と馬超に視線を送る。
馬超は『こいつが満足するまでは無理だ』とを顎で指しながら返した。
はノリノリで、適当にあるはずのない振り付けまで披露し始めている。
が歌い終えると、夏侯惇が言った。
「」
「はい?」
「疲れんか?」
「いいえ、全然」
笑顔でそう返答されて戦慄を覚える夏侯惇。
馬超はそれを見ながら『だから無理だと言ったろう』と彼に視線をやった。
だが夏侯惇は諦めなかった。
遠回しでダメなら、と直球勝負に持って行く。
「」
「なんですか?」
「俺は………疲れた」
「えっ!?やだごめんなさいあたしったら……」
慌ててマイクを放り投げ、ストックしていた曲を次々と消す。
夏侯惇は少々苦い顔を逸らし、馬超は何が可笑しいのかフッと笑った。
店員さんが部屋を掃除しやすいようにゴミを纏め、鞄を肩にかける。
は「それじゃー行きましょう!」と先頭を切って部屋を出た。
それに馬超・夏侯惇の順で続く。
すると、部屋を出た彼等に声がかかった。
「孟起」
三人が声の方へ振り向く。
その視線の先に立っていたのは。
『うわー!綺麗な人だなぁ……』
の心の声同様。
馬超を呼んだ女性は顔だちがはっきりしていて美しく、背が高めでスレンダー。
言うならば『モデルみたい!』だ。
女性はスリットの入ったロングスカートから見える長い足で、こちらにツカツカと歩いて来る。
そして馬超の前に立つと、何故かをジロリと睨んだ。
はそれに『なんであたしが睨まれなくちゃ……』と困り顔をしたが、女性はすぐに馬超に視線を戻す。
そして。
バシッ!!!
いきなり彼の頬を渾身の力を込めて引っ叩いた。
が驚いて目を丸くする。
夏侯惇は黙ってそれを傍観していた。
馬超が張られた頬に手を当てるでもなく、女性を見つめる。
女性は腕を組むと、言った。
「どういうつもり?」
「………………それはこっちの台詞だ」
馬超がそっけなく言うと、女性はカッとなって声を荒げた。
「孟起っ!!私と『別れてくれ』なんて言っておいて、すぐにそんな子と…………!!!」
「は関係ない」
「嘘は止めてよ!!あなたの顔見てればすぐに分かるわよ!!」
いきなり始まった痴話喧嘩。
夏侯惇はそう取ったが、は何がなんだか分からない様子。
だがそんな事はおかまいなしに、女性は馬超と言い合いをしている。
「全然連絡がないと思ったら、いきなり『別れてくれ』ですって!?冗談じゃないわ!!」
「話はきっちり付けたはずだ」
「すぐに新しい子?どういう神経してるの!?」
「お前も納得しただろう?それに何度も言うが………は関係ない」
キンキンと耳に響く程の金切り声を上げる女性に対して、馬超は冷たくかつ冷静に言い返す。
だんだんとも内容が分かって来たのか、困ったように夏侯惇を見つめた。
しかし彼はから視線を外し、ふぅと短いため息をつくばかり。
「私は納得行かないわ!大体どうしていきなり………」
「来い」
と、女性の腕を掴んで馬超が歩き出した。
彼は一瞬、チラと夏侯惇に視線をやって。
夏侯惇は彼の意図を読み、に視線を返した。
「えっと………」
「帰るぞ」
「えっ?」
「あれはあいつの私情だ。俺達には関係ない」
「でも………」
眉を下げて馬超と女性の後ろ姿を見るの腕を、夏侯惇が引く。
それに抵抗を見せる事はなく、は俯いて腕を引かれるままカラオケ店を出た。
「………そう俯いてばかりいるな」
「あ、済みません………」
カラオケ店を出てと夏侯惇が向かったのは、学園近くのファミレスだった。
店員に席へ通され、夏侯惇が二人分のドリンクバーを頼む。
その間、は終止無言だった。
それに特に何も言う事はなく、彼は席を立ち二人分の飲み者を持って戻って来た。
そしてずっと俯いて、いつもと違い大人しい彼女にそう言ったのだ。
は顔を上げて、彼の持って来てくれた飲み物を受け取る。
グラスの中身は、オレンジジュースだった。
それにピクッと眉を寄せる。
夏侯惇はそれを見て、フッと笑った。
「………何ですか?」
「…………他のが良かったか?」
「いえ…」
「…………なら何だ?」
「子供扱いされてるのかなぁと」
珍しくよく喋る夏侯惇に、は内心驚きつつもオレンジジュースを一口飲む。
彼は笑みを消して腕を組み、コーヒーに口を付けた。
気まずい空気が流れる。
ややあって、グラスをコトリと置いたが口を開いた。
「馬ッチ………大丈夫ですかね?」
「………………」
「見てて思ったんですけど…………あれって痴話喧嘩ってやつじゃないですか」
「………………」
何とかこの空気を打破しようとが喋るも、夏侯惇は無言。
まいったなーと視線を外に遣る。
ふと、彼が口を開いた。
「あれは………あいつはいつもあぁなのか?」
「はい?」
「………馬の話しだ」
「あぁ……」
は暫く躊躇した様子で目を泳がせていたが、やがて言った。
「馬ッチに彼女が居るって事は……今日始めてしりましたけど………」
「違う」
「何がですか?」
「俺が聞きたいのは……あいつはいつもお前とあぁやって、軽口を叩いたり笑ったりしているのかという事だ」
「あぁ………」
そっちの方かとが視線を宙にやる。
ふと思い出す。
いつか、誰か他の人間にも同じ事を聞かれた気がしたから。
『誰だったっけな……?』
だがこの微妙な空気の所為か、思い出す事が出来なかった。
だから夏侯惇に「いつもあんな感じですよ」と苦笑を返す。
彼は「そうか……」と何か考えるような仕草をして、外に目をやった。
『誰に…………聞かれたっけ?』
が再度記憶を探るも、それは思い出される事はなかった。
それを最初に彼女に聞いたのは、同じく馬超の『過去』を何か知っていそうな孫堅だという事を。