[携帯電話]
夏侯惇とファミレスでお茶をしていた。
しかし、どちらかと言わなくても余り喋った事のない彼との時間は、以外と沈黙だらけだった。
沈黙が大の苦手な。
彼女は元々良く喋る為か、シーンとした雰囲気や空気がT超″がつく程苦手。
いつもの彼女なら、相手があまり喋らなくても一人勝手にベラベラと口を動かすのだが、今回ばかりはそうも行かなかった。
お相手は嬉しく気まずい、憧れの『元譲様』。
一部ファン心理というものもあるのだろうが、流石に喋ってもらえないのはキツい。
それが一つ。
そしてそれより何より、先程の馬超が気になった。
ジューー…………ゾゾゾ。
二人の間に、音だけでは理解しかねる不快な音が鳴る。
が先程夏侯惇の持って来てくれたオレンジジュースを飲み終えたのだ。
は自身で出した音に内心あ、やべっと思いつつも、気にしない。
夏侯惇もそういった行為は余り気にしないタイプなのか、外を見ながらコーヒーを啜っていた。
ゾゾゾッゾゾゾッゾゾゾッゾ。
「………止めんか」
「あ、済みません。ヒマだったもんで……」
ジュースの空になったグラスに残っているのは、氷。
それをストローで吸い上げようと努力してみるも、夏侯惇に怒られた。
それでも彼は大人なT注意″という方法。
あちゃーとは軽く肩を諌めて見せ、ペロリと舌を出す。
夏侯惇はやはり気にしないのか、『とにかく子供みたいな事はするな』と言いたかっただけらしい。
外に視線を戻し、またコーヒーを啜った。
「お代わり注いで来ましょうか?」
「………そうだな、頼む」
飲み終えるのを見計らって、が声をかける。
夏侯惇は少し考える仕草を見せたが、すぐにカップをに渡した。
が二人分のお代わりを持って来て、やはり会話の進まないまま、互いに時たま車が横切る外を見て暫く。
どこからか、聞いたようなメロディーが聞こえて来る。
夏侯惇は何だ?と視線を店内に戻したが、が「あっ」と言って自分の隣に置いてある鞄を探った。
『携帯電話の着信メロディか』と一人納得しつつ、彼女を見つめる。
は「済みません」と一言断わると、咄嗟にマナーモードに切り替えた。
どうやら切り替えるのを忘れていたようで、周りにいる客達に迷惑をかけたと思ったのだろう。
携帯から出て来る音に、近くの客達が一斉に彼女に冷たい視線を送ったが、彼女はそれらに申し訳なさそうに小さく頭を下げた。
それを見て、彼は顎髭に手をやり彼女を見る。
以外と礼儀正しい。
最近の若者は、全然礼儀がなっていないにも関わらず、彼女は最低限の礼儀は弁えているように見えた。
目上の者には、きちんと敬語が使える。
『何だよ敬語ぐらい』と考える者もいる、この世の中。
だが彼女はそれを軽視している傾向が見えない。
彼は元々、が馬超などと一緒に普段馬鹿をやっているのを良く見かけていた。
言葉遣いを聞いていた限りでは、敬語をまともに使えるのかと思っていた。
それは自分の勘違いだったのだなと気付く。
そして繁々と彼女を見つめた。
彼女はケータイを耳に当て、電話の相手と話をしつつ「ごめん、今ファミレスに居るからメールにして」と小さく言った。
カチッと電話の小さなボタンを押して、受話終了する。
そして夏侯惇に視線を送り「済みません」とバツが悪そうに小声で言った。
彼はそれに口元が緩まる。
暫くすると、の携帯がブーッブーッと振動した。
彼女は慌ててテーブルに置いておいた携帯を手に取り、カチッと折り畳み式のそれを開き、カチカチと操った。
「…………誰からだ?」
「馬ッチ……馬君からです」
「言い直さなくても分かる」
「そうですか?」
馬ッチとは彼女の付けたあだ名である為、チラと夏侯惇に視線を向けながら言い直す。
だが彼はそれを分かっていたので、苦笑しながらそう言った。
もそれに苦笑を返すと、多分メールを見ているのであろう「え、マジで?」とか言っている。
「う〜ん……」
「何だ?」
「いえ……何か『どこに居る?』って……」
「ここに居ると言えばいいだろう」
「いや………なんか…………」
と、ここでが困ったような情けない顔になる。
夏侯惇はそれに首を傾げながら聞いた。
「何だ?」
「いや………なんつーか………さっきの今だから会いづらいなぁと」
「あれはあいつの私情だと言ったろう?が気にする事はない」
「そりゃそうなんですけど………」
何と返事を返そうか、携帯を見つめて迷っているに、夏侯惇は更に言った。
「別に何事もなかったようにしていれば良いだろう?」
「でもやっぱ気まずいですよ……」
「………………貸せ」
「へ?え、ちょっと………あぁ!!」
ふいに夏侯惇がの携帯を引ったくった。
反応が遅れに遅れた彼女は、ポカンと口を開けてそれを見ている。
「ちょっと夏侯さん、何するんですか!?」
「お前が送れないなら、俺が送ってやると言っとるんだ」
「ひゃー!勘弁して下さいぃー!!」
「中途半端は嫌いでな」
意外な事に、彼は片手で器用にボタンを押し始める。
しかも結構早い。
ブラインドタッチ(?)とまでは行かないものの。
それは『余り携帯を使わない』と言っている典韋や、『ここに入学した時に始めて親に買ってもらった』と言っていた陸遜よりも、断然に。
暫し唖然とそれを見ていると、送信を終えたのか夏侯惇がそれを軽く投げて、に返した。
咄嗟に反応した彼女が、それを上手くキャッチする。
夏侯惇は何故か面白そうに笑った。
「……何がおかしいんですか?」
「さぁな」
が少し拗ねたような表情で夏侯惇を上目遣いに睨む。
だが彼は(珍しく)可笑しそうに口の端を緩めるだけで、何も言わない。
「………なんて入れたんですか?」
「『夏侯さんと一緒に、近くのファミレスでお茶してる〜☆』と入れただけだが?」
「なっ!!」
慌てて携帯の画面を開け、送信画面を見てみる。
すると一字一句違わずに、彼が言った通り上手くの口調を真似て送信終了されていた。
しかも疑われるのを防ぐ為に、トドメとばかりに最後にT☆″までつけてある。
「っ〜〜〜夏侯さん〜〜〜!」
「何だ?の口調そのままだと思うがな?」
「もー!虐めないで下さいよー!」
「ふっ」
どうしてここまで上手く真似て文章を作成出来たのだろう、と口を尖らせ彼にジト目を送る。
だが、はよく見ているなと思った。
彼は小さく笑うと、外を見た。
そして視線をに戻し、ポツと言った。
「返事は返って来ないか」
「え、そうですね」
「拗ねたか」
「あいつすぐ拗ねるんですよー!」
「………………………そうか」
それで口を閉ざした彼に、は首を傾げた。
しかし彼は鞄を肩にかけたかと思うと、「俺はもう戻る」と言って伝票を持って会計に向かった。
「あ!あたしも……」
「構わん。連れて来たのは俺だ。それぐらいは出せる」
慌ててが彼を追いかけ鞄から財布を出そうとするも、彼はそれをきっぱりと断わった。
なんて男らしい。
はそれに内心キャーキャー奇声を上げていたが、やはり危ない女と取られる事を恐れた為、「御馳走様です」と小さくけれど嬉しそうに言った。
ファミレスを出ると、夏侯惇は立ち止まりに言った。
「、お前はここに居ろ」
「へ?何で……」
「馬が迎えに来るだろう?」
「あぁ……」
途端に俯いてしまった彼女の頭に、彼はポンと手を乗せた。
は小さくふぅとため息をつくと、彼を見上げる。
「夏侯さん」
「……何だ?」
「やっぱ気まずいです」
「往生際が悪い」
「……肝に命じておきます」
夏侯惇は軽口を叩けるのなら平気だろう、と言って帰って行った。
その背を見ながら、はもう一つため息を吐いた。