[好きだよ?]






は、変にキレたら暴力に走るらしい。

現に彼女は、彼に更に追い討ちをかけるように、頭やら肩やらをボカスカ殴りまくっている。



「バガァーーーー嫌いだぁーーーー!!!」

「うわっ!?ちょっと待て………………マジ、でっ!?痛い………てっ!?」

「うわァーン!子龍兄に言い付けてやっからなーーーー!!」

「いで!?いででででで」



馬超がどんなに止めようと、は殴る。

殴り、引っ叩き、張り倒す。

馬超はただただ殴られていた。



しかし、ただでやられてばかりいる彼ではない。

彼も痛みの限界点を突破したっぽく、無造作にスクッと立ち上がった。

そして共通で、色んな意味で突破してしまった彼女の手を取る。



こうなってしまったら、が彼に力で適うはずがない。

しかし彼女は、背後に『ゴゴゴゴ』と音がついていそうな馬超を、気丈にもキッと睨み付けた。

逆光からか、彼の顔色は伺えない。



「馬ッヂ離ぜ………」

「……………………」

「離ざないど、蹴るど」

「……………………」



どこかの台詞が、可笑しい。

これを笑い上戸の孫策が聞いていたら、笑い過ぎで腹筋が爆発しただろう。

それは仕方のない事で、彼女は泣いている為に鼻ズルズルだ。



だが、もっと異様なのは馬超。

彼は何も言わず、の腕を無言で掴んでいる。



鼻を啜りながらが彼を見上げていると、いきなり腕をグイッと引っ張られた。

急な事だったので、彼女は反応も出来ずにされるがままになる。



「っ………!?」

「………………」



は馬超の腕の中に、スッポリとはまった。

呆気に取られて、反応が出来ない。

すると、彼女の頭上で馬超がボソリと言った。



「…………済まない」

「…………えっ?」



顔を上げると、磁石のように彼は顔を逸らす。



「済まないって………何が?今の事?」

「…………違う」

「じゃあ………」



「さっきの………カラオケでの事だ」



彼はそれだけ言うと、抱きしめていたを離した。

彼女はそれに、キョトンとした顔をしている。



「何でそれで、馬ッチが謝るの?」

「………………」

「ねぇ?」



が問いつめるも、彼はそれに目を合わせる事なく、その場に座った。

もそれを真似て、彼の隣に腰掛ける。

黙ったままで顔も合わせようとしてくれない馬超を、横目でチラリと見ながら。



少し時間を置いて、彼が話出した。



「あの女なんだがな………」

「あぁ、彼女さん?」

「『元』だ」

「どっちでもいいよ」

「………………」

「で、それで?その彼女さんがどしたの?」



からしたら、『今』でも『元』でもどっちでも同じだろという考え。

馬超はそれにジロリと視線を送ったが、促されたので先を話した。



「この間、別れた」

「ふーん」

「………それだけか?」

「なんで?」

「…………………」



馬超の言わんとする事が理解出来ないのか、があっそ程度に済ませる。

彼はそれに「つまらん」と言いたげに、拗ねた表情を見せた。



「馬ッチ」

「…………何だ?」

「もしかして、妬いたと思ってる?」

「…………………」



返事をしない彼に、が苦笑する。

そして言った。



「別に馬ッチが誰と付き合おうと、あたしがどうこう言える事じゃないっしょ?」

「…………………」

「友達だからって、そこまで干渉しようとは思わないし」



馬超からすると、そういう事を言いたいのではなかった。



彼とその『元』彼女がカラオケ店で言い合いを始めた時、が気まずそうにしていたのは知っていた。

それと同時に『あらぬ誤解をされそうだ』とも。


馬超はモテる。

モテるが故に、一時期は女性をとっかえひっかえして、遊んでいた事もある。

思い出したくもない『過去』を忘れる為に、毎夜女を抱き、日夜酒に溺れていた事も。



しかし今は違う。



と出会い、仲を深めて行く内に、今まで荒れていた自身の胸が、救われて行くのが分かったから。

『誰とも深い仲になりたくない』と思っていた凍った心が、溶けて行くのが分かったから。

だから彼は変わった。

が彼の過去を、一時的な自暴自棄を知らなくても。


実際彼は、周りの人間からも『変わった』と驚かれる程に、変化を遂げつつある。

趙雲も彼と一番近い間柄だから、それをやはり一番近くで見て、そしてその変化に喜んでいた。



要は『更生したのに、にあらぬ誤解を受けたくない』と思ったのだ。

『元』彼女とも、別れ話にはきちんと話は付けたのだ。

ぶっちゃけ、『元カノ』からすれば、馬超が自分と別れてすぐに他の女と遊びに行っている、というのが気に入らなかっただけの話。


男女関係は、色々と難しいものなのだ。

それは男心もしかり。

そして女心も。



ふぅとため息を吐いて、『まぁ変な誤解を受けずに済んだのなら』と馬超がを見る。

彼女は空を見上げて、鼻歌を歌っていた。





「なにー?」

「お前は俺の事を、どう思っている?」

「へぇ!?」



いきなりの馬超の質問に、が目を丸くする。

彼はそれを気にせず、真面目な顔で再度聞いた。



「お前は俺の事を、どう思っているんだ?」

「なにソレ?」

「質問に答えろ」

「えっ………と」



『どう思っている?』と言われても、いきなり答える事は難しい。

は暫く「う〜ん」とか「hぅ…」とか答えを探していたが、やっと納得の行く言葉が見つかったのか、パッと彼を見て言った。



「双子?」

「…………何で疑問系なんだ」

「いちおうタメだし?」

「話が噛み合ってないぞ」

「兄って答えようと思ったけど、タメだからやめた」

「会話のキャッチボールが出来ないのか、お前は……」



額に手を当てながら馬超が再度ため息をつく。

はそれにフフッと笑って、立ち上がった。

そして手摺に右手右足をかけて、乗り越えようとした。



馬超はそれを目で追う。

しかしいくら頑張っても、高めに作られている柵は彼女の身長を持ってしても、超えられない。

彼は苦笑を漏らした。





「なによ?」

「こっち来い」

「?」



言われた通り、彼の真ん前に立つ。

すると先程と同様に、彼はヒョイっと彼女を軽々と抱き上げた。



「ちょっと馬ッチ!?」

「お前が運痴なのが悪い」

「あたしは運痴じゃねー!」

「ほら、捕まってろよ」



そういうや否や、バッと手摺を飛び越える。

はふと、宙を浮く感覚がジェットコースターみたいだ、と思った。



ストッと着地をすると、彼はを降ろしてやる。

は、でもやっぱり地面が一番!と一人笑いながら、ふいに彼に言った。



「ねぇ馬ッチ」

「何だ?」

「言い忘れてたんだけど……」

「?」



「あたし、馬ッチの事好きだよ?」
「っ!?」

「もちろん、子龍兄や典ちゃんや孫君もだけどね!」

「なっ………」



てっきり告白されたのかと思ったが、どうやら違ったらしい。

先程の『どう思う?』発言の続きのようだ。

それと、先程の『イジメ』の仕返し。



はしてやったり!とほくそ笑み、自分の鞄を手に取った。

そして「ちょっとドキッとしたー?」と言いながら、校内に入って行く。



「んなワケあるか…………馬鹿」



彼もそれに負けじと言い返しながら、自身の鞄を肩にかけた。

「早くー!」と言いながら、ヒョコッと校内から顔を出して笑っている彼女。

彼は「ガキだな」と苦笑しながら、追いかけた。



何故か心臓の鼓動が早いのには、気付かないフリをして。