[決闘〜邂逅〜]
馬超の『彼女疑惑』が無事に晴れてから、暫く。
あの後何が起こったのかと言えば、『を不安にさせた』と激怒した趙雲により半殺しにされたり、偶然カラオケで一部始終を目撃していたらしい小喬に「馬君、モテモテだね〜!」とからかわれたり、そこから更に話が広がって、孫権に冷たい視線を浴びせられたり………と色々あった。
しかし、『昔遊んでいた』という噂が、の耳に届く事はなかった。
冷たい目で見られる事はないだろうが、流石に彼女にだけはバレたくなかったらしい。
馬超は一番危ない存在である小喬を、チロルチョコ100個で買収し、孫権等には『言ったらどうなるか……分かってるよな?』という瞳を送ったのだ。
素敵に買収したり脅したりして、何とか最悪の事態は免れた。
しかし予想もしない所で、とんでもない人物が最悪の状況に陥る事になる。
その日の昼休み。
は購買でおにぎりやらウーロン茶を買った後、ノリノリで『柳のほとり』へ向かっていた。
いつもは馬超達やその他の方々と、日々交代で食っていたが、今日は『一人で食べるデー(day)』だ。
そこで一人で食事をしていると、たまーに甘寧が現れたりするが、そこはまぁしゃーないか、と一緒に木に寄り掛かって食ってたりする。
出会いこそ険悪な事この上なかったが、実際に話してみると、見かけの割りには案外良い奴だ。
話していると、面白いし。
そこへ更にたまーに馬超と趙雲辺りが来て、甘寧に無双乱舞を当ててまた去って行くのに、大爆笑だ。
『今日は居るのかな?』
そう思いながら、靴箱で外履きに履き替えていると、後ろから声がかかった。
「おい!!お前!!!」
「?」
後ろを振り返ると、そこにはもみ上げと顎髭、さらには口髭までもが繋がった、ちょっと小太りっぽい感じの男性。
男はを睨み付ける。
は取りあえず、とばかりに首を傾げ問うた。
「…………誰ですか?」
「あぁ!?俺様を知らねぇってか!」
「知らないっす」
いきなり現れて、『お前』呼ばわりされる筋合いはない。
からすれば、はっきり言って『お前が誰だよ』って感じだ。
しかも、初体面である。
それなのに、しつこいが『お前』。
そんな男の失礼極まりない態度に、はムッとしつつも続けた。
「つーか、何か用ですか?」
「用があっから呼んだに決まってんだろ!お前がだな?」
「………………そうですが?」
は明らかに『俺様』な態度の男に、腹が煮え繰り返る。
しかし『ここは一歩大人になって』と自分に言い聞かせる。
そして、にっこりと笑顔を作った。
「じゃーとっとと用件言ってくれません?あたし忙しいんで」
「お………おう」
大人になるどころか黒いオーラを出し始めたに、内心ちょっとビビったっぽい男。
兄が兄なら、その妹もしかりだ。
そんな黒いオーラにちょっとビビりつつ、男は一つ咳払いすると、大声で言った。
「!お前に一騎討ちを申し込む!!」
「…………はぁ?」
「俺と勝負しやがれ!」
「えーと……」
余りの出鼻の挫かれ具合に、は意気消沈してはぁと肩を落とした。
まるで『困ったちゃん出現』と、男を小馬鹿にするように。
それに憤慨した男は、咄嗟に自身の獲物であるのか、棍棒を構えた。
「おら!来い!!」
「……………はぁ……」
「来ねぇんなら、こっちから行くぞ!!」
「いや………あのね………」
「あん?何だよ?」
「取りあえず、名を名乗るのが先じゃない?」
いきなりのバトルの予感に、は『冷静に』と対処する。
そして名乗りを忘れていた男に、そう言った。
男は「それもそうだな」と言うと、ジャキンと構えて言った。
「俺様は夏侯淵!!惇兄の従兄弟よ!!」
「え?夏侯さんの!?」
「そうだ!!だから俺はお前に勝負を申し込む!!」
「うわ意味分かんねー!」
何が『だから』なのか分からないが、夏侯淵と名乗った男はヤル気満々だ。
棍棒をブンブン振り回して、相撲取りが四顧を踏むように、ダンッと床を足で踏み締めた。
対するは、ワケ分かんな過ぎて、呆気に取られている。
だが男は「おら、行くぞ!」と言うと、いきなり彼女に棍棒を繰り出した。
「うぉるぁあ!!」
「でえぇ!?」
余りの唐突ぶりに、が咄嗟に両腕をクロスさせ、目を瞑る。
はっきり言って、棍棒相手に素人同前で、さらに女子という不利。
やべぇって!と思ったその時。
キィン!!
と、金属同士がかち合う音が聞こえた。
目を開けると、そこにはいつでもピンチに現れるっぽい馬超。
彼も自身の獲物を手に、夏侯淵の棍棒を受け止めている。
鍔迫り合いの勃発だ。
「馬ッチ!!」
「まったく……どこに行ったと思ったら」
「だって今日は『一人で食べるデー(day)』だよ?」
「お前と居ると、こんなんばっかな気がするな」
軽口を叩きながらも、男達の鍔迫り合いは止まらない。
ギリギリッ(歯を食いしばる音)、ニギニギッ(武器を握る力を更に込める音)、ギチギチッ(武器同士が奇怪な音を上げてます)。
緊迫する状況。
しかし流石に夏侯淵の筋肉+贅肉?から繰り出される力には適わないのか、咄嗟に軸をずらして流した。
その反動で、夏侯淵は「うぉ!?」と言いながら、転がる。
「ぷっ……」
「て、てめ!!笑いやがったな!この野郎!!」
「あたしヤローじゃないから。アマだから」
がその転び様に、口元に手を当てて含み笑いをすると、彼はムクリと起き上がりながら罵倒する。
はそれに丁重に突っ込みをお返ししつつ、馬超の背中に隠れた。
調子に乗ったのか「行け馬ッチーー!!」と拳をブンブン振りながら。
それに馬超は「阿呆」と彼女の額を軽く小突きながら、武器を納める。
は「いてっ!」と小突かれた所に手を当てて、唇を尖らせた。
「で、一体何があったんだ?」
「でって……」
「また何かからまれるような事、したんだろ?」
「何ソレ!?してねー!!」
ギャンギャンと騒ぎ出す二人。
そこへ蚊帳の外だった夏侯淵が、「だーーーー!!」と声を上げた。
二人は『あぁそういえば』と、彼の存在を思い出す。
「とにかく!!、俺様と勝負しやがれ!!!」
「なーにが『とにかく』!?意味分かんねーし、あんたのそのヒゲも分かんねー!!」
「ばっ!!髭はカンケーねぇだろうが!!」
「知るか!ヒゲめ!!馬鹿め!!!」
子供じみた言い合いが、靴箱周辺に轟く。
片方は『勝負しろ!』で、もう片方は『ヒゲめ!』だ。
ハタから聞けば、どんな会話だと思う事満載。
そしてあろう事か、はトドメとばかりに某黒羽扇の台詞をパクるという荒技に出た。
本人、かなり気に入ったっぽい。
その内『凡愚め!』『爆ぜろ!』とか言いそうだ。
そんなのマイブームはどうでもいい。
問題は、如何にこの状況を処理するかだ。
そして馬超は考えた。
『どうすっかなー』と。
仮にこれが趙雲なら、恐いオーラを発生させながら、夏侯淵に『脅し』という名の和解を申し出るだろう。
奴の暗黒バージョンは、そのギャップもある所為か、恐ろしく怖い。
遼来々も真っ青だ。
だが生憎、この場にいるのは自分。
戦う事には抵抗はないが、傍にはが居るし、校内は乱舞禁止令が発令されている。
別に禁止令を『知るか』と破る事は容易いが、いかんせん甄姫先生が恐い。
そしてもっと恐いのは、彼女と義兄妹の(暗黒の)契りを交わした、趙雲。
先日瀕死の状態まで追い込まれたのに、更に『を危険な目に合わせた』と、覚醒状態・チャージ2→チャージ1→チャージ2→真・無双乱舞という形で、自分に容赦のない攻撃が襲いかかるだろう。
何コンボだ?
チャージ1の繰り返しでも、OK(KO)だ。
後の自分へ降り掛かる惨劇を防ぐべく、なるべくなら戦わずして済ませたい。
だから取りあえず、夏侯淵の話を聞こうと考えた。
「おい、妙才」
「なんだよ!!」
「お前、何でに突っかかるんだ?」
「な、なんでって………そりゃ……」
夏侯淵がドモる。
馬超はそれに片眉を上げて見せ『とっとと言え』と促すが、一向に彼が理由を言う気配はない。
そこへ、が目を座らせながら言った。
「あんたもしかして……特に因縁あるワケでもないのに、闇討ちしようとしたワケ!?」
「んな!?闇討ち言うな!!正々堂々勝負しろっつっただけだろうが!!」
「あれのどこが『正々堂々』じゃこのボケが!!名乗り終えて、いきなり武器も持たない女子に襲い掛かる奴が正々堂々か、恥を知れ!!!こんの………」
「、まぁ落ち着け」
自分で言ってて熱くなってしまったのか、が馬超の槍をブン取り、夏侯淵に突き付ける。
それを馬超が止めた。
「なんだよ!!邪魔すんな!!!」
「お前、手が震えてるぞ?」
「……………」
確かに馬超の言った通り、の槍を持つ手は震えていた。
それはビビっているから、というワケではない。
重いのだ。
馬超の槍が。
要は、余りのその重さに手がプルプルしてしまっている、という事。
が口を閉じてバツが悪そうにそっぽを向くと、馬超はふぅと彼らしくもないため息を付いて、それを取り上げる。
ふいに、まじまじとその様子を見ていた夏侯淵が、ポツッと口を開けた。
「惇兄と………カラオケ行ったらしいじゃねーか」
「へっ?」
「だから!!お前、惇兄とカラオケ行ったんだろ!?」
「え、あぁうん」
「くあーーーっ!!!」
問われるままに答えると、夏侯淵は急に奇声を上げはじめる。
そして悔しそうに「かーーーっ!」と言うと、両手で頭を抑えながら床を転がり始めた。
と馬超は、それを呆気に取られ見ている。
「くっそーー!!なんで俺とは『誰が行くか』とか言うのに、こんな奴と……」
「ちょっとお待ち!!『こんな奴』ってのは、あたし!?」
「お前意外に誰が居んだよ!!ちくしょーー!!まだ俺は負けたワケじゃねーからな!!!」
「あんた支離滅裂だから!!」
いちいち大声を出さなくては気が済まないのか、夏侯淵とはギャーギャーと騒ぐ。
それを傍観していた馬超は、『あぁなるほど』と一人納得した。
「おい、妙才」
「だから何だよ!?」
「お前、に夏侯取られたと思ったのか?」
「っ………!!」
途端に閉口してしまった彼に、馬超は「やっぱりな」と呆れたように目を逸らした。
夏侯淵のブラコンぶりは、校内でも有名である。
それは生徒教員全ての一般常識とされている程。
いつも「惇兄ー!」と、夏侯惇の背を追っかけ回す姿は、思わず『およよよ』と泣いてしまう。
嫌に納得してしまった馬超は、額に手を当てため息を再度吐きながら言った。
「妙才、お前は勘違いしている」
「何をだよ?」
「あの時、俺も行ってたぞ?」
「何っ!?」
夏侯淵が驚愕に眉を上げ、は直感で『こいつブラコンだ!』と彼を見つめている。
馬超は呆れ返り過ぎて、続きを言うのもウザかった。
しかしの為ならば!と口を開く。
「だから夏侯とは何でもない」
「そうか!?」
「あぁ」
「でもなぁ……」
夏侯淵はそう言うと、髭をザリザリしながら思案顔になる。
そして、に目をやった。
「おい、」
「ん?」
「でも俺様と、一騎討ちしろ!」
「はぁ!?何でよ?誤解解けたんでしょ?だったら……」
「俺がお前に勝ったら、俺と二人で惇兄とカラオケに行ってもらう!!」
「意味分かんねー!!」
本日、何度その台詞がの口から飛び出ただろうか?
もう数えるのもめんどくさい。
ってゆーか、『なんでに勝ったら、夏侯とおめーがカラオケ行くんだよ?』と馬超は思った。
は「冗談じゃない!」と首を縦に振ろうとしなかった。
夏侯淵は「絶対にうんと言うまで、付きまとってやる」ばりに、プッシュな予感。
だからここは仲裁する立場の人間として、馬超が言った。
「」
「ん?」
「受けてやれ」
「はぁ!?馬鹿じゃないの!?」
「馬鹿でも何でもいい。受けて立て」
「冗談じゃ……」
『素手の女子が、棍棒持った大の男に適うワケねーだろ!』と怒りを露にし始めた彼女に、馬超は耳元で小さく言った。
「この俺が勝算なく、こんな馬鹿げた勝負を引き受けさせるとでも、思ったか?」
「?」
「安心しろ。お前には、指一本触れさせん」
「どうやって……」
「始まれば、分かる」
コソコソとやり取りする二人を見て、夏侯淵は「なに内緒話してんだよ?」と訝しげに見る。
それに馬超はニヤッと笑って見せ、は変わらず首を傾げていた。
馬超の『勝算』とやらが何かは分からないが、取りあえずは夏侯淵に『Yes』を返した。
そして、『と夏侯淵が一騎討ちをする』という噂は、その日の内に、UFOが地球を7周するより早く、校内に駆け巡った。