在学編


[従兄弟殿]






今日この日、は心の底から感謝した。

日程に。



普通の高校ならば、科目によっては移動授業だが、この学園は幸いというか、先生がわざわざ教室までやって来てくれるのである。

しかし、今日はいつもと違い、移動授業が多い。

おめおめと教室に戻れば必ず兄貴ーズに捕まるが、それを先読みして行動すれば、『道徳・体育』と続く授業では、奴等は絶対に自分を捕まえる事が出来ないはず。



なのでは、一時限目終了のチャイムが鳴ると同時に、『馬ッチと子龍兄が来る前に』と、大急ぎで保健室を後にした。



ちなみに、保健室を預かるのは『馬岱』という若くて素敵な男の人。

そういえば、前に祝融先生が「新人でピチピチの若い兄ちゃんが、臨時で止めた奴の変わりに保健室を預かる事になったから、仲良くしてやんな!」と言っていた気がする。

しかし何となく、見た感じが馬超に似ている気がしたが、持っている雰囲気が正反対だった為、他人の空似ってあるもんなんだなぁと思いつつ、お礼を言って保健室を後にしようとした。

だが扉を閉める際、馬岱は「私は構わないけれど、単位の事も考えて」と、笑っていた。

ヤベぇバレてる、と思ったが、は素直に「済みません」と苦笑いを返し、その場をダッシュで後にした。










「ふぅん。あの子がさんか…………」

仮病を使い、一時限目をサボった女性が去った後、馬岱は目を細めて笑っていた。



馬岱は、という生徒を知っていた。

実際、彼女と対面するのは今日が始めてだが。

彼は、ある人物に彼女の話を聞いて、顔や態度には出さねども、興味があった。



暫くすると、保健室の外からは、猛ダッシュする音が向かって来た。

足音からして、男二人分だろうか?

何となく、その犯人が誰だか分かったので、彼は態とそしらぬフリをして、薬品やらの整理をし始める。

その直後、ドバン!!と音がしたかと思うと、彼の予想通り二人の男が息を荒げて入って来た。



!!!」

「隠れても無駄だ、悪いようにはしないから、出て来るんだ!!!」



入って来たかと思ったら、急に息巻いてベッドやら、壁と棚の間―――隠れていると思ってるらしい―――を次々と覗きながら、馬超・趙雲の順で声を上げた。

それに、馬岱は苦笑しつつ、「どうしましたか?」と優しく声を作った。



「どうしたって…………………岱!?」

「なっ!?何故、岱殿がここに!!!」

「ふふ、先日から臨時教員として、ここに配属されたんです」



知り合いなのか、馬超と趙雲が思いっくそ驚くと、馬岱はさも面白そうにクスクスと笑う。

馬超も趙雲も、先日祝融先生から『臨時で保健職員が入った』とは聞いていたが、まさか知り合いが居るとは思わなかったらしい。

知り合い、と一概に言っても、彼等は馬岱とそれ以上の付き合いがある為、驚きも二倍だ。



ちなみに、の話を彼にしたのは、他でもない趙雲。

実は、馬岱は馬超の従兄弟であり、馬超と趙雲が共有する『ある事件』の当事者でもある。

故に、趙雲は彼に「孟起が笑うようになった」とメールをしたり、電話をしたりしてこまめに連絡を取っていたのである。

そんな事は露程も知らない馬超は、「なんでお前が臨時教員なんだ!!」と、に逃げられた怒りを彼にぶつけている。



「孟起、が見つからないからと言って………」

「煩い!おい、岱。あいつは何所に行った!?」

「あいつって誰の事ですか、兄さん?」



馬岱は馬超の従兄弟であるが、彼を『兄さん』と呼ぶ。

それは、いかに彼等の仲が良かったか、伺う事の出来る一つの手段。



今し方出て行ったばかりだと言うのに、馬岱は白々しく、息巻く馬超に笑顔を作って見せる。

趙雲は、彼にの事を話しているので『馬岱がそれを隠している』と分かっていた。

そして、何故馬岱がそのような意地の悪い事をするのかも。



馬岱は、唯一馬超を軽くあしらえる男だ。

趙雲も、馬超のあしらい方を知ってはいるが、彼程ではない。

そして馬超自身、自分の『言われて嫌な弱点』を知り尽くす従兄弟に、苦手意識を持っていた。

なので、馬岱から連絡をする事はあっても、馬超から用件なしに『元気か?』という事は、まずない。



しかし馬岱からすれば、馬超は従兄弟であり、兄と慕う存在だ。

確かに口喧嘩では毎回勝ってしまうが、何も久々にあった弟分をスルーして、目的の女性を探しに行く事はないではないか。

そう言う意を含ませて、彼は馬超にしらばっくれて見せたのだ。



その意味をしっかり受けた趙雲は、思わず、馬超に見えないように苦笑した。

馬岱も、趙雲に視線をやってクスリと笑う。

男二人で笑い合うのを見て、馬超は不機嫌そうに「気味が悪い」と呟いた。



「兄さん。あなたはという女性に、そうとう御執心のようなんだね」

「煩い」

「久しぶりに会ったんだから、そうつれなくする事もないだろ?」

「とっととの居場所を教えろ」

「はぁ………………俺って相当、兄さんに嫌われているのかな?」



彼があえて『俺』という言葉を使ったのは、プライベートの会話だからだろう。

そして、その言葉遣いに対して、馬超も趙雲も特に驚きはしなかった。

馬岱は、仕事とプライベートの区別を、しっかり付ける男だと分かっていたから。



「なら、さんの居場所を教えて上げるよ」

「早く吐け」

「その変わり………一つ条件付けるけど、良い?嫌とは言わせないけどね」

「…………………」



馬岱の物言いに、馬超は思いきり眉を寄せる。

しかし、幼い頃からこの弟分に、口で勝てた試しがない。

なので、馬超は彼を睨み付けながらも、無言で肯定した。



「流石兄さん、話が分かるね」

「煩い。余計な事は喋るな」

「じゃあ条件。『さんに、俺をきちんと紹介』」

「却下」

「あっれー?じゃあ兄さんは、彼女の居場所を知りたくないのかな?」

「…………勝手にしろ」



従兄弟同士のやり取りを目に、趙雲は改めて感心した。

そして、馬超の我侭や怒りを静めるのは、やはり馬岱の特権なのだと思う。

現に、馬超は顔を顰めていても、先程のような興奮状態ではないから。



怒り心頭の彼を静め、更に自分の条件を飲ませてしまう辺り、これが馬岱という男の人となりなのだろう。

改めて『従兄弟』という存在に感心しつつも、趙雲は笑いが止まらなかった。



「勝手にしろ?と言う事は、俺の良いように取っ手もいいって事?」

「……………」

「孟起、多分教室だ」



嬉しそうに馬超を追い詰める彼に、趙雲が笑いながら言った。

趙雲は、『が保健室に居なければ、教室に戻ったのだ』という事ぐらい、始めから分かっていた。

だが、久々に見た『従兄弟喧嘩』ならぬコミュニケーションに、笑いを取られて肝心な部分を言えなかったのだ。

誰もがすぐに気付くはずの『答え』に、馬超は我に帰ったのか、「そういう事は早く言え」と趙雲を睨み付けると、苦い顔をしながら保健室を後にする。

趙雲もその後に続こうとしたが、それに馬岱が待ったをかけた。



「ねぇ子龍さん」

「どうした?」

「兄さんって、相当……………なのかな?」

「そうだな。まぁ………私も人の事を言えた義理じゃないんだが」

「子龍さんも?って事は、相当個性強いって事?」

「似たようなものだ」



不思議そうに問う馬岱にそう返すと、趙雲は今度こそ、保健室を後にした。










「兄さんに…………子龍さんまで、か」



結局、誰も居なくなった保健室には、馬岱一人が残された。

棚から愛用のマグカップを取り出し、ブレンドコーヒーを入れる。

そして、先程の馬超とのやり取りを思い出した。



敬愛する従兄弟とのやり取りの最中、趙雲は笑いながらも、助け舟を出した。

「孟起、多分教室だ」と。

そしてその言葉で、趙雲自身も馬超と同じく、『を他の奴に紹介したくない』と考えているのだと、勘の鋭い馬岱には分かった。



彼はカップを片手に、書類を整理する机に空いている手を付き、窓から見える空を見上げる。

空は青く、雲が少し出てきていた。

それはTあの時″のように、『自分達はいつでも平和に過ごして生ける』と思っていた、全く同じ空の色。



「なら俺も………その『さん』とやらに、便乗させてもらおうかな」



少し開けた窓からは、ゆるやかな風。

それは、少し長めな彼の髪を、さわり、と揺らした。