在学編


[The・マイペース!]






曹丕が二重人格だと判明した直後、伝説の兄貴×2が現れた為、『そうなんですか〜』という相槌を打つまでもなく、達は部屋への階段を駆け上がった。



しかし、甘寧乱舞で駆け上がったは良いものの、上がり過ぎて寮の屋上まで到達してしまう。

の部屋は2階だったのだが、素通りで更に階段を昇って行く甘寧には、孫権さえも目を丸くした程だ。



「あたしの部屋2階だろーが!!」とキレてみても、甘寧は何かのスイッチが入ってしまったらしく「滾るぜー!」と宣って、耳に入っていないらしい。

哀れというのだろうか、結局、も孫権さえも彼の暴走を止める事が出来ずに、屋上までの道のり(15秒程度)を、涙ちょちょ切れ靡かせながら、片方はおんぶされたまま、片方は腰にしがみついたまま堪えていた。



ドバン!と彼が扉を蹴破り、孫権が足で扉を閉める。

頭の中で思う事は、多分馬超も趙雲も、の部屋に突進しているのだろうなぁ、という事だけ。



と、ようやく終点地にて己を取り戻したのか、甘寧はハッ!と我に帰ったように、目を正気に戻した。

がハイジャンプで、彼の背から飛び下り(先程、孫権の顔面にダイブしてしまった教訓)、すかさずその刺青の入った腕をバシッ!と叩く。



「いてっ!?何すんだよ、?」

「興覇、あんた何やってんの!!?目指してたのは屋上じゃないっしょ!」

「いやー………何だか滾っちまってよ…………」

「馬鹿野郎!!」



甘寧は、いやーわりぃわりぃ!と頭をガシガシ掻きながらも、実は内心冷や汗をかいていた。

何故かというと、先程曹丕の人格問題に関しての、の恐怖を味わっているからである。



暴言と共に男の顔面を容赦なく殴り、更には踵落としまで食らわせようとした女の変貌っぷりは、彼をも恐怖させたのだ。

その『覇王』を二度も怒らせてしまった故に、俺って命危ねぇかも?と思ってしまうのも、頷ける。



しかし、は左程怒っていないようで、彼の腕を叩いただけで発散したのか、孫権を連れてフェンスに歩いて行った。

カシャ、とグリーンのそれに体重を預けながら、空を仰いでいる。

孫権もその隣で、腕をフェンスに凭れさせながら、階下を見つめている。



軽い『小休憩』というものなのだろう。

そういえば今日一日、ずっと逃げてばかりだったので、確かに体がぐったりしている。

いつもなら平気なはずの乱舞も、何十発も立続けに使っていると、流石にダルい。



なので、甘寧もゆっくりとした歩調で、そちらに向かった。

そして、と孫権の間(何となくムカついたから)に、身をグリッと入れる。

孫権は小さく苦笑していたが、やはり急激に圧迫感を感じたのか、声を上げたのはだ。



「ちょっとー、権とあたしの仲良しぶりを邪魔しないでよ」

「うっせ!俺だって仲良ししてーんだよ」

「充分仲良しでしょ?」

「まだ足りねぇ!」

「権ちゃーん!ここに、精神年齢5才以下の子供が居まーす!」

「ふっ」



が甘寧を指差しながら言うと、孫権は思わず吹き出してしまった。

そして『そう言えば』と考える。



は、どちらかといえば男友達が多い。

馬超然り、趙雲然り、姜維や陸遜や甘寧や、また自分もそうだ。



もちろん、放課後になると家庭科室を借りて、小喬や尚香、それに大喬とお茶をしながらお喋りする事もあると言っていたが(現に、自分も何度かお邪魔したし)、如何せん、この学園は女性が極端に少ない。

女生徒も女性教員もそうだが、比較するにも面倒だ。

それに、の性格からしても、女性よりは男性向けで友人が多くなるのも、また仕方のない事だった。



孫権的な彼女の性格分析は、『男っぽい面もあるが、しかしやはり女性らしい部分が多い』。

それは、孫権自身が彼女に好意を寄せている贔屓もあるが、同じく馬超や趙雲も同じような見解をするのではないか?とも思う。



男と共に居ても照れる事など微塵もなく、軽口を叩き、大口開けて笑い合えるし、かと言って女性的な面もちらほら見せる。

何かと気配りを見せながらも、決してそれを表立って言う事なく、冗談混じりに「あたしも女だし」と歯を見せて笑いながら、ちょっとした事に気付いてくれる。

『そこにも惚れた』と両手を天に掲げて言えるのだが、生憎、孫権自身が照れ屋で奥手な為、今現在も平行線以前に、混じり気なしのピュアオイル真っ青だ。



と、いつのまにやら、ぐるぐると思考を巡らせている彼の顔を、甘寧とがじっと見つめていた。

しまった悪い癖が出た、と己の考え込む癖を心で叱咤して、苦笑いを作る。



「ど、どうした二人とも?」

「どうって………なぁ?」

「ねぇ?権ちゃん、何か悩み事でもあんの?」

「いや…………悩んでいないと言えば、嘘になるかもしれないが」



顎を掻きながら彼が言うと、甘寧がピクッと反応を見せた。

孫権は孫権で、甘寧は甘寧で、に好意を寄せる者である。

なので、『こんな晴れた青空の下、二人っきりになれたら……』という邪な考えが何となく浮かんでしまうのも、仕方のない事だった。



だが、で、彼等の好意を微塵も感じていないのか、次に全くお門違いな、とんでもない事を言い出した。



「あ〜あ!バンジージャンプしたいなー!」

「はぁ!?」

「………は?」



全く意味が分からない、という彼等を尻目に、は空を仰ぎながらも伸びをする。

にゅ〜ん!、とワケの分からん単語を迸らせながら、右に左に体をクネクネさせながら。

しかし、それをスルーして突っ込みを入れたのは、甘寧でも孫権でもなかった。



「ここじゃあ…………危ないわ」



「?」

「??」

「???」



屋上の更に梯子を昇った先にある、給水塔付近から上がった声に、三人は一斉に目をやる。

そこには、二つの影がこちらを見つめていた。

陽はまだ暮れる事はないが、そろそろ西日に近付いていた為、逆光となって三人の目を刺激する。



その声の主は、女性であったが、もう一人の影は男性のようで「止めておきなよ」と何やら焦った声を上げていた。

しかし逆光の女性は「あなたは黙ってて」というと、ひょい、と梯子を使いもせず、優雅に飛び下りる。

それを追って、男性の方も半ば諦めたように、女性と同じく給水塔から飛び下りた。



逆光でなくなった男性と女性の姿を見て、孫権は何故か首を捻った。



「どしたの、権?」

「いや…………」

「何?言いなよ」

「その…………」



しどろもどろする彼に、は眉を吊り上げながら睨み付ける。

それは『とっとと言え』との意なのだが、甘寧が口を開けた事により、目を丸くする事になる。



「お前等、見ねぇ顔だな?」

「へ?」

「だから、転入生か何かだろ?」

「え?また!?」



この間呂布が転入して来たばかりだと言うのに、更に転入生が来たのかと驚く

しかし、孫権も甘寧も『それが日常だ』と、まるで転入生がしょっちゅう来る、と言いたげに平然としている。



すると、黒髪の(よくよく見ると、凄い美少女だ)女性が、に近付き、いきなり手を取った。

呆気に取られていると、女性は無表情ながらも、はっきりとした口調で言う。



「危ないわ…………」

「は?」

「ここでバンジージャンプは……………危ないわ」

「そ、そうですか……」



とすれば、冗談で言ったのだ。

何となく、天気が良くて気候も穏やかな午後故の、ちょっとしたジョークも含めた発言。

なのにこの女性は、酷く真面目な顔で『屋上でバンジーは止めた方が良い』と忠告してくれる。

が呆気に取られたのも、致し方ない事だった。



女性はが『バンジーを諦めてくれた』と納得したらしく、一つ頷くと、その手をゆっくりと揺すった。

そして、突拍子もなく自己紹介し出す。



「私は………………星彩よ」

「へ?」

「私の…………名前」

「あ、そうですか」

「………………………………あなたは?」

「あたしは……えっと………」

「名前を……教えて欲しいわ」

………です」



は、『星彩』と名乗った女性のペースに巻かれつつも、顔を引き攣らせて答える。

それだけで、星彩は『名前を聞けた』と満足したらしく、また一つ頷いた。



と、彼女はもう一人の男性を顧見ながら、の手を離す。

すると、今度は男性がの手を握り締めて、爽やかな笑みを作った。



「初めまして!拙者は関平、宜しく」

「あ………です。よ、宜しくお願いします」



どうやら関平と名乗った男も、星彩程ではないが、マイペースな男のようだ。

にっこりと笑いつつも、の手をしっかり握って離さない。

ぶんぶん上下させ、そろそろ離して良いはずなのに、固く握られたままだ。



すると、それを目敏く見つけた甘寧が、咄嗟に反応を見せた。



「おい、いつまでこいつの手ぇ握ってんだよ」

「おっと………申し訳ない」

「あ、いえいえ。お気になさらず……」



甘寧に言われて気付いたようで、関平はの手を離した。

とすれば、丁寧に謝られてしまった手前、気にしてませんよーと同じく丁寧に返す。



甘寧とすれば(孫権は影で)面白くなかったらしく、拗ねてそっぽを向いてしまった。

もちろん、孫権はそこら辺は大人なので、苦笑いで済ませていたが。



「えーと………」

「私と関平は、明日からの入学なの。荷物を部屋に入れたから、少し休憩しようと思って、ここに上がったのよ」

「そ、そうですか」

「星彩より拙者の荷物の方が多くて、手伝ってもらったんです」

「は、はぁ」



いつの間にか世間話(しかもは何も聞いてない)になって行く傍らで、甘寧は背を向けて手摺に凭れ、孫権は変わらずの苦笑いで、彼等の会話を聞いていた…………………らしい。



あぁ、段々と…………陽が暮れて行く。