[仲直りのララバイ]






と馬超は、寮を抜け出した後、『柳の畔』へと来ていた。

その途中、どちらも言葉を発する事は、なかった。

先程の寮での爆音だけが、頭の中で響き渡っていたのだ。



で、甘寧の存在を完全に忘れつつ、『権ちゃん死なないで!』と、彼の無事を祈るばかりで、馬超は馬超で、『子龍、警察沙汰になんなきゃ良いけどな』と、冷や汗半分面白半分だ。



しかし、ぶっちゃけどちらが勝っても負けても、嫌な言い方をすれば、も馬超も痛くはない。

あるとすれば、の『孫権達を巻き込んだ、罪悪感』だけ。

馬超は追う側だった為、邪魔をして来た甘寧を皮切りに、姜維・陸遜・孫権が、趙雲の怒りの矛先になるのは、まぁ当然だな、という程度。



暫く、互いに互いの思う事を考えていると、『柳の畔』に着いたのだ。

そして、現在。

二人は、樹木に隣り合わせに座りながら、小池を眺めていた。



馬超は、先程の悪夢が忘れられないのか、樹木によりかかって呆然とするを、チラリと盗み見た。

しかし、は全然気が付かないようで、ボーっと空を見つめている。

少し口が空いていて、本音を言えば『阿呆っぽい』だが、今彼女にそれを言ったとしても、「ふーん」「あっそ」「だから?」等と、反抗期真っ盛りの少女のような返事が、帰って来るに違いない。



いつもなら、「うるせー!」「阿呆言うな!」「失礼な!」等、顔を顰めて唇を尖らせ、面白い程の反応をするだけに、そんな返事が帰って来たら、流石に馬超と言えど、ショックを隠せないだろう。

なので、彼は出かかった言葉を飲み込むと、視線を小池に戻した。

すると、ふと我に帰ったのか、が空から馬超へと、黒い瞳を映す。



「…………何だ?」

「聞かないの?」

「………………………お前が、それ程までに言いたくないなら、構わない」



何とも簡潔な、問いと答えではあるが、互いに通じているだけに、遠回しな言葉を必要としない。

は、『何故逃げたのか、聞かないのか?』と問うたのだが、馬超は『お前が、夏侯惇と何を話したのか、本当に言いたくないのなら、言わないで良い』と答えた。



馬超にとってみれば、ここまでに逃げられるのは、始めてと言えば始めてであり、また趙雲も同じ思いなのだろう。

しかし、あれだけ躍起になって逃げられれば、追い掛ける側としてみれば、意地でも捕まえたくなる。

多分、捕まえたとしても、彼女は絶対に言わないだろう、という事ぐらい、馬超も趙雲も理解している。



ただ、本心を言ってしまえば、そこまで彼女が隠したがる事とは?という疑問が、どうしても拭う事は出来ないが。



彼女があれだけニヤけ、絶対守秘を貫こうとするとすれば、大体の予測は付く。

どうせ、『夏侯惇にデートに誘われた』系統の事なのだろう。



馬超としてみれば、心の底から面白くない事態であるが、客観的に言えば、それに答える答えないは、の自由である。

だって、子供ではないし、人の善し悪しぐらいは、見分けが付くだろう。

馬超としても、非常に認めたくはないが、曹操とツルんではいても、夏侯惇という男は、間違ってもを悪い方向へ導く事はしないはずだ。



だが!!!

しかし!!!!!!

面白くないのは、妹馬鹿な馬超も趙雲も、仕方のない事だった。



ふと思考を止め、を見てみれば、足を投げ出す体勢を止め、いつの間にか体育座りしている。

それを横目で見ていると、彼女は言った。



「ねぇ」

「ん?」

「聞きたい?」

「……………」



ぶっちゃけ、すんごい聞きたい。

とは、口が裂けても言えないのが馬超であり、趙雲ならば、笑顔で「えぇ」と言いながらも、目は笑っていないだろう。

だが、何故今頃、教える気になったのか?

そんな疑問に頭を捻らせていると、は苦笑しながら、馬超を見つめた。



「だってさ。あんなに長時間、あたしの部屋の前で張り込んでるんだから、よっぽど聞きたかったんだなーって………」

「お前が逃げるからだ」

「だって、馬ッチ達が追いかけて来るからじゃん」

「そもそも、お前が逃げなければ、被害者はゼロで済んだんだぞ?」

「そりゃ反論出来ないわー」



姜維然り、陸遜然り、また甘寧や孫権も、そうである。

が逃げず、馬超達に大人しく捕まっていれば、被害は確かにゼロだっただろう。



「だってさー………」

「何だ?」

「邪魔されると思ったんだもん」

「……………反論出来んな」

「でしょー?」



兄貴ーズなら、絶対に邪魔するはずだ!と思っていたは、だから彼等に言いたくはなかった。

しかし、今の言葉だけで、やはり『夏侯惇と、デートっぽい約束をしたのだ』という予測が、肯定される。

だが、の予測も当たっているだけに、馬超は何の反論も出来なかった。



「まぁ、なんちゅーか…………あたしは、夏侯さんのファンであって………」

「分かった、もういい」

「ちょっと、最後まで聞いてよ」

「聞きたくない」

「何ソレ?もしかして…………馬ッチさん、ヤキモチですかー?」

「自惚れるな」



ピッ!との額にデコピンをかますと、馬超は反動を付けて立ち上がる。

そして、額に手を当てながらムクれるの前に、かがんだ。

額を擦りながらも、彼女は睨み付けるように、馬超を見つめる。





「何よ?」

「一つだけ、言っておくぞ」

「だから、何よ?」







「傍に居ろ」







「へっ?」







一瞬、何を言われているのか、理解出来なかった。

下手をすると、告白にも聞こえたから。



しかしどうやら、違ったようだ。

彼は、ふと口元を緩めると、立ち上がりながら、「俺と子龍の傍に」と言った。

なので、勘違いだったようだ。



は不覚にも、一瞬ドキッとしてしまった自分に、内心『あたし馬鹿だ』と苦笑した。

そうだ。

自称なりにも『こいつは俺の妹だ』と言っているのだから、何が悲しくて、告白されなくてはならないのだろう。



何故か余りに可笑しくて、ついプッ!と吹き出してしまう。

すると、それを見た馬超は、訝しげに眉を寄せた。



「………何が可笑しい?」

「いや、何でもないよ」

「なら、何故笑う?」

「だって………」



「告白されたのかと思っちゃった」と、腹を抱え笑いながら言うと、馬超は盛大に顔を顰めた。

それに「ごめんって!」と謝り、立ち上がろうとすると、馬超が手を差し出した。

『さっさと立て』と言っているのだ。



だが、立ち上がらせてもらった後、彼の顔を見ると、何故か気まずそうに、何処か苦い。

何かあったのだろうか?と見上げるも、すぐに顔を逸らされてしまった。

まだ握られている手は、ゴツゴツとしているが、暖かい。



何となく、じっとその手を見つめていると、馬超が「おい」と言って来た。

再度顔を上げ、「何?」と見つめると、彼は視線を逸らしながらも、「行くぞ」と言う。



「行くって…………何所に?」

「何処か」

「何処かって………」

「ファミレスでも公園でも、何所でも良い」

「じゃあファミレス?」



暗に『奢ってくれるの?』と目を輝かせて言う彼女に、馬超は視線を合わせずに、「構わん」と言う。

それに「やった!」と喜びながら、彼女は馬超の手を、ぎゅっと握った。

馬超も答えるように、やんわりと握り返す。



「そんじゃー早速、子龍兄呼んで…………」

「二人で十分だろう?」

「何?二人きりが良いって?」

「お前も、話を飛躍させる奴だな………」

「冗談だって分かれよー」



男言葉で、肩をペシペシ叩かれるが、馬超は痛くも痒くもない。

の頭をクシャッと撫でながら、彼はゆっくりと歩き出した。

歩調は、ちゃんとに合わせて。



「馬ッチ」

「何だ?」

「これってさー…………仲直りって言うの?」

「………………喧嘩したか?」

「してない………と思う」



立ち止まり、首を捻るに、馬超は苦笑する。

そして手を握り締め、再度歩き出した。

だが、ふと口を開く。



「おい」

「なにー?」

「お前が夏侯とデートするなら、俺達も付いて行くからな」

「はぁ!?」

「影でこっそり、変な事をしないよう、見張る」

「何じゃソリャ!?」



それ以降、馬超は笑ったまま、問いに答える事はなかった。

も、「まぁ影で見守るぐらいなら……」と、何故か妥協する。



多数の被害者を出しておいて、仲直り………とは言えないかもしれないが、何となく、二人の心は落ち着いていた。

何故だろう?

互いにそんな事を思っていたが、その問いは、双方共口にする事がなかった。



けれど、手を繋ぎ、仲の良い兄妹のように歩く二人の顔は、酷く優しかった。










後日談、とも言えないかもしれない、が。



と馬超がファミレスから帰って来ると、寮のロビーでは、趙雲が煙草を吹かしていた。

憂鬱そうな、それでいて『何か達成しました』『ストレス発散しました』みたいな。



そして。

彼の足下には、姜維・陸遜・甘寧・孫権だと思われる、散り行く定めな残骸(撃沈時刻、数時間前)が。



『好青年・子龍』と歌われたのは、いつだったか。

普段の爽やかさは微塵も感じられず、正に漆黒の兄貴。



そんな趙雲に笑顔で「お待ちしてましたよ」と言われ、背筋を凍らせたのは、馬超。

そして、有無を言わさず「ごめんなさい!!」と謝り倒したのは、やはりであった。



後日談、終。