固く閉ざされているような気もする、オートロックの扉。
その部屋の主は、今か今かと自分を待っている気がした。
『おしりペンペンの刑』はすでに執行されていた為、もう怒られる事はないだろう。
ピンポーン。
チャイムを押し、暫し待つ。
刑は執行されたにも関わらず『友人の見舞いを終えたら来るように』との言は、一体何を意味するのだろう。
そんな事を考えながら、は扉の前で粗品(コンビニで買った水ようかん)を持ち、呆然と突っ立っていた。
『どちら様ですか?』
「………………………で〜す」
『あぁか。すぐに開ける』
インターホンから漏れる、聞き慣れた声。
想像していたより柔らかく、一瞬でも安堵した。
・・・・・・・・・・・そんな自分がいけなかったのかもしれない。
[在学編]
[お見舞い(兄の執念)]
「、今か今かと待っていたぞ」
「す、すいません………」
いやもう何もかも。
そう付け足したい程、扉を開けた趙雲の目は、笑っていなかった。
声と目のギャップが恐い。
どうして刑は執行されたのに、この人はこんな爽やかに、かつ目は人を殺せる勢いで笑えるのだろう。
声に出しこそはしないが、普通に恐かった。
「さぁ、部屋に入りなさい」
「りょ………了解でございます……」
さぁささぁさ!と、尚も爽やかさを損なわぬ、笑顔の裏。
そこに輝かんばかりに隠された、真実を写す瞳(真相を聞き出すまで帰さない)は、の敬語心を煽るのには充分だった。
『落ち着く』と、100人中150人は言いそうな、暖かい色合いの空間。
色合いだけで魂が飛びでそうな、安心感を与えてくれるソファに促され、着席する。
趙雲はキッチンでお茶を用意しているのか、カチャカチャ、と陶器の擦れ合う音が聞こえた。
「あ、子龍兄!」
「どうした?」
「これ………」
お茶で思い出したので、は立ち上がり、キッチンへ向かう。
粗品(水ようかん)を渡すと、趙雲はにっこりと笑う。
その笑みだけはいつもの優しい子龍兄で、は少しだけホッとした。
「それで、用事って………」
「用事がなくては、部屋に誘ってはいけないのか?」
「………………」
出されたお茶を含みながら、さり気なくジャブで突ついてみる。
しかし、相手の方が上手だろうし、馬超のようにダイレクトに突っ込んで来る事はないタイプないと分かっていたが、その張り付けた笑みは恐い。
ズズッと音をさせ茶を啜る姿も凛々しく、それはどこかの国の若武者を想像させた。
「どっちかっつったら、直球で聞かれた方が良いんですけど……」
「直球?何の事だ?」
「いや………だからその………」
逃げた理由とその原因です、とは言えない。
なまじ、それで負傷者が出ているし、自身がその騒動の原因だったからだ。
どうやってこの戦況を切り抜けよう、と考えていると、趙雲がふと言った。
「孟起も言っていただろうが………が何をするにも、私達はどうこう言える立場じゃない」
「………………うん」
「分かってはいるんだ………。
お前はお前の考えがあるだろうし、それを無視したいわけでもない」
「………………うん」
「だが、私としては面白くない。あぁそれはもう全く。面白くなさ過ぎだ」
「うん………えっ…………は?」
これからいよいよシリアスモードか?と思いきや、『面白くない』を連発し始めた兄に、は目を丸くした。
色んな意味で、暴露し過ぎだ。
普通は、これから『私は葛藤している』といった、優しくて真面目な兄心を涙々で語る場面になる。
しかし、どうやらこの兄貴には、その常識といったベタな展開は通用しないようだ。
「いやしかし面白くないな」とか「やはり私の目の届かぬ所で、許せん」とか、一人ブツブツ言っている。
相当深く思案している辺り、マジなのだろう。
眉間に刻まれた皺を見る限り、本気で面白くなさそうだ。
「えっと…………子龍兄?」
「だがはの考えがある………いや、だがやはり嫌だ」
「……………」
妄想モードに入ってしまったのだろうか?
それとも、すでに彼の中での存在は、頭の隅に追いやられているのだろうか?
分からないが、これ以上声をかける事は憚られた。
それよりも。
ここに馬超が居ない事が、何より辛いというか痛い。
最近の彼は、フィーバーの域を簡単に超越した目の前の長兄を、宥める側になっている。
自分一人では、とてもじゃないがこの兄者を止める事は出来ない。
不可能を可能にするはずの『覇王降臨』も、子龍兄の前では発動しない。
というか、自身が『覇王』の自覚がないだけに、降臨してくれる可能性はない。
現状という事態が、様々なマイナス効果で構成されているだけに、はそっと溜息を吐いた。
趙雲の独り言が終わったのは、それから10分してからだった。
考えた末にでた結論が『どうしたらいいか分かんない』だったのだろう、その顔は凄くもやついていた。
何かもう、どうでも良い。
というか、こっちがどうしたらいいか分かんない。
溜息吐いてたと思えば、眉間を摘んで「うぅ」とか「くっ」とか声を出すし。
終始その調子で、更には呼び出しておいて放置とは。
ふぅとまた息を吐いて、は趙雲を見つめた。
「…………子龍兄」
「ん、どうした?」
「あのさ。あたし、別に子龍兄が嫌で逃げたとかじゃないよ?
絶対邪魔されるって思ったから、言いたくなかっただけなのよ」
「…………」
「兄ぃの事だから予測付いてるかもしれないけど………。
夏侯さんがね、こないだの学園戦争のお詫びに、どっか連れてってくれるんだって。
それだけだよ」
「私は………」
「馬ッチにも言われたけど、着いて来る?」
「……………嫌だろう?」
「そりゃ確かに、尾行とかって類に入るんだろうし、気にはなるけど………。
でもそこまで心配してくれてるなら、無下にしたくないんだよ、あたしは。
自惚れるのは嫌だけど………兄ぃ達は嫌がらせとかじゃなくて、純粋にあたしを心配してくれてるんでしょ?」
「あぁ……」
「他人から見たら(SPみたいで)恐怖だろうけど、あたしは別に構わないから。
ただ、夏侯さんが折角誘ってくれたんだから、絶対見つかって欲しくない」
「……………」
説得にかかるに、しょげかえる趙雲。
普段からこれでもかと溺愛しているだけあって、妹分からの言葉はワンツーパンチより重い。
何より、『私が守ってやらねば!』と考えている分、思いやりのある正論は涙が出そう。
が、また溜息を吐いた。
らしくなく、それに『呆れられたか』と落ち込む。
カミングアウトカミングアウトと連呼されていたが、自分がこんな風までなるなんて。
ただ、本当に面白くないのだ。
可愛がっている分、他の男と何処かへ遊びに行くなどと。
馬超と同じではないか、と言われてしまえばそうなのだが、如何せん自分の中では『アレよりはマシだ』という強い自負がある。
しかし、第三者(典韋とか孫策とか)から見れば、確実に『お前の方が過保護だよ』と言われてしまう悲しさ。
可愛いから可愛がっていて、愛しいと思うから慈しんでいるだけだ。
何が悪い。
もやもやする想いは、先程からずっと彼の中で燻り続けていた。
その匂いを嗅ぎ付けて、保健室で静養しているはずの火炎鳥が、目を覚ましたらどうしよう。
だが、彼はそれすらどうでも良くなる程、が誰かと二人きりでどっか行くのが嫌だった。
う〜ん、とのうなり声が耳に入る。
悩んでいるのは明白だった。
ややあって、彼女は「しょうがないなぁ」と言って足を組んだ。
「子龍兄達はあたしを心配してくれてる。でもあたしは夏侯さんと遊びに行きたい。
んで、子龍兄はそれが面白くない。でもあたしは遊びたい。
だったら…………一緒に行く?」
「何っ!!??」
「ちょっ……兄ぃ落ち着いてよ!
あたしはただ、妥協案を示してみただけで………」
「本当に行っても良いのか!!!?」
「ひぃ〜!」
としてみれば、心の底から妥協したのだろう。
『夏侯さんとデートだやっほい』から一転、彼等の心配ぶりを目にし(馬超との仲直りの際の「傍にいろ」とか)、己の欲と彼等の気持ちを汲んだ結果。
彼の事だから遠慮するだろうと思った矢先、「行っても良いのか!?」と言われるとは、思ってもみなかった。
馬超がいたのなら「いい加減こいつの性格把握しろ」と、冷たい言葉を頂きそうだ。
だがとすれば、趙雲が他の人間と接する(誘われても大抵は遠慮する)所を見かけるので、自分もそういう結果になるだろうと考えていたのだ。
やはり馬ッチさんからすれば「お前だからだろう」と言われそうだが、彼女自身が気付いてすらいないのか、随分と甘い考えである。
ちょっと待て、と止める前に、趙雲は心の靄が取れましたとばかり実に爽やかな笑顔を振りまいている。
「そうか!の誘いとあらば、断るわけにはいかないな!!」
「ちょっとちょっと………人の話は最後まで………」
「孟起も心配しているだろうし、誘ってやろう!これから忙しくなるぞ!」
はっはっは!という笑い方が合いそうな程、趙子龍は爽やかだった。
しかもまだ言っていないのに、馬超まで引き込むつもりだ。
いや、そんな事分かってたけど・・・。
何が忙しくなるのか分からないが、趙雲は携帯で誰かに連絡を取り始めた。
その相手が分かってしまうのが、少し悲しい。
『一緒に行っても良いと許可を得た』との言に、電話先の相手は「何っ!それは本当か!?」と言っているのが聞こえる。
あぁ、妥協案で言ってみただけなのに、本当に頷くとは。
彼等の頭の中では既に決定事項で、更にはこれからスケジューリング作業が待っているはずだ。
「本当だ孟起!いや、やはり言ってみるものだな!はっはっは!!」
『お前…………中々良い働きをするな。流石だ』
いやあんた言ってないから。
ダイレクトに本音を暴露しただけで、一緒に行きたいとか絶対言ってない。
はそう思ったが、馬超まで引き込まれてしまっては、味方に立ってくれる者はいない。
しょげ返って『味方がいない』と言えば、その言葉を信じて「では私が!」とか言いそうな者数名は、結局保健室で安静にしている。
状態が状態だけに、彼女に残された選択肢はT受け入れる″しかなかった。
「はなんて優しい娘なのだろう!私達の気持ちを汲んでくれたぞ、孟起!!」
『そ、そうか………』
趙雲の過剰なまでのヒートぶりに、先程まで興奮気味だった馬超が少しづつドン引きしていく様子が、彼の手の中の携帯電話から聞こえ続けていた。



