珍・学園無双〜外伝〜
〜二泊三日 湯煙の旅・10〜
「ごめんって!機嫌直してよ〜」
「……………」
「本当心から謝ってんだってば!頼む馬ッチ!!」
に殴り飛ばされてから、馬超の機嫌は最大限に斜めだった。
幸か不幸か飛ばされた先が湯舟だったから良かったものの、あれが床だったらと思うと恐い。
チャプ!と音を立てて両手を合わせたも、我に帰って『とんでもねーことしただ〜』と思ったのか、平も平謝りだ。
そりゃ腰に巻いた布以外『裸』であったのは認める。
そう、確かにセクハラかもしれないが、場所が場所(混浴)だけに、そうは言えないはず。
なのにコークスクリューinの覇王パンチには、迷いがなかった。
もう一度言うが、ムッス〜と効果音が付そうな程、彼の機嫌は最大限に悪い。
さっきからずっと無言を貫く馬超に、は口をへの字にして言った。
「だってさぁ、馬ッチのボディが余りにも逞し過ぎて……」
「もう一回言え」
「は?」
謝って許されぬなら褒め殺しだ、と甘ったれた声でらしくなく言った矢先、馬超はの肩をガッシリ掴みそう言った。
意味が分からない。
「もう一回って……」
「今の言葉を、もう一度、心を込め………ブボッ!!?」
「、待たせたな」
「子龍兄〜!」
単に『身体が逞しい』を復唱して欲しかっただけなのに、彼は趙雲に出番を横取りされた。
適格に脳天を狙った肘打ちが、痺れとなり彼の肩凝りを癒す。
それ以前に頭が痛い。
「先に入っていたのか?」
「うん!ぬるめで良い感じだよ」
「そうか、では私も………」
「ちょっと待てぇ!!!」
グリグリと間に入るよう身体を押し込めた趙雲に、馬超が復活した。
なんで邪魔をするのか分からないでもないが、最近譲っているのだから良いではないか。
「なんだ孟起、いたのか?」
「居たのか?じゃないだろう!!俺との間に割り込むな、図々しい!!」
「ちょっと何キレてんのー?子供じゃないんだからさぁ」
「お前は黙ってろ!!」
ここで趙雲vs馬超のバトル(口喧嘩)が勃発した。
どうして隣争いだけでここまで熱くなれるのだろう?
『たまにはお前自重しろ』『お前に言われたくない』『そもそもお前カミングアウトし過ぎだ』『それは嬉しいな』などと、小学生並みの喧嘩。
「孟起、自分を曝け出す事が、そんなに悪いのか?」
「そういう事言ってるんじゃない!お前たまには俺にも……」
「………………はぁ」
いい加減、面倒臭くなって来た。
故には溜息を零すと、彼等に気付かれないよう場所を移動し始めた。
ここの混浴は、どうやら相当規模がデカいものだと分かったのは、隅に掛けてある『混浴内地図』を見てからだった。
軽く100人は収容出来る、超大風呂。
その証拠に、キャッキャと水を掛け合う小喬達の声が、遠くに聞こえる。
靄がかかって全然見えないが、他にも甘寧や孫策、「俺は呂布」と意味なく名乗りを上げている声が聞こえた。
が新たな場所として選んだのは、隅の隅。
このモハい状況では絶対に見つかる事はないだろう。
ふとした時に一人になりたくなる性分故に、彼女は『ここでいいや』と腰を下ろした。
「あー本当…………下らない」
「何が下らないのですか?」
「そりゃー馬ッチと子龍兄の………え?」
横合いに声がかかり、そこへ視線を動かす。
そこには風呂の中であろうと断固蝶を連れ込む、張コウ先生がいた。
「あ、張コウ先生……」
「折角の混浴というのに、そのように悲しげな顔をしていては、日々の疲れは癒せませんよ?」
「あはは………済みません」
湯舟の中だというのにクルクル(ジャブジャブ)回転する彼は、どう見ても変質者だ。
顔や体のラインはこぞって『美しい』のに、中身がそれに伴わない。
第一、一々ポーズを決めるのは、切に止めて欲しい。
張コウ先生はクルクル回っていたが、瞬間それをピタリと止めた。
心を読まれたか、もしくは顔に出ていたか。
不安に駆られたをよそに、彼はズズイと顔を近付け言った。
「さん、何かお悩みのようですが……。
美しく在りたいとお思いでしたら、この私がいつでもお手伝い致しますよ?」
「はい?」
「貴女は笑っている印象が強いですから。
そのような顔をしていては、T美″は逃げてしまいます」
今はっきりと言えるのは、『意味が分からない』。
何が言いたいのか、ちんぷんかんぷんだ。
先生はそれすら気にならないのか、それでは、と妖艶に微笑んで、キリキリ舞いつつ煙りの奥へ消えて行った。
「もしかして………元気付けてくれたのかな?」
疲れた様子を醸していたのだろう、そんな自分を見て、張コウ先生はそう言ってくれた・・・・のかもしれない。
しかしなんでもかんでもT美″をつけりゃ良いってもんでもないだろう。
そんな事を漠然と考えていると、またも横合いから声がかかった。
「ふふ……そうみたいですわね」
「っ!」
どうして、こうも皆気配を感じさせず近付けるのか。
そう思いながらも、は女性らしい声の主に振り返った。
「甄姫先生……」
「張コウ先生は以外と分かりにくいけれど………。
私達は、生徒一人一人の様子を、何気にチェックしていますわよ?」
「先生も……ですか?」
「えぇ」
「ですから貴女の顔を見て、すぐに分かりましたわ」と言う甄姫先生が、優しく映った。
いつもは、『美女』と隔たりを感じ、余り近付けずにいたが・・・。
先生方は、意外にも一人一人を観察しているのだろう。
「あ、じゃあ聞きたいんですけど……」
「あら、なんですの?」
「馬ッチと子龍兄って、どうしてすぐに喧嘩するんですか?」
「…………………………さぁ?」
その間はなんだ?
問うてみたいが、先生の張り付けたような笑みが恐い。
要は『聞くな』という事か?
「いえ………やっぱ何でもないです」
「うふふ、懸命ですわ」
じゃあ間の正体を教えてくれ!と正直に思うが、やはりこの人相手だと恐くて聞けない。
疑うような目になってしまうのも、自分で仕方ないと思える。
甄姫先生は、張コウ先生のようにやはり妖艶に微笑んだ。
「それは…………貴女自身の目と心で、感じなさい」
「あたしの?」
「………貴女には、まだ早いお話だったかしら?」
「ちょっ、誤魔化さないで下さいよー!」
「喧嘩が収まるまでは、色々な人達とお話していれば宜しいですわ。ふふ……」
「ふふって………」
意味深な言葉を残し、スィ〜っと水を掻き分けて靄の中へ消える先生。
今自分が男であったら、確実にT湯煙が見せた幻の美女″とか連想するだろう。
先生が言いたい事は、何となく分かった。
「ようはT喧嘩を見届けろ″って事ね!」
ここで、に話し掛けようと探し回っていた孫権が、偶然彼女達の会話を聞いていた。
しかし靄で見えなかった所為なのか、はたまた湯舟からヌッと突き出した岩石に隠れていた為か。
気付かれなかった。
そしての言葉を聞いて、率直に思った。
解釈が違う、と。
張コウ先生も甄姫先生も、そんな事が言いたかったわけではない。
彼女を取り合う故の喧嘩だ、と伝えたかったのではなかろうか?
だが覇王はやはり覇王だった。
覇王は、時として天然を超える。
それを、彼女が教えてくれた。
「…………くぅっ!!」
余りの彼女の男前(天然)ぶりに、孫権は人知れず涙を流した。