珍・学園無双〜外伝〜
〜二泊三日 湯煙の旅・11〜
バシャ!!
とある一角で、力技な湯の飛沫が上がる。
「ぶっ……!?そもそもなぁ!お前がカミングし過ぎだろっ!!」
バシャシャ!!
「ふぶっ……!?何を言う?私は元々こうだったはずだ!!」
バシャシャピッ!!!
「ぶあっ……!?馬鹿言うな!!それこそとんだ嘘っぱちだろう!!!」
ドバッバシュッ!ビシュシュ!!!
「んぶぷっ……!?ふっ……知っているか?世の中やったもん勝ちなんだぞ?」
先程から、が消えた事に気付かぬまま喧嘩を続けていた馬趙コンビは、更に言い合いをヒートアップさせていた。
飛沫の効果音は徐々にハードになり、また、互いに掛け合いながらの喧嘩な為、一々リアクションが酷い。
何と言うか、周りに誰も居ないから良いものの、先生方にでもかかったら、それこそ教員限定・乱舞大会だ。
最初は彼等の周りにいた生徒達も、この風呂が広いと分かったのか、散り散りになっている。
少し遠くでキャッキャと可愛らしい声を出しているのは、恐らく小喬達だろう。
そんな中、相も変わらずの調子で、男二人は靄の中言い合っていた。
しかし、ふと辺りを見回すと(とは言っても5m先も見えないが)、が居ない。
ようやっと気付いたと思ったら、徐に趙雲が「…?」と眉ピクした。
「孟起……はどこへ行った?」
「あ?そういえば……居ないな」
「っ……探すぞ!!!」
「あ、あぁ……」
バチャッ!と腰にタオルを巻いたまま、趙雲が立ち上がる。
その剣幕に気押されながら、馬超もゆっくりと肩まで浸かっていた湯舟から立ち上がった。
横目に見える親友の顔は、いかにも『を一人にしておいたら、絶対に誰かよからぬ虫が寄って来る』と勘違いしているようだ。
予想が的中するのなら、別にそのT虫″がボコられようがベコられようが、沈められようが構わない。
だが、相方の思い込みによる被害が出ぬように(先生達に罰則を頂いてしまうかもしれないので)、細心の注意をせねばならない。
元々の立場が立場だけに、馬超は溜息を隠せなかった。
その頃。
は適当に動き回っていた所為か、馬超達の元へ戻る事が出来ないでいた。
ほんのり覇王化していた為、実に微妙な感覚だったのだ。
ただでさえモヤモヤな視界の中、半トランス状態の彼女は、『まぁ適当に歩きゃ着くでしょ』ばりに、ジャブジャブと湯舟を行軍する。
「ふんふんふふ〜………んっ!?」
ドバチッ……っシャーン!!!
と、鼻歌を歌って目的地を目指すは、不意に足に引っ掛かった何かにより、顔面から湯舟に突っ込んだ。
しかもバンザイ状態だった為、痛みも効果音もかなり凄い。
ぶくぶく、と自身の鼻や口から出る泡の気持ち良さに、うっかり召されてしまいそうだ。
すると、次に湯舟の中、誰かに肩を掴まれた。
グイッと引き上げられ、思わずブハッ!と色気のない盛大な咳をしてしまう。
あぁ助けてくれた人が元譲様じゃありませんように、と無駄な事を願いつつ(意外に冷静だ)顔を拭きながら自分を救ってくれた相手を見た。
「ぬぅ〜〜〜?なんじゃ貴様か」
「と、董卓さん……」
どうやら、先程自分の足が取られたのは、董卓の所為だったようだ。
彼は子分の呂布とはぐれてしまったのか、はたまた探していたが途中で諦めたのか、だらんとダレ切って足を伸ばしていたらしい。
いくら彼の足が短くても、殆ど先の見えない視界の中では、障害物ともなる。
などと、とんでもなく失礼な事を考えながら、はにっこり笑って「ありがとうございます」と礼を言った。
すると、董卓は途端ニヤリと放送禁止令が出そうな笑みを称え、「ふふ〜む!」と笑う。
ヒヤッとした悪寒が、の背中に走った。
「え、な……なんスか?」
「選り好みしている場合ではないか。仕方ない、貴様で我慢してやろう」
「ヒッ!!」
足が短い云々、と失礼な事を思っていた天罰なのだろうか?
我慢してやろう、という言葉と同時に、は尻に違和感を覚えた。
というか、董卓がお触りしたのだ。
無気味な手付きに、思わず嫌悪感バリバリな声が出る。
だが、ここで彼女を知る者ならば、咄嗟に逃げるだろう。
何と言いましても、彼女は『変化』するのですから・・・(諸葛亮風)
「ほほぉ?中々の触り心地じゃ!」
「ぎっ………」
「んん?なんだ?わしの手が、そんなに良いのか?ぬふふ!!」
「マジキモイヤーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!」
グルシャッボッ!!!!!
言うまでもなく、彼女の覇王コークスクリューエレクトロニクスパンチが、董卓の顔を抉った。
彼は何か言葉にする前に、その場から消え失せる。
実際には殴り飛ばされたのだが、表現としては適切だと思う。
しかし、悲劇はこれで終わらなかった。
が殴った方向では、湯舟で酒を楽しんでいる曹操が居たのだ。
そして予想通り、彼は吹っ飛んで来た董卓にピンポイントでデコ同士をぶつけあい、同時にノックダウンした。
その隣で飲んでいたらしい夏侯惇は、すぐさま殺気を察知し、避けたらしい。
だが、かなり出来上がっていた曹操に告げる前に、オッサン同士はKOされた。
何か事が起こる前に、ある意味女性達は救われたのだ。
「孟徳…………。ふっ、日頃の行いだな」
ぶくぶくと隣で沈み逝く友を横目に、夏侯惇は酒盛りを再開した。
「あーもー!全然馬ッチ達見つからないじゃんよー!」
『折角喧嘩を見届けようとしているのに』と、気配すらない現状に、はプリプリと怒り始めた。
これだけ歩いているにも関わらず、広過ぎる風呂場は、逆に彼女を苛つかせる。
「ん〜………上がろうかなぁ」
「…………………」
「えっ?」
ふと呼ばれた方を見ると、そこには周泰がいた。
だが、何故かいつも一緒にいるはずの孫権が居ない。
「あれ?権ちゃんはどうしたんですか?」
「……………………居なくなった」
「え?じゃあ探してるんですか?」
「……………………いや」
「だ…………っ!?」
駄目じゃん!と突っ込みそうになったのだが、は思わず口を噤んだ。
そして、じっと周泰を見つめる。
「…………………………何だ?」
「い、いえ何でも………」
周泰は、広い湯舟であるにも関わらず、ちょこんと体育座りをしていた。
普通に足を伸ばして寛げば良いのに、彼はあくまで体を縮めて浸かっている。
それに可愛い過ぎ!!!と思ったのだが、その前に脳内でキャー☆と奇声を発していたので、なんとか堪えた。
「あ。そういえば、馬ッチ達見ませんでした?」
「………………………いや」
「そうですか、了解です。
あぁそれと、権ちゃん見かけたら、周さんが探してたって伝えておきますよ」
「………………………何故だ?」
の言葉に、周泰は小首を傾げ(またそれがのツボにヒットしたらしいが)た。
『探していない』と伝えたのに、あえて『居たら伝えておく』という彼女の言葉に、疑問が湧いたのだろう。
だから、は小さく笑むと、言った。
「ここに留まってるのは、権も探してくれてるかもしれないから、ですよね?
自分が探しに行っちゃうと、入れ違いになる可能性もあるし。
だから、あたしが権ちゃんに会ったら、言っておきますって事ですよ」
「…………………………感謝する」
意図した事を解したのか、周泰はこくんと頷いた。
それがまた可愛らしく見えて、の中の周泰ポイントがアップする。
大きい人に限って、こういった仕草が余計に可愛く見えるものなんだな〜、と。
「それじゃあ、あたしはこれで」
「…………………………あぁ」
「見つかると良いですね」
「…………………………ありがとう」
「えっ?」
再び歩き出そうとすると、何か聞こえた。
聞き返そうとするも、周泰は僅かに首を振り「………何でもない」と言う。
その顔が、少し笑んでいる気がして、も笑顔で手を振りその場を後にした。