珍・学園無双〜外伝〜
〜二泊三日 湯煙の旅・12〜
「あーもーいいや。やーめたっと!」
それからは、どれだけ足を使おうが辺りを見回そうが、馬趙コンビの気配は全くなかった。
が匙を投げようとしてしまうのも、仕方のない事だろう。
だが、実際彼等を目指すのなら、彼女自身が風呂内で「どこー?」と大声を上げれば良いだけなのだが、彼女はそれをすると周りに迷惑がかかると考え、断念した。
左奥の方では、恐らく甘寧辺りだろう『ギャハハハ!!』という爆笑が聞こえて来る。
右斜奥では、先程すれ違った曹丕(表)が愛する奥様と、まるでイチャイチャと音がつきそうなぐらいラブラブしている。
そして、ようやく出会えたのか、「おぉ周泰!!ここに居たのか!!」という孫権の声が、ずっとずっと背後から。
この靄の中、何だかんだで上手くグループが纏まったのだろうと考えながら、は結局上がる事にした。
これ以上探すのは、己の逆上せ具合的には宜しくない。
ジャブ、と湯から出る。
しかし、先の懸念が全く頭の隅へ追いやられていたのか、はヌメる足場に思いっきり滑った。
「ギャッ!!!??」
後方(湯舟の方)へと、まるで一人ボケ突っ込みをしたがる少年のように、がツルリといく。
スローモーションのような感覚に捕らわれたのは不思議だが、確かにそうだった。
しかし・・・・。
「危ない!!!!」
近場で浸かっていたのか、背後(湯舟)からは、聞き慣れた声と同時に、バシャンと立ち上がる音。
『おぉ誰だか知らんが、天の助け!!』と、誰かも分からないスロー状態で、は背後の人物に身を任せようと、身体の力を抜いた。
しかし、背後の人は湯に足を取られたのか、コケたらしい。
先の自分の、湯への顔面ダイブがごとく、バチンと言う痛そうな音。
という事で、背後の顔面強打殿と、真後ろへ全体重をかけてしまったの行方は・・・。
ゴッ!!!!!
「あぃだぁ!!!!」
「んがっ!!!??!?」
互いによる、互いの為の、互いだけの後頭部強打。
しかも、ゴチンなどという生温いものではなく、本当に固いもの同士がぶつかり合う音だ。
これには流石の覇王も悶絶で、彼女は湯舟にカムバックする事になった。
対して、彼女を助けようとしていた人物とは、陸遜。
彼は、のピンチを、その持ち前の妖力で感じとったのか、すぐさまクッションになろうとした。
彼女が落ちる標準的には湯舟だったし、その背を守ってやりながら力を流せば、怪我一つなく彼女を助ける事が出来ると思ったのだろう。
しかし、やはり日頃の行いというべきか、瞬時に計画された『後ろから抱きしめウハウハ』計略は、物の見事に失敗。
挙げ句、彼女を負傷(後頭部)させてしまうという、男として尤も恥じるべき結果を招いてしまった。
あぁ、頭が痛い。
しかし、彼女は大丈夫だろうか?
ぶくぶくぶく・・・。
だが、ふと気付いた。
自分が湯の中でぶくぶくしているのだから、彼女も・・・!!
故に、彼はこうしちゃいられない!とばかりに、瞬時に気絶しそうな己を奮い立たせ、水中から顔を上げた。
案の定、彼女は頭から星を出し、ピヨピヨしている。
自分でさえ痛かったのだから、彼女もそうだろう。
己の未熟さを噛み締めながらも、彼はを抱き上げた。
「う………ん……」
「さん、大丈夫ですか!?」
ズキズキする後頭部の痛みで、は目を覚ました。
数度瞬きを繰り返していると、上から心配そうに見つめる陸遜。
あ、そういや頭打ったんだっけ?と思いながら、彼女はゆっくりと身体を起こした。
「あれ?伯言、なんで……」
「済みません!!」
「へっ?」
あれから気絶していたのか、ボーっとしながら問うてみる。
だが次には、急に立ち上がり謝罪し出した陸遜に、目を丸くした。
「え、どしたの?何で謝るの?」
「それは…」
かくかくしかじか、と理由を説明される。
『助けようとしたが、湯に足を取られ、更には貴女に怪我をさせてしまった』と。
彼が簡潔に話し終えると、は『自分の頭強打は、伯言の所為じゃない』思ったので、それを述べた。
だが、「気にしないで」と笑うに、「駄目です!」と膝を折り出す。
膝を付いて一体何を?とキョトンとするが、その自分の手を取り、陸遜は言った。
「本当に、申し訳ありませんでした。
助けようとして、逆に怪我を負わせてしまうなど………不覚です」
「い、いいって!あたしは全然気にならないし。
それに、ホラ!!もう頭も全然痛くな…………い゛っ!!?」
そこまで気を使わせたくなくて、後頭部を擦って『平気!』アピールをしようとするも、やはりまだ痛みは引いていない。
それを悟ったのか、陸遜は湯上がりの顔を青くする。
「っ!!やはり痛いんですね!?あぁ、本当に本当に、申し訳ありません!!」
「だ、大丈夫だってマジ!
これぐらい、ちょっと休んでればすぐに直るから。本当気にしないで」
「いいえ、それだけは出来ません!」
キッパリと言い首を振る少年は、意外と頑固な性格のようだ。
いつもは温和でハキハキとしているし、物分かりがいい良い子だが、どうやらそれ故に、確固たる信念か何かを持っているのだろう。
大丈夫大丈夫、と苦笑いするに、少年は本当に心配そうな目を向けた。
「本当に……申し訳ありませんでした」
「良いって!大丈夫だから。それに、伯言の方が痛かったでしょ?
思いっきり体重かけちゃったから…。あたしの方こそ、ごめんね?」
「いえ!私は全然大丈夫です!!」
互いが互いに気を使い、更には互いで大丈夫と言っているこの空気は、ハタから見たらどのように写るのだろう?
というか、ここは何所だ?
は、不意に頭を過った(少し痛みが走ったが)疑問を、口に出してみた。
「そういえば、ここどこ?」
「あぁ、ここは…………休憩所のみたいです」
「へぇ〜。上せそうになったら、ここで休息取るって感じだね」
「はい!」
ふぅ〜、と手で自分を仰ぐ。
今し方自分が寝ていた台から降りて、腰をかけ直した。
と、陸遜がその隣にかける。
彼は何か考え事をしていたようだった。
優しい目元が少しばかり不安の色を醸し、僅かに揺れる。
「伯言、どうしたの?」
「さん…………その………」
「ん、なに?」
と、先程まで一切考えていなかったが、ここではとある事に気付いた。
全くスルーしていたが、彼も自分も、布切れ一枚の姿だという事に。
という事は、必然的に彼の上半身を見せつけられるわけで・・・。
「っ!!」
「え、さんどうしました?」
ズザッと後ずさりしたに、陸遜は不思議そうに首を傾げた。
だが、彼女の脳内は彼の挙動すら認識していない。
『ヤベッ!!伯言そのボディはマジやばいって!!!!!!』
着痩せするのだろうか、自分より年下の少年の身体は、鍛え上げられていて、今まで気付かなかった。
普段想像する事もないが、二の腕や腹筋の鍛え具合は、実にリアル過ぎだ。
もしかするともしかするが、自分の黄色い悲鳴ポイントにヒットしてしまう。
しかも、ナイスタイミングで、彼の『どうしました?』という子犬のような些かしょげたような顔を目にしてしまった為、何とも言えない何ともアレな心境。
恥ずかしい。
どうしようもなく、恥ずかしい。
何が恥ずかしいのか分からないが、とにかく恥ずかしい。
今度、一人でカラオケに行こう。
そして、このおかしな気持ちを『年下の男の子』に乗せて、消化しよう。
はそう決めた。
「さん?」
「ナ………何でもないデス………」
「?少し顔が赤いようですが……」
「イ、イヤ大丈夫デ…」
「もしや!!?先程の事故で……!!!?」
「た、多分チガいま……」
こういう所で男女の違いを見せつけられると、どうしてだろう、意識してしまう。
そういえば、馬ッチや張コウ先生、周さんの身体も、鍛え上げられていた気がする。
迂闊に混浴なんて入るもんじゃない、これでは自分が妖しい奴になってしまう。
そう思った彼女は、早々に風呂から上がる事を決心した。