珍・学園無双〜外伝〜
〜二泊三日 湯煙の旅・13〜
風呂から上がる事を伝えると、陸遜は「では私ももう出ます」と笑顔を浮かべた。
男と女それぞれの脱衣所へ入り、まだ痛む頭に歯を食いしばりながら、着替えを済ます。
女性陣はたっぷり湯に浸かる気満々なのか、風呂からは楽しげな声が響いて来た。
着替えとして部屋から持って来たのは、浴衣。
濃紺の生地に、薄濃が混合している青系統の花が咲いている。
白に近い紫の帯を締め、折角入ったので汗をかかないように、と袖を捲った。
「あ」
「私の方が、少し早かったみたいですね」
「うん、そだね」
てきぱきと着替えたのか、脱衣所から出ると、陸遜が自販機でジュースを買っていた。
だが、更に小銭を投入していたので、2本も飲むのかと目を丸くする。
すると、彼はどのボタンも押さずに、に問うた。
「さんは、なに飲みます?」
「え、いいよ!あたしは自分で買うから……」
「では、先程のお詫びだと思って下さい」
「ん……」
暗めの赤地に白の瞬きが栄える浴衣に包まれた体躯は、やはり先程思ったように、彼を着痩せさせてみせる。
にこりと笑うピュアな顔が、何とも眩しい。
照れはもうないが、何となく気恥ずかしさがを覆った。
「んじゃあ、コレで」
「どうぞ?」
「うん、ありがと」
ガコン、と音を立てて落ちて来たフルーツジュースを、陸遜が屈んで取ってくれる。
それに礼を返して、は早速とばかりに蓋を開けた。
すると、ゴキュゴキュと喉を潤している彼女を、陸遜が呼ぶ。
「ん、なに〜?」
「座りませんか?そこにソファがあるので…」
「あ、そだね!んじゃあ…」
微笑ましい会話をしながら、二人で腰掛けようとする。
・・・・・・と。
ピンポンパンポーン!
『おらおらぁ!!無双学園放送さ、良く聞きな!!
そろそろ晩飯の時間だから、皆とっとと風呂から出といで!!!!』
「祝融先生……だよね?」
「…………………ですね」
ふと、そういや晩飯は各自部屋で食べるのだろうか?という疑問が浮かんだ。
そんなの心を読んだかのように、続けて『Tクラブ美麗″に集合さ!』という放送。
「……どうする?」
そろ、と隣の少年を見遣る。
彼も自分と同じく、ここでジュースを飲みながら、風呂の疲れを取りたいと思っていたのだろう。
だが、どうやらこの学園は、そう簡単に、スローライフを送らせてくれそうにないらしい。
今の放送の間に、自分はジュースを飲み干した。
しかし、陸遜の手の中で、開かれるのを今か今かと待っていそうなトマトジュースは、見ているだけでちょっと切ない。
は、そんな彼に何と声をかけて良いのか、分からなかったので黙っておいた。
「…………………行きましょうか」
「………そだね」
ふぅ、と一つ溜息を付いて立ち上がった少年の背に、は何となく『ドンマイ!!』と、心でエールを送った。
T美麗″という時点で何か嫌な予感はしていた。
陸遜も、恐らく自分と同感だったのだろう。
その横顔は、苦笑いを隠せずにいた。
ホテル内の高級クラブを丸ごと貸し切ったのか、店内に入り通されたフロアは、学園全員が収まる程に広い。
ほんのり薄暗い照明の中、各テーブルには、蝋燭の灯された洒落たオブジェ。
油断して辺りを見回していたら、うっかりコケてしまいそうだ。
どうやら自分達が一着だったようで、『とある人物』を除いて、他に誰も居なかった。
そして、や陸遜が感じていた『嫌な予感』を過らせていたのは・・・。
「おやおや。一番乗りは貴女方でしたか!!
さぁさぁ!どうぞお好きな場所へお座りなさい!!!!」
「やっぱり……」
「………張コウ先生でしたか」
まだ他に誰も居ないというのに、張コウ先生のテンションは半端なく高い。
しかも、彼は輝かんばかりの衣装(美川建○並)を、これでもかという妖艶なる身体で着こなし、クルクルと回転している。
「あぁ!!何と私は美すぃ〜〜〜!!!!!
おっと……これは失礼。優雅に舞っている場合ではありませんでしたね。
テーブルは、基本的には4人用です、さんに陸さん。ですが……。
二人の世界に浸り、お食事を召し上がりたいのなら、カウンターをお勧め致します!!!」
「は、はぁ……ありがとうございます」
「……………」
このライトアップに雰囲気・・・・というか、これは見ただけで『晩飯』ではなく『飲み』だ。
「私の知人のお店でしてね」と、逐一ポーズを決めて言う張コウ先生が、些かウザい。
折角放送を聞いてすぐに来たというのに、この先生の相手をするのは正直辛い。
それならとっとと席を決め、移動してしまえば良いと考え、は彼から遠く離れたテーブルに行こうと一歩踏み出した。
しかし、急に腕を引かれる。
「っ……と。伯言、どしたの?」
「折角ですから、カウンターへ行きませんか?」
「でも、伯約とか……」
「……………。
今日は、あなたと二人で食事をしたいのですが、お嫌ですか?」
哀願するようにじっと見つめられてしまった。
捨てられた、ではなく捨てられそうな子犬の目だ。
じぃっと見つめて来る健気な瞳に、の脳内では『ラブリー!!!』という奇声が、大爆発する。
というか・・・。
別段彼と二人で食事をするのが嫌とは思わないし、そもそも断る理由がない。
故に、は笑って「分かった」と頷いた。
陸遜は、彼女の手を取って、笑い返す。
「ありがとうございます!」
「たまには、二人で食べるのも良いよね〜」
「はい!!良かった、断られたらどうしようかと……」
「あはは、んな事しないし」
「本当に、ありがとうございます!!素晴らしい夜になりそうです!!!」
年相応の可愛らしい笑みを作って、陸遜が笑った。
その笑みに、は『やっぱり可愛いなぁ』と感じ、思わず苦笑した。
そして、ここにも『楽しみです』と笑っているお方。
言わずもがな、張コウ先生である。
「ふふ……淡い恋心に力を貸すのは、美神である私の務め。
愛とは美しく、またほろ苦い定めにあるもの」
何を考えているのか、彼はターンをしつつポーズを取り、二人の背を見つめる。
「頑張って下さいね………陸少年」
決めポーズと同時に、美の化身は、小さく微笑んだ。