飲みですね、これは。
そうです、これはもう晩飯などではありません。
『ディナー』という名の『宴会』です。
そう、館内放送の『美麗』という辺りで、薄々感じてはいました。
どこを見てもバーですし、カウンターには、バーテンさんが待ち構えていますし。
どちらにしたって、この宴会の行く先は、目に見えているんです。
えぇ、分かっていましたとも。
何故ならこの学園は、何でもアリな奔放校なんですから・・・。
珍・学園無双外伝
〜二泊三日 湯煙の旅・14〜
が二人でカウンターへ座る事を了承し、バーテンに酒を頼みながら席に着いてから、暫く。
風呂を上がった彼女を探し求め、すぐにでも『奴等』の邪魔が入ると思っていた陸遜は、何となく嫌な予感がした。
ふと視線を上げると、目の前のバーテンが、頼んだカルーアミルクをしゃかしゃかしていた。
それに疑問が湧いたのか、が『どうして、カルーアミルクをしゃかしゃかするんだろう?』という目で、バーテンを見つめている。
陸遜は、ふと先程の事を思い出す。
実は、風呂からここまでの道のりの間に、罠を仕掛けて来た。
彼女に見つからないよう、少し後ろを歩きながら、足首辺りの位置にせこせこワイヤーを張ったり(引っ掛かると天井から矢が降って来る)、大小様々な形をした巻びし(釣り針のように引っ掛かると抜け辛い)を置いてみたり。
少しでも彼女と二人だけの時間を共有したくて、張った罠だった。
だが、この感覚はなんだ?
『だがそろそろ奴等が到着しても良い頃合だ』という、悪寒にも似た危機感。
奴等があの程度のトラップで死ぬはずはないし、自分の差し金だと思って、怒髪天を突く勢いで突破して来るはず。
それなのに、全然来る気配すら感じさせないとは、一体・・・。
何かが起こる。
とそれだけ長く居られる、というのは嬉しい。
だが、直感ではあるが、ざわざわと身に絡み付くような感覚に、妖魔と歌われて久しいこの男も、流石に冷や汗を流した。
なんだろう、この鳥肌が立つような、おぞましい気配は。
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・気配?
「っ!!!!」
「伯言?」
咄嗟に謎の気配で我に返り、陸遜はバッと後ろを振り返った。
急な彼の行動に驚いたのか、が首を傾げる。
真後ろで妖気を醸し出していたのは、彼が懸念した人物達であった。
「陸………貴様……!!」
「陸殿………中々に面白いトラップを仕掛けて下さいましたね」
「馬っチに…子龍兄?二人とも、どうしたのその格好……」
字の通り『怒髪天』を突いている兄貴ーズ。
だが、が疑問視するのも、そのはずだった。
馬超の浴衣は、どうしてか所々に穴(矢)が空いているし、趙雲は『館内はスリッパで移動がセオリー』なのに、素足であったのだから。
「どうしたもこうしたも……!!!」
「、貴方の隣で座っている火炎鳥に……」
「あ〜っとぉ!!手が滑りましたぁ!!!!」
バシャ、ビシャ!!
誰もがその言葉で、彼の少年を想像してしまう『火炎鳥』。
だがしかし、それはには解する事が出来なかったようで、咄嗟に放たれた陸遜の『不慮の事故(明らかに故意)作戦』により、中段される事となる。
案の定、馬趙コンビはズブ濡れになった。
「あぁ、これは失礼しました!!大丈夫ですか、馬殿に趙殿。
私は決して悪意などなかったのですが、どうやら手がツルッと行ってしまったようです!!!」
「ちょっと、二人とも大丈夫!?」
すぐに悪意たっぷりの謝罪を口にしつつ、次はどんな攻撃を繰り出してやろうかと考える。
だが、この少年は純粋に『さんと二人きりになりたい』と考えているだけである。
しかし、知らず中心となってしまっているは、すぐに二人の救援にかかったようだが、なにせカルーアミルクを拭いている物は、ハンカチでもなくティッシュでもない。
パッと目に入ったのか、回収し忘れの雑巾っぽいもので、ごしごしとやっていた。
これには、いつも第一!と考えている二人も、報われない。
彼女相手となると、突っ込み所でも突っ込めない兄達。
はでそれ(雑巾)に気付いていないのだから、それこそ不毛というものだろう。
「取りあえず、二人とも風呂入り直して来なよ?」
「入り直す?、お前は馬鹿か?
どうしてこの悪魔の思惑に気づけないんだ!?そうは問屋がおろし大根だ!!!」
「入り直すなど、時間を無駄にするような物……。、安心しなさい。
これから何があろうとも、私が、火炎鳥からお前を守ってみせる!!!」
とても格好良い台詞のはずなのに、興醒めするほどダサく感じる。
はそう思ったが、今はきっと『ダサカッコいい』が流行っているのだろうと、思っている事を胸の内に抑えた。
しかしここで、予想外な人物が、少年F(Fire)氏に援護をかける。
「あぁ、何と言う事!!華麗に手が滑ってしまいましたぁ〜〜〜〜」
パチン、ザバァ!!
ゴッ、ゴィン!!
「ふっ!?」
「へぶっ!!」
オカマの声の後、指を鳴らした音が聞こえたかと思ったら、兄貴達の真上に落ちたのは、水。
そして、止めとばかりに、今度はタライが落ちて来た。
痛々しい音が、涙をそそる。
今度は明らかに故意だ。
そう思った兄二人だが、残念な事に相当な打撃だったのか、二人はそれと同時に意識を手放した。
「ちょっとちょっと!!二人共、大丈夫!?」
「あぁ、何たる悲劇!!ですがきっと、これは美の神の思し召しかもしれません!!
さん、ここは私にお任せなさい。陸少年、さんを頼みましたよ?」
「え……は、はい!!お任せを!!!」
華麗にして美の神と自称する、張コウ先生。
彼はそう言うと、両脇に兄貴ーズを抱えて、『クラブ美麗』を後にした。
それから、放送を聞いたのか、少しずつ生徒や教員が店内へと入って来た。
ある者は一人で、ある者は仲間と、ある者は愛しき人と。
に近付こうとする者共を牽制しつつ、陸遜は二人の時間を楽しむ・・・・はずだった。
しかし、注文を終え、店内がワイワイガヤガヤと賑わい始めた頃、とある事件が起こっていた。
それは・・・・・。
「伯言、大丈夫?」
「うぅ〜」
二度ある事は三度ある。
まさにその通りな現状。
陸遜は、酔っぱらっていた。
手が滑ってしまった『不慮の事故』があったので、もう一度バーテンさんにカクテルを作り直してもらった。
しかし、彼はもっぱら酒に弱かった。
も、それを飲ませた後に思い出したようで、たったの一杯でヘロリとしてしまった彼を、心配している。
美神・張コウ先生の援護も、無駄に終わってしまったのだ。
だが、酔っぱらいながらも『二人だけの時間』を大切にしようとする、彼の執念という名の本能は、もの凄かった。
『妖気を感じ取る』所の話ではない。
背後からちょっかいを出そうとした甘寧に、武器を投げ付け(サクッと良い音がした)。
気になりつつも行動に出せない孫権を近付けぬ為、矢文を放ち。
どさくさ紛れにを攫おうとした曹操には、月英からもらったプチ連弩で狙い打ちした。
もちろん、それはに気付かれる事なく、撃退する事が出来た。
故に、今ももちろん二人きりではある。
しかし・・・・。
「ちょっとちょっと、本気大丈夫?」
「う、うぅ………」
気持ち悪いわけではないが、胸がもやもやする。
頭がグラグラとして、動悸息切れが止まらない。
これは恋なのか?という問題ではなく、それなら飲むなという話なだけだ。
「うぅ……さん………」
「伯言、しっかりしてー!」
何とか身を起こして、彼女の手を握る。
だが生憎、自分は相当気分が悪そうに見えるのか、彼女は只々心配そうに自分を見つめて来るだけ。
あぁ、ずっとこの時が続けば良いのに・・・。
そうは思ったが、時間に比例するように、気分は段々と悪くなる。
自分でも、目線がイッているのが、何となく分かってしまった。
これが、限界かもしれない。
だが、それは同時に『脱落』を意味する事だと分かっていたが、どうする事も出来ない。
成る程・・・これがT因果応報″というやつか。
そう思ってしまったのがいけなかったのか、ここで陸遜の意識はシャットアウトした。
「ちょ、伯言?伯言ってば!!だ、誰かー!!」
遠ざかる、大好きな彼女の声。
それと同時、待ってましたとばかりに彼女に近付く外野の声を聞きながら、『これから彼女の前では、絶対に酒を断とう』と心に誓った少年だった。