珍・学園無双外伝
〜二泊三日 湯煙の旅・15〜
「あの…どうでした?」
「うん、大丈夫だったよ。ただ酔いつぶれただけ」
「そうですか…よかった」
酒に落ちた陸遜にすぐさま駆け寄ったのは、保健医の馬岱先生だった。
彼は劉備先生や魏延先生と慎ましやかに酒を楽しんでいたようだが、やはり生徒達の状態をさり気なく気にしていたらしく、その対応は早かった。
白目を向いて倒れている陸遜をすぐさま別室へと連れて行き、適切な処理をしてくれたようだ。
可愛い弟分の容態を聞いて安心したのか、はほっと息を吐いて胸を撫で下ろした。
「彼、お酒弱いみたいだね。しかも極度の」
「そう…だったんです。すっかりド忘れしてて……すみません」
「さんが謝る事はないよ。陸君本人は分かっていてあえて飲んだのかもしれないし。
それと、彼は暫く寝かせておいた方がいいから…貴女は私とバーに戻ろう」
にこりと微笑む馬岱に、は苦笑いともいえない笑みを返して、『美麗』に戻る為歩き出した。
ふと思い出したので、は馬岱に聞いてみる。
「あの〜……そういえば、馬っチ達はどうしちゃったんでしょう?」
「あぁ〜そうか、すっかり忘れてたよ」
タライ攻撃を受け撃沈した兄貴ーズの介抱をしたのは、どうやらこの優男先生ではないらしい。
だとしたら連れ去った張コウ先生に介抱されているのか、とその想像をしてみた。
しかし、なんだか気分が色々な意味でしょげてしまったので、この問題は心のスキマから華麗に追いやる事にした。
「いえやっぱいいです…」
「あれ?さんも介抱されてる所想像しちゃった?ふふ、色んな意味でげんなりだよね」
「馬岱先生って…エスパーですね」
とてもげんなりしているとは思えない馬岱に、少しだけ元気を持っていかれた気がする。
だが、いらぬ妄想はHPを無駄に消耗するだけなので、『美麗』までの短い道のりをどこにでもある世間話に費やす事にした。
「あ、戻って来ました!」
「おーい!こっちだこっち」
「さんよ〜、ちょいとこっちで話しでもしていかないかねぇ?」
美麗に戻ると、すぐさまお声がかかった。
上から姜維・呂蒙・ホウ統である。
どちらかといえば『頭の良い組』であろう集いに呼ばれ、は馬岱に頭を下げた後、首を傾げながら笑って輪に入った。
「ここです、ここ。私の隣にどうぞ!」
「お?伯約、お前ちゃっかりの隣キープか」
「アピールは万全ってかい?若いってのはいいねぇ〜」
立ち上がりパシパシと『私の隣に』とソファを叩く姜維の頬は、ほんのり赤い。
そこそこ飲んでいるのだろう、いつもより笑い方が『ふにゃり』としていた。
呂蒙やホウ統は出来上がっているわけではないのだろうが、やはり酒の力が働いているのかニコニコ笑っている。
は「うん」と頷くと、姜維の示す場所へ腰を下ろした。
「さん、失礼しますね!」
「わっ!?」
座った途端、断りを入れられ何事かと思いきや、姜維が膝に頭を乗せたのだ。
は、驚きのあまり一瞬体を跳ねさせ、目を丸くした。
更に驚いたのは呂蒙だったようで、うたた寝モードに入った姜維の頭をポンポン叩く。
「おいおい伯約、飲み過ぎじゃないかー?」
「まぁまぁ、子明さんよ。伯約の坊ちゃんも、甘えたい時ってのがあるんじゃないかねぇ?」
「しかし、普段のこいつの純情ぶりを考えると、大胆過ぎじゃないか?」
「良いんじゃないかい?さんも慣れていそうだしねぇ」
そう言うとホウ統は、「ちょっくら周瑜先生の所へ行って来るよ〜」と御猪口の分を飲み干して席を立つ。
それに呂蒙は「ではまた後でなー」と返し、店員を呼んで芋焼酎のお代わりを頼んだ。
「ー、お前は何か飲みたい物はあるか?」
「うーん、どうしよっかなぁ」
「それなら、俺と付き合うかー?」
「芋焼酎ですか?良いですよ!」
「おー!飲む気満々だな。よし、俺も今日はとことん飲むぞー」
「大丈夫だと思いますけど、子明さんまで潰れないで下さいね」
「任せておけー!」
ドンと胸を叩く呂蒙に笑みを零しながら、は酒が来るのを待つ。
運ばれて来た芋焼酎で乾杯し、口に含むと独特の香りが広がった。
のんべぇではないが、普通の焼酎とはまた違う口当たりや風味に『良いかもしれない』と頷いていると、呂蒙は楽しそうに笑った。
「はイケる口かー?」
「そうでもないですけど、そうかもしれないです」
「ん?どっちだー?」
「あ、でも強くはないですよ!」
香りを楽しみながら飲む呂蒙は、なんだか油の乗ったおっさん臭くて良い。
ここはクラブであるはずなのに、飲んでいる物や彼独特の雰囲気が『居酒屋』を連想させた。
それに小さく苦笑して、ふと周りを見遣る。
まだ、一部の者を除き酔いつぶれる者が出る時間帯ではない。
程良い和やかムードといったところか、皆各々楽しげに飲み賑やかに話す。
甄姫先生や曹丕、祝融先生や孟獲、貂蝉や呂布諸々の『恋人いる&既婚組』は、幸せそうな空気を醸しながらも見ているこちらが恥ずかしくなるほどの甘々ムード。
唯一『微妙な関係』と思われる関平と星彩ペアは、相変わらずの調子(トークで頑張る関平に淡々と答える星彩)のようだ。
昼間のバスの調子で、張遼は関羽や徐晃に何事かつっこまれ、口を真一文字に結び唸っている姿。
目立っているのか目立たぬようにしているのか、大きな図体を丸めてカウンターで無言会を開いていそうな、ホウ徳や周泰。
そのすぐ近くでは、夏侯淵が夏侯惇の隣をゲットして喜んでいるのか、ほろ酔い気分もプラスされて満面の笑みを浮かべている。
皆、楽しげに飲んでるじゃん!
そう思いまたも笑みを零していたに、声がかかった。
生憎膝には姜維が寝ていて大きく動く事は出来ないので、顔を軽く動かし振り向くと、凌統が立っていた。
「あれ、公績君じゃん。どした?」
「どうしたもこうしたもないって。
一人ぼっちだから、呂蒙さんに擦り寄ろうと思って…なんてね」
「ふふ、なにそれ?じゃあ芋焼酎付き合う?」
「生憎だけど、俺はちゃんみたいに優しくないから、一人でカクテル飲ませてもらうよ」
「公績ー。それは俺が無理矢理、に飲ませてるような言い方だぞー!」
「冗談ですって、冗談。でも飲まないに関しては本気だけど」
ちゃっかりとオーダーしたものを片手に持って、こちらへ来たらしい。
なんだろうとグラスを見つめると、彼は「ソノラっていうんだけど飲んでみる?」と言いながらニッと笑った。
「ソノラ?知らないかも…」
「結構、女の子に好かれる味かもよ。フルーティーな感じかな〜?」
「じゃあ芋焼酎と交換!」
「勘弁!匂い強いのダメなんだよね〜」
「飲め公績!俺の酒が飲めないのかー!」
「ちょっと呂蒙さんだいじょぶ?俺に絡まないでくれよ」
とことん飲むと決めた以上妥協はしないのか、呂蒙は一気にペースを上げ始めた。
そんな事したらあっという間に急性アルコール中毒だよ!と心配するをよそに、ガッツリ飲む。
自分のを飲み干すと、がソノラを飲んでいる隙に彼女の焼酎を奪い、また飲む。
彼女のがなくなると、またオーダーし、飲む!!
流石にこのペースはハイ過ぎだ、と思ったのだが、割り込む隙のない状況にポカンと口を開けている。
そんな彼女の表情に苦笑しながらも、酔った状態の呂蒙を知っているのか、凌統は「とりあえずあっち行こう」との腕を引く。
の膝を姜維が枕として使っていたが、ゆるりと外させる。
「ちょっと公績君。子明さん、ほっといたらヤバいんじゃないの?」
「あの状態になったら多分、ちゃん、一晩中呂蒙さんの聞き役させられて終わるけど?」
「うっ……」
「勘弁でしょ?だから俺が攫ってあげたわけ」
「でも、伯約が…」
「急アルじゃないから、大丈夫だと思うよ。潰れただけでしょ」
確かに凌統の言う通り、姜維はほんのり顔が赤いが単に酔って眠っているだけと分かる。
しかし、放置は如何なものか?
下手をすると、寝ている姜維に呂蒙がくだを巻く構図が出来上がるかもしれない。
そう思うと、なんだか口元が引き攣った。
「なんか…色々と微妙なんだけど…」
「まあまあ。そういう時は、素直に連れ出してくれてありがとーって言って欲しいんだけどな〜」
「…多分、ありがとう」
「なにその多分って?」
「なんとなく語感で言ってみたけど、あんま気にしないで。あたしもよく分からないから」
早速スリープ姜維の肩を揺さぶって語り始める呂蒙が、視界に入る。
結果的には呂蒙も潰れるのだろうが、展開的になんとなくいたたまれなくなってしまう。
故に、は店員さんに『あの人のテーブルには酒と水両方置いてあげてください』と告げ、凌統に向き直った。
「じゃあ、俺はちゃんを攫うナイト役って感じでオッケ?」
「……なんかそれで良いような、良くないような」
「どっち?」
「と、とりあえず……オッケ?」
「そうそう。女の子は素直な方がモテるよ。多少ムクれる癖があってもオッケだし」
「うん、参考にしとく。ありがと公績君」
飄々として軽い口調という印象の強い凌統であるが、意外と細やかな気配りやフォローをしてくれる。
も、彼の本質を本能というか人と接する上でのスキルで感じていたが、淡々とも取れる言葉遣いは他人に対する気遣いを彼なりに表した結果なのかもしれない。
皮肉ったような笑い方も、彼の経歴の上に成り立つものだろうし、かといえそんな彼の繊細さがは嫌いでは無かった。
だから、敬遠されがちなこの男に、好感が持てるのかも知れなかった。
凌統はの肩を軽く叩くと「それじゃちょっと外にでも出てみますか〜」と、人を食ったような笑みを浮かべた。
「外?」
「そ。外にも席があるんだぜ?結構、俺達も雰囲気出ると思うけど」
「あたし達が雰囲気ぃ〜!?お互いガラじゃなくない?」
「一人もの同士、たまには下らない事で語り合うってのも良いんじゃないの?」
「なるほど、それもそうかもね。公績君の語りとか、かなり聞いてみたいかも!」
「結構高くつくけど、覚悟ある?」
「あはは、ないない」
さり気に馬が合う二人は、アハハと呑気な笑い声を上げてテラスへ出て行った。
だが、その姿を見咎めたのは・・・・・奴だった。