「なんで…泣いてるんだ?」
「えっ?」
「目が赤い」
「あぁ、欠伸連発してたからじゃない?」
珍・学園無双外伝
〜二泊三日 湯煙の旅・17〜
「もう大丈夫なの?」と聞くと、彼は頭に手をやって「コブが出来たぐらいだ」と言った。
「子龍兄は?」と聞くと、彼は部屋の中に入りながら「あいつはまだ落ちたままだ」と言った。
「なんでタライが落ちて来たんだろ?」と聞くと、彼は部屋の中を見回しながら「色々な陰謀が渦巻いてるんだろ」と言った。
「バーに戻らなかったの?」と聞くと、彼はの傍にしゃがみこみ「戻ったがお前がいなかったからここに来た」と言った。
どの答えも、淡々とした口調だった。
はなんとなく気まずくなって、迷う視線を夜の海へ向けた。
「バーに戻った方が、皆居るし良かったん…」
「」
言葉の流れをスッパリと斬るように、馬超が自分を呼んだ。
なんとなく振り向きたくなくて、視線を海から離さなかった。
「、なんで泣いている?」
「………別に」
「泣いてただろ?」
「泣いてたけど、もう泣いてないよ」
「」
自分で答えたそれらに、は反抗期真っ盛りな子供でもあるまいに、と思った。
でも、馬超の方を向きたくなかった。
なんでもないのに泣いている自分なんて、自分以外誰にも見られたくなかったからだ。
「……力づくだぞ?」
「それは…けっこう困るかも」
「じゃあこっち向け」
「とりあえずちょっと待ってて」
「…なんでだ?」
「涙引っ込めるからに決まってんじゃん」
「………引っ込めなくていい」
馬超が腕を伸ばした。
しかし、その腕から逃げたくて、顔を隠しながら立ち上がり、玄関の方へ向かいしゃがみ込む。
「!」
「わけわからない涙だから、人いる時は引っ込めるもんなの!」
「人の分からん理屈で、意地を張るな」
「張ってない」
「張ってる」
「張ってないってば!」
一体何なんだこの涙は。
自分の見ていた世界から、何の事なく何の苦労もなくやって来てくれたような、優しい音。
安堵感にも似た、温かい感覚。
「涙を見せようとしないってことが……意地を張ってる証拠だ」
「じゃあ張ってていい」
「子供かお前は…」
ゆっくりと足音が近づく。
すぐ間近で呆れたようなため息が聞こえた。
「ちょっと1人にしてよ…」
「できない」
「すぐ元気になるし、明日には全然復活だから…」
「嫌だ」
真後ろで、彼はきっと膝立ちになって自分が顔を上げるのを待っている。
「俺にぐらいは、意地を張るな」
「別に馬ッチだから意地張ってるわけじゃ…いやそうでもないかも」
「まったく、お前は…」
また、今度は先ほどよりも大きなため息が聞こえた。
「とにかく、何があったか話せ。俺が聞いてやる」
「別に、本当に何があったワケでもないんだってば!」
「……………本当か?」
「なんとなく泣きたくなったから……泣いてただけ」
「なら尚更、1人に出来ないな」
言葉が終わる前に、馬超の腕に閉じ込められた。
風呂から上がってもう随分時間が経つのに、温かかった。
素直にそれを告げたら、「男と女の違い」と小さく笑ったような声で言われた。
「、泣いていいぞ」
「ん…なんかもういいや」
「おい…お前な」
「涙は別の機会にしとく。今はあったかいから、これでいい」
「勝手に泣いて、勝手に満足するな」
「それが、あ・た・し☆」
「なんか腹立つ……泣け」
「もういいってば!」
「引っ込めたものを、もう一度出せと言ってるだけだ」
「引っ込んだものは、そう簡単に出せないもんじゃない?」
「お前イズムの持論はいい。とりあえずもっかい泣け」
「だーからもう泣けないって!
あ、替わりに馬ッチ泣く?膝とか胸ぐらいなら貸してあげるよ?」
「……………」
一瞬馬超が固まる。
が、はお構いなしにいつも通りに笑顔になった。
自然に、笑みが浮かんだ。
「お前な…」
「なによ?」
「膝もどうかと思うが、胸はマズいだろ…」
「え、そう?でもよく言うじゃん。『泣きたい時は、俺の胸を貸すぜ』って」
「それは男同士または女同士だろ」
「男または女同士の友情でそれがあるんだから、男女の友情間でもあってよくね?」
「お前イズムはもういいと…」
「あは!なんか元気出てきたかも!」
本当に泣きたいから泣いていただけだったが、今は本当に笑いたいから笑っている。
立ち上がりながら、は心からそう思った。
対する馬超は腑に落ちない様子ではあったが、がニコニコと笑っているのを見てもういいと思ったのか、一緒に立ち上がる。
「ねぇ馬ッチ、飲み直そうよ!」
「おう………戻るか?」
「ううん、今はここでゆっくり飲みたい気分」
「珍しく素直だな」
「そこ!一々いらん指摘すなっ!」
「ほら座れ、そんで優しく慰めてやった俺に、酌をしろ」
「そんな偉そうな君には、特別にババチョップかクロスチョップ、どちらか選ばせてあげよう!」
「それなら膝枕しかないな」
「なんでやねん!!」
それからクラブ美麗の明かりが消え、生徒達の部屋の明かりも消えても、彼女の部屋の明かりだけは遅くになっても消える事がなかった。