珍・学園無双〜外伝〜

〜二泊三日 湯煙の旅・3〜






* * * 回 想 5 * * *



が司馬懿の隣に座った事で、一件は落着したかに見えた。

しかし。

そう簡単に黙っていられない男が、二人。

言わずもがな、馬超と陸遜である。



彼等は、いち早く文句を言おうと口を開いたが、それは先に邪魔された孫堅・張遼・董卓他モブ達だった。

に関しては、諦めが付いたのだろう。

彼等はこぞって二人の行く手を阻み、後方座席にいる司馬懿の隣のから、せめて遠ざけてやろうとしていた。

ただでさえ男臭い3学年のバスは、進もうとする者(二名)と、阻もうとする者(多数)により、よりムサ苦しくなった。










* * * 回 想 6 * * *



「司馬さん、隣良いですか〜?」

「………………」


馬陸、という意外なコンビが、前の座席に追いやられている頃、最後列より一つ前の席に到着したは、嫌とは言わせない笑みを作り、司馬懿に声をかけた。

対して彼は、返答なくプイッとそっぽを向く。



「司馬さん、ト・ナ・リ良いですか?」

「…………………勝手にしろ」



この人は、どうしていつもこう可愛くない言い方をするのか?と思い、苦笑が漏れる。

諸葛亮、月英カップルと渋谷で遊んだ時もそうだったが、そういう反面、そこまで悪い人間ではない事を、彼女は知っている。

誰もが『嫌味が飛んで来る』と、近付こうとしないその隣を選んだのも、理由の一つに入っていた。



「司馬さん、あたし窓際が良いんだけど……」

「………馬鹿目が」

「馬鹿馬鹿って、聞き飽きたしー」

「……………煩い、馬鹿目が」



そっぽを向き、そう言いながらも通路側に座り直し、組んでいた足を退けてくれたのも、彼なりの優しさなのだろう。

あの一件で『実は照れ屋さんなだけでは?』と思っていたは、それにまたも苦笑をして、「失礼しまっす」と窓際に腰掛けた。



「司馬さ〜ん、お菓子交換しない?」

「……………」

「シカトしないでさ。何かお菓子持って来てないの?」

「……………………っ馬鹿目が」



さっきから『馬鹿目が』しか言わない男は、そう言いつつも、胸ポケットに入れてあったのか、飴玉を一つ取り出し、放り投げて来た。

それを上手くキャッチして、は意外そうに、まじまじと彼を見つめる。

見つめられていると分かったのか、彼は苦虫を噛み潰したような顔をして、言った。



「……………何だ?」

「え?」

「何を見ている?」

「え、だって………司馬さんみたいなタイプって、絶対お菓子とか持ってくる感じが…」

「っ〜〜〜〜、馬鹿目が!!!」

「ヒッ!?」



本当の事を言っただけなのに、何故か司馬懿は顔を真っ赤にしてキレた。

どうしてそんな事でキレられるのか、分からない。

意外だから意外と言っただけなのに・・・。



しかし、『お菓子交換』という名目で貰ったからには、こちらも礼を尽さねばならない。

「いつの時代の人間だよ」と、この場に馬超が居たら(どうやら彼は、陸遜と共に最前列に座らされたらしい)言うだろう。

はそんな事を考えながらも、持っていたスーパーの袋から、キット○ットを取り出した。

それを目の前に突き出され、司馬懿は訝しげに問う。



「………………何だ?」

「なんだって、お菓子交換でしょ?」

「そんなもの、私は望んでおらん」

「望んでおらんっつったって、司馬さんあたしにくれたから、あたしもお返ししようかなって…」

「いらん」



ピシャリと言われ、は一瞬目が丸くなった。

しかし、すぐに意地の悪い笑みを作ると、口の端を上げてククッと笑う。

逆に、今度は司馬懿が目を見開く番だった。



「な…………何なのだ」

「もしかして、やってほしいのかな?」

「何をだ?」

「ほら、諸葛さんと月英さんが前にやってた、『あ〜………」

「やめんか馬鹿目が!!!!!」

「冗談じゃん、一々キレないでよねー」



からかわれた、とプライドが許さなかったのか、またも顔を真っ赤にして(アレを思い出したらしい)キレる司馬懿。

それを可笑しそうにイジるは、最早彼にとって、鬼でしかなかった。



だが、それでも「交換なんだから受け取ってよね!」とゴリ押しするには、何故か司馬懿も逆らえない。

そういえば、先程、達が寮から出て来るのをバスから見ていたが、その後の甘寧殴り倒していた気がする。

ボーッとしながら見ていた為か、それ以降あの男がどうなったかは知らない。



しかし、自分が見たものが間違いでない事は分かっていたのだろう。

本能が、『に逆らってはいけない』と告げていた・・・・・気がした為、小さく「凡愚め」と呟きながらも、キッ○カットを懐に納めた。



それから、孫堅がやって来てお菓子をくれたり、張遼が何故か薔薇を一輪くれたりした―――その間、跨がれる司馬懿はウザかったらしく、紫色のビームを出していた―――が、何故か馬超と陸遜はやって来なかった。

人とは面白いもので、いつもくっついて行動している癖に、それがなくなった途端、寂しさを感じるものである。



も同じく、なんとなく最前列にいる彼等が気になり、ひょこっと頭を出して見た。

同時に、吹き出してしまう。

と、隣で本を読んでいた司馬懿が、眉を吊り上げながら問うた。



「何を笑っている?」

「いえ……馬ッチも伯言も、凄いガードされてるんで」

「?あぁ、そういう事か」



の言葉で、見なくても理解出来たらしく、彼は本から目を離す事なく言う。

何となく、馬陸コンビが前列でどうなっているか、見当をつけたのだろう。



実際、彼の予測した通り、最前列から達の座る間にかけて、鉄壁の防御がしかれていた。

男性陣は二人を邪魔するべく、二人は男性陣を蹴散らすべく。

先程と変わらないやりとりを―――殴ったり蹴ったり頭突いたり燃やしたり―――していた。



さっきと何ら変わらないやり取りを見て、は笑った。

そして、彼女の笑い声を聞いて、司馬懿もフッと珍し過ぎる笑みを漏らしたが、それは誰も気付く事がなかった。










* * * 回 想 6 * * *



誰が始めたか分からないが、バスの中は、いつの間にやらカラオケ大会になっていた。

司馬懿に話しかけつつ、かといって余り読書の邪魔をしてはいけないかな?という思いもあって、は反対側の席に座る張遼と、話をしていた。

真面目そうに見えて、実は結構天然が入っているらしく、張遼はトークをしながらも、を笑わせてくれる。



本人は至って真面目に話をしているようだが、所々ツッコミポイントが多く、一人では手が回らない状態だ。

それを感知したのか、隣に座っていた関羽が一緒になってツッコンでくれた。



「あっはっは!張さん、それ絶対に見解間違ってる!!」

「そうですかな?私としてみれば、その場合は……」

「あいや文遠殿、それは殿の意見が合っている」

「むぅ……」



何が可笑しいのか、只々楽しい空気に飲み込まれ爆笑するに、関羽にまで突っ込まれ唸る張遼。

司馬懿は時折「少しは静かに出来んのか!」と怒鳴り散らしつつも、結局が怒鳴られたぐらいで折れる事がないと知っている為、殆ど諦めている。



前方ではカラオケ大会が行われているも、やはり馬超と陸遜の後方への猛攻は、収まる事はない。

折角、珍しくも諸葛亮が歌っているのに、1メロ2メロ、サビの部分が来ても、武器がかち合う音や火矢が飛び交う音は、遠慮なく彼の素敵ボイスの邪魔をしている。

天下の秀才と言われた彼も、流石にドタマに来たらしく、ラストのサビを邪魔されぬよう、黄金色のビームを放ちながら、私の歌を聞きなさい的に―――負傷者が出たらしいが、断然無視―――熱唱していた。



火矢やビーム、吹き矢が飛び交う中、誰一人その大混戦を咎める者はいない。



3学年の副担任である甄姫先生は、旦那さんとラブラブしていて、咎める所か甘い世界を醸し出し。

担任兼校長であるはずの劉備先生は、魏延先生(1学年が分割した為)と、『反骨か否か』トークに夢中だ。

マトモ組に入る夏侯惇や曹仁は、この事態を予測していたのか、出発早々耳栓にアイマスクを着用し、爆睡。



一体誰がこの状況を止めるのだろう?

この中にいる誰もが、そんな事を頭に浮かべる以前に、事態の凄惨さに気付いていない。

生徒も教師も『楽しければ、それで良いじゃん!』なのだ。



ここでマトモな感性を持っている者がいたら、即座に寝落ちするだろう。

寝落ちよりも、むしろ窓落ち(負傷覚悟)する。



そんなこんなで、諸葛亮が歌い終わったらしい。

しかし、1メロ2メロを邪魔されたのを根に持っていたようで、今正に火矢を打たんと後方へ狙いを定めていた陸遜に、マイクを渡した。

それを口で受け取りながらも、陸遜は狙いを定める事をやめない。



諸葛孔明には、秘策があった。

それは何か。



連続で、への道を阻もうとする輩に矢を放ちつつ、少年は次々に矢を番え、放つ。

しかし、自分の十八番のイントロが流れると同時、大事であるはずの矢を放り投げ、咄嗟に加えていたマイクを手に取った。

そして・・・・・。



「花屋の〜店先ーになーらーんだ〜」



キーーーーーーーーン!!!!!!!



「ぐあっ?!」

「フぐっ!!!?」

「なんじァハッ!!!?!?」



えっSMA○!!!??

S○APなのっ!!!???!?



そう思う間もなく、バスの中は彼の歌を聞いた途端、吐血する者やら、白目を向いて気絶する者、眠ってそのまま何処かへ逝ってしまいそうな者が、溢れ返った。

それもそのはずで、陸遜少年は・・・・・。



「な、なんだこの超音波は!!?」

「んがぁっ!!耳が………耳がーーーーーー!!!」

「陸、てめっ……………お前は絶対歌うなって、あれほどっ…………!!!?!?」



陸伯言、笑えば白い歯が光り、その美少年スマイルは、地元でも可愛らしいと評判。

名家のボンボンと噂され、顔良し性格良し(にだけ)、どれを取っても申し分ないはずの、彼、は。

『音痴』と言われる、意外な属性を持っていた。



しかし、ここで案外平気な奴もいた。



脱落者が殆どで、阿鼻叫喚地獄絵図なバスの中。

陸遜が歌い出した事により、可愛い弟分が歌っているのでは聞かないはずがない、

彼女の耳を保護しているのは、もちろん覇王バリアーだ。



先程まで眠っていたはずの、星彩。

そして耳が遠いのか黄忠と、音痴仲間になって久しい張飛。

あの無敵の校長、劉備先生を昇天させた美少年の歌声でも、こうして生き残る奴はいる。



先程まで、後方を攻撃していた馬超も、彼の第一声で魂が抜けかけ。

の隣で話していたはずの張遼・関羽も、始めの『花屋』という部分だけで、召されていた。

だが、隣で楽しげにくっちゃべっていたは、今は覇王バリアーに包まれ、楽しげに弟が熱唱する姿を目に焼きつけている為、気付かない。



そして、彼女の隣で読書をしていたはずの、司馬懿は・・・・。

吐血に白目、更には調度彼女から貰ったキットカッ○を食っていたのか、口から半分はみ出させながら、召されていらっしゃった。










「ふふふ……………私の歌を聞かなかった罰ですよ…………」



今だ熱唱する陸遜の背後で、一瞬にして撃沈した亡者達に一瞥くれながら、羽扇で口元を隠しつつ、諸葛亮は静かに微笑んだ。