珍・学園無双〜外伝〜

〜二泊三日 湯煙の旅・7〜






バーベキューの支度を手伝っていた馬超の元へ戻ったと趙雲は、先の必然とも呼べる光景を見て、げんなりしていた。

馬超は「一体なんだ?」と首を捻っていたが、二人とも特に語らず、真相は闇の中だ。

に聞いても良かったが、先程とは打って変わったテンションの下がりように、馬超ならず陸遜までもが、心内で『突っ込みは厳禁っぽい』と思った。



だがここで、場の空気を読んでいない姜維が、いらん世話を焼いた。

「元気ないですね?」という優しい言葉と共に、の顔を覗き込んだのだ。

しかし、それを黙って見過ごすはずのない長兄(しりゅー)が、笑顔で彼の前に立ちはだかった。



闇のオーラを含んだ、爽やかな笑顔。

更には小声で「小さな親切大きなお世話」とまるで棒読みな台詞を吐く『爽やか子龍』。

これに勝る恐怖など、今の彼等(陸遜は除く)にはないだろう。

姜維もこれには相当ショック&ストレスを受けたようで、「す、済みませんでした」と言うと、サッと馬超の影に隠れた。



は、次兄の影に隠れた彼に「だ、だいじょ……ブホッ!?」という不可解な咳払いをしつつ、先程の光景―――学友の光る頭―――を思い出して、目を泳がせる。

妹を守れた!と一人頷いていた趙雲も、彼女の彷徨う視線を見て、同じ事を思い出したのか、咄嗟に目を泳がせた。



、肉が焼けたぞ!」

「おぉ、これがカノ有名な松坂牛ですかー!!」

「……………」



下がっていたと思ったら、急にまた上がり始める。

何がそれ程までに、二人のテンションを支配するのだろう?

馬超の疑問は絶える事はなかったが、「美味しいねー!」「そうだなぁ」と、相変わらず視線を泳がせながら微笑ましい会話をする二人は、結局口を割る事はなかった。










「あー腹いっぱい!」

「うむ、これだけ食べれば、夜まで持つだろうな」



微妙な空気も、ある程度場が楽しくなって来るにつれて、薄れていった。

その内、と趙雲の纏っていた『おぞましい過去』オーラも、忘れたのかなくなった。

陸遜や姜維、他諸々の者達も途中からバーベキューパーティーに参加し、あっと言う間に食料はなくなっていった。



「あ、馬ッチ人参あげる」

「いらん」

「そんな事言わずに、さぁさぁさぁ!!」

「……………はぁ」



誰がバーベキューに人参持ってくんだよ?むしろ、ピーマン持って来いよ。

の表情からは、そんな本音がビシビシと伝わって来る。

ピーマン食えるくせに、どうして人参は食えないんだ?

馬超の疑問は、更に増えた。



「よーし!馬ッチ一人で食えないなら、あたしが食わしてやるぜ!!」

「お、おい……」

「ほーれほれほれ、アーンしてー?」

「や、やめろ……!」



彼女の中のテンションゲージは、最早最高潮なのだろうか?

それを見ている趙雲も、「はっはっは!羨ましい限りだ」と、お父さんみたいな口調になっている。

だが、馬超を押し退けて『あーん』したのは、兵陸遜。



さん、馬殿はお腹が一杯そうですので、この私が『お受けします!!』」

「いや!!伯言殿、ここは『天水の麒麟児』姜伯約が!!!」

「……………」



どうやら、や趙雲だけでなく、陸遜に姜維までゲージは絶好調らしい。

どうして俺だけテンション上がらないんだろう?

疑問はやがて混乱となり、馬超はがっくしと膝を付いた。










「海、入らないの?」

「………?」



一向に盛り上がりを見せ続ける者達から少し離れて、馬超はビーチボールに腰をかけ、海を見つめていた。

それに声をかけたのは、ショートパンツタイプの水着を纏った、尚香。

馬超はうざったそうに彼女を一瞥しただけで、答えようとはしなかった。



「ちょっとぉ!聞いてるの?」

「………………入らない」

「何よ、聞こえてるんじゃないの」



こいつが声をかけて来るなんて、珍しい。

馬超は揺れる波を見つめながらも、そう思っていた。



「いつもはにくっついてるくせに、今日はどうしたの?」

「……………」

「聞こえてるんでしょ?返事ぐらいしなさいよー!」

「……………関係ないだろう?」



よっ!と言って隣の砂地に腰を下ろした尚香は、が来る前の馬超を知っている為か、その素っ気無い返答にも嫌な顔一つしなかった。

元々同学年であったし、一学年の人数が少ない為、大抵の人間の性格は把握している。

故に、彼女は別段彼の返答に対して、『それが彼だ』と言わん顔をしたのだ。



「そうね、私は全く関係ないわ。と言いたい所だけど………」

「…………?」

「権兄様の気持ち、知ってるんでしょ?」

「……………」



「知ってて近付けたり離したりするの、妹としては良くは思わないわよ」

「……………だからどうした?」

「そういう気がないなら、ちょっとぐらい距離置いても良いじゃない?」

「…………ふん」



「あ〜あ。権兄様となら、凄く合うと思うんだけどな〜」

「………………誰にもやらん」

「あら?妹として見てるんじゃないの?」

「どっちだろうが、お前等には関係ないだろう?」



「ふ〜ん…………自分でも分からないんだ?」

「………………………もう行け」

「面白いネタを手に入れたわ。ふふ、たまには貴方とも話してみるモノね!」



そう言うと、尚香は立ち上がって、クスリと笑った。

パンパン、とショートパンツについた砂を払うと、「ま、たまには私とも話してよね!」と伸びをする。

そして、先程からメンバーを変えつつ続いているビーチバレー陣の方へと駆けて行った。



一つ息を吐いて立ち上がろうとすると、肩に手を置かれる。

誰だ?と口に出す事なく振り向くと、が笑顔で立っていた。



「…………何だ?」

「ん、コレ食べない?」

「………?」

「食後のデザート!さっき、とっつぁん達に誘われて、買って来たの」



はい、と手渡されたのは、どこのコンビニでも売っているような、フルーツ入りのゼリー。

134円と表示の付けられたそれは、どうやらオレンジらしい。

馬超がそれを受け取ると、はプラスチックのスプーンを渡して、輪の中に戻ろうとした。



「んじゃあ……」

「おい」

「ん?」

「ここで食っていけよ」

「えっ?うん、いいけど………」



『自分の分を取って来る』と取りに行こうとするを、馬超は止めた。

ビーチボールから降りて、砂地に尻を付く。

その隣を指差して、を座らせた。



「何?あたしに見せびらかしながら食べるの?」

「………そうだ」

「意地わりーなあんた」

「お前は本当、口が悪いぞ……」



ピリ、と包装を開けると、オレンジの甘い匂いがした。

それをじっと見たまま食べようともしない馬超を、は黙って見つめている。

というか、ゼリーを見つめていた。



「……………食いたいか?」

「やっぱあたし、取って来るー!」

「待て」

「じゃあ寄越せ?」

「何で疑問系なんだ……?」

「いちおうお強請りしてんだけど?」

「俺のコレ食った後も、また自分の分食うんだろ?」

「うん、当たり前じゃん!」

「威張るな」

「じゃあ寄越せー!」



解決策がまるで見えない会話だが、彼にとっては有意義だと思った。

こうして話しているだけで、どうしてかホッとする。

はいつもと変わらないが、実は違うという事を、彼は知っていた。



こいつに、気を使わせてしまっている。



なまじ、彼女が来る前は、他の生徒とは殆ど交流などなかった。

時折話す事はするものの、多くても二言。



彼女は誰とでも、仲良くしている。

彼女の周りは、皆楽しそうな顔をしている。

それが悔しい、とは微塵も思わない。



むしろ『皆と楽しげに会話している』彼女に対して、微かな苛立ちが募った。

別に、彼女が悪いわけでもない。

だから、こうして一人海を見つめていた。



「ねぇ、馬ッチ」

「……………何だ?」

「皆の所、行こうよ?」

「断わる」

「はぁ…………ガキじゃないんだからさ〜」

「お前がここに居ろ」

「はぁ!?命令ですか?」

「そうだ。暫く…………いや、ずっとここに居ろ」

「はいはい、分かりましたよ馬ッチ様」



少しだけ、馬超は笑った。

いつも見ていたはずの笑顔が、今日は余り見られなかった事を、も趙雲も気にかけていた。

だからといって、あからさまに心配を出そうとはしなかった。



いつもの自分を装って、気にかけている風もなく、趙雲もも行動に出した。

『ちょっとした気遣い』と『それを傍観する』事で。



「やっぱあたし、ゼリー取ってく……」

「ここに居ろ」

「じゃあ頂戴!それ!!」

「………………ほれ」

「ひゃっはー!!馬ッチと間接キス〜」

「なんだその棒読みの台詞は……」

「え、言わない方が良かった?」

「照れ隠しにはならんな」

「あーゼリーが美味しー!」

「無視するな」

「してねー」

「………………やっぱやらん」

「あ、嘘です嘘ウソ!!馬ッチ様孟起様万歳だからくれよー!」

「だー!!うるさい!!!」



そろそろ夕飯の時間だ。

誰かがそう言い、皆が『宿に戻ろうかー?』となるまで、ゼリー奪い合いは続いたそうな。